57 制裁は一方的に
「でッ!……でめえ……テメエぇええ……ッ!?」
しばらく蹲ってえずいたあと、やっと立ち上がってくる男。
その隙だらけの間に、やろうと思えば二十回は殺すことができたな。
「覚悟はできてるんだろうな? このA級冒険者のサンザンホー様にケンカ売るたぁ、どう考えても死んだぞテメエ!!」
「A級冒険者はあの程度の緩い攻撃で蹲ったりしないし、そもそも避けるか防ぐかする」
さらに言うとケンカを売ってきたのはコイツの方で俺は買った側だ。
死線を越えた自覚すらないとは。そんな鈍感さでよく死と隣り合わせの冒険者が務まるものだ。
「見ていて哀れなほど無様な痛がりようだったな。顔中涙と鼻水と脂汗でいっぱいじゃないか。A級冒険者なら間違ってもそんな情けない姿を衆目に晒さない。お前が本当にA級なのか疑わしくなってきたぞ?」
「どこまでオレ様を怒らせれば気が済むんだ、このザコは!? オレ様はミーフン街で正式な認可を受けたA級冒険者だ! ギルドが認めてんだよ! そうなった理由をここに見せてやらあ!」
そう言って男、剣を抜く。
みずからの腰に下げた佩刀であったが、鞘から脱して初めて妖しい輝きを放つ刀身が露わとなった。
「見ろ! ミーフン街が管理するダンジョン深部でゲットした魔剣だ! その切れ味は地上のカス職人が作ったナマクラなんかとは比べ物にならねえ! 俺は、これを持ち帰った功績でA級に認定されたんだ!!」
誇らしげに剣を掲げる男。
「コイツの切れ味をお前の体で実験してやるぜえええええッ!? 両手両足を斬り落として、泣いて謝らせてやらああッ! テメエは今日から芋虫みてえな体で一生後悔するんだぜ! A級冒険者サンザンホー様に盾突いた自分の愚かさをなあああああ!!」
【複合絆召喚術Lv67>絆1:ゴブリーナ(ゴブリン)>絆2:ニャンフー(モットメディタイガー)>召喚可能物:長曽祢虎徹】
カン、と硬く渇いた音が鳴った。
「へ?」
妖しい輝きを放つ金属片が、一瞬宙を舞ってから地面に落ちる。
ボトリと。
それは、俺の剣によって叩き折られた魔剣の切っ先だった。
「へ? へ? へ? ヘヘへ……!?」
男はいまだに何が起こったかわからぬようで、地面に落ちた切っ先と、手に持つ剣の断面とを交互に見る。
「これは? 何? オレ様の剣……、オレの魔剣が? 折れ……折れた!? バカだろッ!? ウソッ!? そんなそんな……!?」
俺は剣は召喚したものの、右手の握力を戻すための補助駆動付きガントレットは召喚していない。
今は左手で剣を扱っている。
それで充分の相手だと判断したので。
利き腕が使えない生活をもう何年と続けているのだ。剣もスプーンも左手である程度は操れる。
その証拠に……。
「はッ、ほッ、やッ」
「んげぇえええええええええッッ!?」
俺が左手で剣を振るたび、無様な金属片は数を増やして宙を舞う。
本当に折りやすい剣だ。
魔剣と呼ぶにはあまりにも脆い。
「ごほぉおおおおおッ!? やめろやめろやめろぉおおおおッ!? オレの魔剣がッ!? オレの宝がぁあああああッ!?」
安心しろ、これ以上はもう折れない。
コイツの手にはもう柄しか残ってないのだからな。
「うあ!? うあぉあああああああああッッ!?」
「絶望に泣き叫ぶのはけっこうだが」
俺は召喚した名剣を突きつける。
哀れな男の眼前に。
「ケンカはまだ続いているんだぜ。丸腰になれば終わりだなんてまさか思ってないだろうな?」
剣はなくなっても斬るものは残っている。
今度はお前の体をいくつに斬り分けてやろうか?
「まさか……ッ!? やめろ!? 勝負はついただろう? 武器のないオレ様を痛めつけるのか!? 良心はないのか!?」
「同じことをモンスター相手にも言うつもりか? 冒険者としての覚悟がまったく備わってないな」
「やめろ人殺し! ギルドに訴えてやるぞ! オレ様は被害者だ! この殺人犯! 皆! 見てるだろうがお前ら! 皆でこの犯罪者を取り押さえろおおおおおッッ!!」
既に騒ぎは広がっていて、何が起こったか確かめるために野次馬の人だかりができていた。
構成しているのは冒険拠点を訪ねた一般冒険者たちだ。
「皆! 皆見てるだろう!? コイツは一方的に他人を攻撃している。冒険者の仁義を破ったクソ野郎だ! コイツらを全員で排除してこそ冒険者のプライドが守られるよなあ!?」
高圧的な乱暴者から一転、他者の同情を集める扇動者へ。その変わり身の早さは呆れを通り越して感心するくらいだが、こんなお粗末な寸劇に騙されるようでは冒険者は務まらない。
「見ていたよ、最初からね。だからどちらが悪くて、どちらから始めた騒動かはちゃんとわかっている」
ですよねえ。
というかえらく理知的な反論だな。
野次馬の中から進み出てきた人は主に二人。……そのうちの一人は……。
「オッサン?」
俺の馴染みの、ギルド職員のオッサンだった。
「すまねえイディール、お前さんを試しちまった」
試す?
どういうことです?
オッサンが付き添っているさらなるおじさんは誰?
「この人は中央から来た。冒険者ギルド一等理事の一人リジートさんだ」
ギルド理事?
とても偉そうな肩書きですな!?
そんな人が何故こんな辺鄙なところへ!?
「A級冒険者サンザンホーよ」
リジートさんなる偉い人。
その評判に相応しい厳格な表情で、恐れうと耐える男へと歩み迫る。
「しっかり見させてもらったよ。キミの冒険拠点でのあまりに横暴な態度、メチャクチャな屁理屈、暴力でもって解決しようとする無法ぶり、我がままを押し通すにはまったく足りない未熟さ脆弱さ」
「な、何だとクソジイイ!? オレ様に対する口の利き方がわかってねえのか!? オレ様はA級冒険者だぞ!!」
そして同じように恫喝を繰り返すアホ男だが……。
「私は、そのA級冒険者を罷免する権限を預かる男だ」
「ひめん? ひめ……?」
『罷免』という難しい言葉の意味がわからない様子。
「弱い無法者というだけでなく、愚かでもあるのか。まったく嘆かわしい。お前のような存在が冒険者全員の品位を貶める。彼らの立場を守る者として、お前の存在を許しておくことはできない」
ギルド理事は、冒険拠点中に響き渡る声で宣言した。
「私、冒険者ギルド一等理事リジートの権限をもって、冒険者サンザンホーの等級を剥奪する」
「おんごへえええええええッッ!?」
「中央へ戻って他の理事と会議し、新たな等級を配するまで謹慎せよ。恐らくお前の新しい階級は……DかEということになるだろうが」
「ほげ! ほげぇええええええッッ!?」
さっきから奇声を発するしかしない男。
ちゃんと会話してほしい。
「ふざけんな! ふざけんなよこのクソジジイが!! なんでオレ様がD級やE級なんだ!? そりゃ最下級じゃねえかよぉおおおおッ!?」
「お前の実力、心構え、すべてを見届け直した結果そういう判断となった。嫌なら冒険者を辞めることだな。お前のように性根が腐ったヤツは、堅気の仕事など尚更務まらんだろうが」
「うるせえええええッ! 取り消せジジイ! でないとこの場でぶっ殺すぞおおおおッ!!」
既に狂気へと変わり果てた男の手がギルド理事へと伸びる。
しかしその手は永遠に届くことはなかった。
その前に俺が動いたからだ。
「当て身ッ!」
「ぐぼあぼへぼぎぼぐぼぶえぇえええええええッッ!!」
十秒間に百五十発の当て身が男をボコボコにして意識を刈り取った。
さすがに剣はもう所持していない。ギルド理事の目の前で刃傷沙汰はマズいもんな。
「ミーフン街の黒い噂……やはり事実でしたなリジート理事」
「ああ、現地ギルドマスターが私腹を肥やすために、賄賂次第で誰でも昇格を認める……。たとえ実力気構えが足りていない者でも……」
なんか大きなお話らしい。
たしかにあのクズ男は、冒険者界ににおいて最高最強にもっとも近い位置であるA級にはまったく相応しくない。
一目見ただけでわかった。
「S級はもちろんのこと、A級冒険者とてギルドを代表する顔的存在だ。そんな重要な役回りに資格なき者が紛れ込むなど、たとえ手違いでもあってはならない。彼を推挙したミーフン街のギルド運営陣には後日査問を受けてもらわねばならんだろうな」
そして……。
「もう一つの案件も進めよう。資格なき者を叱責するよりも、資格ある者を認め称賛することの方が遥かに有意義だ。……イディールくん」
「はい?」
「話をしたい。キミの時間を私に貰えるかね?」
なんか新たな話が始まった。




