56 迷惑客はどこにでもいる
ウチの冒険拠点経営は今のところ順調に進んでいる。
安全な寝床。
尽きることなき水。
美味しいごはん。
それさえあれば冒険者によっては天国なのだがそれに加えて、体を洗えるお風呂、刀剣研ぎのサービス、それに日替わりのアトラクションなどでさらなる人気を集めている。
お風呂は、以前コレーヌとスラッピィが協力して作り上げたものを倣って丘の下にも設営した。
男女それぞれ一槽ずつ。冒険者は細かいこと拘らないんだから混浴でよくない? と物申してみたんだが速攻で押し切られた。
ちなみに男女別を強硬に主張したのはコレーヌ、ゴブリーナ、スラッピィであった。
あの三人が我がチームの良識派として固まりつつある。
コレーヌは条件付き良識派かな?
毎日スラッピィがお湯を変えてくれるので毎日清潔だ。
冒険者なんてクエスト中は何十日も体を洗わない人がいるから拘りないかと思いきや大反響であった。
特にあったかい湯に浸かるのが気持ちいいらしい。
次に刀剣類の研ぎサービス。
これは最近になって発見したんだが……。
【複合絆召喚術Lv67>絆1:コレーヌ(オートマタ)>絆2:ニャンフー(モットメディタイガー)>召喚可能物:自動研磨機】
なるものが召喚できるようになっていたので使ってみた。
研ぎ石が自動で高速回転するような作りのもので、そこに刃を当てるだけで素早く研げる。
面白いので一般冒険者をもてなすサービスに取り入れてみた。
冒険者に武器は必須であり、身を守るためにも常に最良の状態を保っておきたい。
そのためクエスト中でもこまめな手入れは欠かさず、それを行う絶好のチャンスが冒険拠点で身を休める時だった。
研ぎ石は、冒険者七つ道具の一つだが、どうにも手間がかかる。それを代行し、数秒で終わらせてくれる自動研磨機は大好評。
主に使用するのはニャンフーで、冒険者からの依頼を受けて次々と刃を研いでいく。
元々アイツの因子も関わって出てきた召喚物だし、猫だから爪でも何でも研ぐのが好きなのかな?
え? 虎?
「今宵の鉄の剣は血に飢えておりますにゃ……!」
研ぎ終えた剣を見詰めるニャンフーの表情が妖しかったという。
市販品の剣ですら顔が映るぐらいピカピカに研ぐらしいね。
そして日替わりアトラクションは言わずもがな。
ウォータースライダー、猫カフェ、ドッグラン、夢の場所を順繰りで回していく。
これがまた楽しくて冒険者が冒険そっちのけで遊んでいく。
『冒険しろよ』と言いたいところだが、こっちも提供した側として何も言えない。
特に夢の場所は女性受けがよく『彼氏と来たいわ!』などという女冒険者に対してコレーヌが……。
――『ジンクスが牙を剥きそうですね』
……とボソリと呟いたのは何だろうか?
何にしろ丘の下に築いた一般冒険者用の冒険拠点。
好評だし賑わっているし、いい具合に運んでいると思ったが、ここらで一つトラブルが起こった。
迷惑な客は、どこにでも現れるってことだ。
◆
丘の上で絆召喚術の研究に勤しんでいると、オオカミが一頭駆け上がってきた。
「ん? どうしたんだ困ったような表情で?」
「飼い犬の表情が読めるようになってきていますねマスター」
とにかく何か起こっているのはわかったので、コレーヌと連れたって丘から降りる。
すると一般冒険者向けの拠点で、言い争いの声が響き渡る。
「だから個室を用意しろって言ってんだよ! オレ様はA級冒険者だ! 雑魚どもなんかと一緒の部屋で寝られるか!」
「そっちこそ何度も言わせるな! そのような特別扱いは行わない!」
言い争いのメンツは……。
一方がウルシーヴァ。俺たちのサイドか。
その相手が見たことのない大人の男。相当体格がガッシリしているが、人相がやたら悪くて近づきたくない。
「無理難題ふっかけてくる客がウルシーヴァを困らせている……と言った感じかな?」
「怒鳴り合う声の内容だけでどういう状況かわかりますね」
どうやら相当困った客が紛れ込んできてしまったようだ。
だがおかしいな。
そういうお客は、オオカミやトラたちが見分けてここまで連れてこないようにしたいるはずなんだが。
野生動物は、人格を見抜く直感に優れている。
「もしかしたら自力でここまで辿りついたのかもしれませんね。イヌネコたちに頼らずとも、自分の脚だけでここまで来るのは困難ですが不可能ではありません」
話の端々から『A級冒険者』だとかいう単語が聞こえてきたからなあ。
ならそれなりの実力者ということか、厄介だ。
とにかくこれ以上ウルシーヴァに任せてしまうのは心苦しいから責任者の義務を果たそう。
日頃はウルシーヴァとニャンフーに冒険者の対応を任せているんだが、さすがにあの手のクレーマーは彼女たちの手に余る。
「代わるよウルシーヴァ」
「あッ、主様」
俺が進み出ると、クレームをわめきたてている男の目線がギョロリとこちらを向く。
何とも輝きの暗い濁った眼だった。
「あぁ、何だテメエは?」
「ここの冒険拠点を作った者です。個々での最終決定権を持っている人ですよ」
「はぁん?」
相手は俺よりも背が高く、見下ろす形になる男の視線はあからさまな侮蔑がこもっていた。
「そうかいそうかい、だったらこのバカ女の態度もテメエの責任ってことだな? 教育が行き届いてねえってことなんだからよ?」
「ウチの子が何か失礼でも?」
「おお失礼よ、大失礼よ! このオレ様がだぜ、A級冒険者のオレ様に他の冒険者と一緒に雑魚寝しろと言いやがるんだ! 失礼以外の何者でもねえだろうが!?」
「何か問題でも?」
冒険者業界においてA級やS級といった上位者は憧れの対象となるが、そこまで重大な意味合いにはならない。
特にクエストの最前線じゃ額面的な階級よりも実力だ。
S級もD級も同じテントで夜を越すなんてことは普通にあり得る。
「冒険拠点だって周囲は危険はびこる異境なんですから、重要なのは秩序を保つことです。混乱を巻き起こすならお引き取りいただきますが?」
「テメエ……! A級冒険者のオレ様に向かって舐めた口ききやがって……!」
男は野獣のような凶悪な表情のあと、何やら得意げに薄笑いして……。
……これはなんかろくでもないこと思いついた。
「……よし、いいこと思いついたぜ。今からこの拠点のトップはオレ様だ」
「は?」
「ここではオレ様がルール、オレ様が正義だ。オレ様が言うことには何でも従え。強いヤツが頂点に立つ。それが世の中の真理で絶対ルールなんだからよ」
やっぱりロクでもないことを思いついた。
一番強いったって、ここにはコイツの他にもA級冒険者が既に数人は滞在しているぞシャルロットさんとか。
「よぉし、じゃあここの新指導者として命令だ。ここで一番いい部屋を俺のために用意しろ。雑魚冒険者どもを近づけんじゃねえぞ、気分が悪くなるなるからなぁ!」
こっちの返答もかまわずに一方的にまくしたてるバカ。
「それからこっちは、こんな辺鄙なところまで来て疲れてるんだ。最上級のもてなしをしてもらおうか!? 最上級の酒と……それと女だな! おい、そっちの女を歓待に寄こしやがれ!」
そう言って指さすのはウルシーヴァ。
「さっきは散々生意気に言いやがったからな! たっぷり調教してオレ様好みの従順な女に躾け直してやる。だが一人じゃ物足りねえなあ、よし、そっちの女も寄こせ!」
さらに指さすのは、俺の傍らに寄り添うコレーヌ。
「よく見りゃ、そっちも田舎にゃ珍しい美人じゃねえか。お前みてえなヒョロ男にはもったいねえオレ様が貰ってやるぜ! 女どももA級冒険者のオレ様に飼われる方が幸せだしなぁ!」
「余程苦しんで死にたいようですね……!」
コレーヌの両目が赤く輝きだした。
彼女が本気になればこんな勘違い男は十秒間に百回殺せるに違いない。
このまま口を挟まなければ、コレーヌは次の瞬間にも実行するだろう。
見ただけでその日は何も食べられなくなるグロテスクな肉塊が出来上がるに違いない。
「やめろコレーヌ、手を出すな」
そこで俺は止めた。
「お言葉ですがマスター、このような愚か者を放置していても害しかありません」
「コレーヌ、お前は手を出すな」
何故ならコイツは、俺みずから制裁を加えなければいけないからだ。
「ぐろげぶおええええええええッッ!?」
鳩尾にめりこむ左拳。
A級冒険者であることをやたら触れ回る男は、俺の動きに少しも反応できずパンチをまともに貰った。
しかもその衝撃に耐えきれず、すぐさま膝をつき、蹲る。
せめて一秒ぐらいは耐えて仁王立ちを維持できんものかな。
「うごえええええええッ!? げぶろおおおおおおおお……ッ!?」
「まあ予想してなかったわけじゃないんだ。お前みたいなアホが来るんじゃないかって」
どこの世界でもいい人だけいればいいと思うのだがそういうわけにはいかない。
だからちゃんと覚悟を決めておいた。
「お前みたいなアホが俺の仲間に危害を加えるなら、容赦なくやりかえすとな。強いヤツに従うルールなんだろう? だったら俺が『死ね』と命じたら死なないとな、お前は?」




