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悪役令嬢はじめますっ!!~後編~

これで終わりです。書いてて楽しかったです。


「だから、戻って来いっつーの!!」

「やだ」


 子供かっ!!


 四十近くにもなって結婚もしないわ、王宮勤めやめるわ、実家領地にひきこもるわ、何を考えているのか、全く分からない。


 亡くなった女王の側近筆頭であった男は、飄々とした雰囲気の優男だった。

 しかし、その実力は騎士団長をも唸らせる折紙つき、さらには政務や執務も右に出る者がいないくらい有能な男である。

 女王が亡くなり自分が王となったが、二十年ほど前に起きた多数の事象により、未だ不安定な国内を統べるには、有能な片腕が必要だった。


 比翼と呼ばれた愛しい妻を失い、さらには懐刀たった有能な筆頭側近も失うとか、どんな罰ゲームだよ。

 泣きっ面に蜂も良い所だろうが。


 こうして国王自らが迎えに来ていると言うのに、この男は眉一つ動かしはしない。


「頼むよ、ラシール。戻ってきてくれ」

「ふざけるな。あの女が居る王宮になど脚を踏み入れたくもないわ」


 鋭利な視線でラシールはフィルドアを睨めつけた。


 事の起こりは十年前。


 最愛の妻、エカテリーナが末娘の出産で亡くなり、二年後にフィルドアは後添えの妻を迎えた。

 本当は迎えたくなかったが、一国の王が独身なのは外聞が悪い。子供らにも母親が必要だろうと、状況を理解してくれる女性を迎えたのだ。

 

 だが、それが失敗だった。


 新しい王妃は外面が良いだけの口の上手い女だったのだ。

 フィルドアには上手く誤魔化し、王子らのみを大切にして、王女であるシュリーナには辛く当たっていた。

 シュリーナを生んだためにエカテリーナは死んでしまったのだという蟠りがフィルドアにあり、それを知る王妃は増長した。

 知らなかったは言い訳にならない。

 それはエカテリーナとの確執のさいにも思い知った事だ。


 さらに運悪く、毎日泣いていた王女を見つけたのがラシールである。


 泣き暮らすシュリーナを保護し、フィルドアを殴り付け、辺境伯に王女を預けると、ラシールは王宮を辞してしまった。


 辺境伯から王女を返してもらうにも苦労したが、ラシールを戻すにも、さらに苦労しているこの現状。

 自業自得ではあるが、腑に落ちないフィルドアだった。


 なんか、いつも見合わない苦労ばかりしてるよな、俺。


 事態が明るみに出て、王妃と離縁しようと思ったフィルドアだが、間の悪い事に王妃は懐妊していた。

 結果、離宮に幽閉という形しか取れなかったのである。


「我が子を見棄てる訳にもいくまい。呑み込んでくれ、ラシール」

「シュリーナ様は見棄ててたのにな。都合の良い事だ」


 フィルドアの頭が、カッと沸騰する。


 だが返す言葉がない。


「リーナをお前に譲るんじゃなかった。浚ってでも奪い取れば良かった.....っ。後悔なんて、もう沢山だっ!! 忘れ形見すら失う所だった!!」


 絶句するフィルドアを睨めつけ、ラシールは凍えた刃のごとき眼光を携えたまま、席を立った。


「貴族としての義務は果たした。これ以上、俺に望むな」


 完全に切り捨てる訣別の言葉。


 なんだ? 何を言っている?


 フィルドアには、ラシールの言葉の意味が理解出来ない。


 恋に殉じた男は、最愛が儚くなった事で脱け殻同然になっていた。

 

 もう何も考えたくはない。このまま彼女を想い、ゆるゆると朽ち果てていきたい。

 しかし、そう考えるラシールの殻をブチ破る強者がやってきた。

 

 バンっと開かれた入り口に立つのは彼の御令嬢。


 母親譲りの黒髪に黄昏色の瞳。


「おじ様っ!! わたくし悪役令嬢になりましたのよっ、気高く美しく、おじ様の御側でお仕えいたしますわっ!!」


「シュリーナ?」


 呆気にとられる父王を一瞥し、シュリーナは扇で口元を隠したまま唾棄するような眼差しを向ける。


「嫌だわ、なぜ御父様がおられるの?」


 冷たくすがめられ、温度の消失した瞳。エカテリーナの若い頃のドレスだろうか。見覚えがある。

 懐かしいその姿に、ラシールの唇が戦慄いた。


「リーナ...?」


 その呟きを拾い、しっとりとした微笑みで少女は瞳に弧を描く。


「はい、ラシール様」


 バラ園で抱き締めてから八年。幼かった少女は立派な淑女になっていた。


 ああ、君は此処にいた。


 奇しくもそれは、ラシールがエカテリーナを待ち続けた日々と同じ年数だった。


「リーナ.... リーナっ」


 夢現のラシールは、シュリーナを抱き締めた。


 君はここにいる。この少女の中に。


 抱き締め合う二人を茫然と見つめ、フィルドアは一人蚊帳の外で困惑している。

 

 いきなり娘のラブシーンを見せられるとか。新手の罰ゲームか?


 やくたいも無い事を考えるフィルドアの視界で、二人は見つめ合い、無邪気に微笑む。


 こうして一気に事は解決し、シュリーナとの婚姻を条件にラシールは王宮復帰を受け入れた。

 フィルドアに反論の余地はなく、満面の笑顔で娘は思い切り良く嫁ぎ、ラシールは宰相の地位とともに公爵位を受け、領地はないが王都に広大な屋敷を用意してもらった。


「悪いな、フィルドア」

「娘の門出だ。ケチな事はやらん」


 罪悪感もあるのだろう。


 ラシールは苦笑し、可愛い花嫁を見つめる。


 リーナ.... いや、シュリーナだ。


 彼の御令嬢を生き写しにした姿形。さらには優美で、しっとりとした佇まい。

 まるで彼女が戻ってきたようだ。


「今度こそ幸せにするよ、リーナ」

「....いいえ、わたくしが幸せにしますわ、旦那様」


 虚ろなラシールの淀んだ瞳。


 壊れかけた彼が夢現の中をさ迷っているのだとシュリーナは知っていた。


 エカテリーナ仕込みの聡いミルティシア夫人は、ラシールの恋心に気づいていたのだ。

 エカテリーナ本人も、しばらくして気付いたという。


「哀しい人よ。国を支える貴族として、己を犠牲に出来る強い人でもあるわ。だけど限界だったのでしょう」


 ミルティシア夫人とシュリーナは、彼が書いたであろう物語の本を静かに見下ろした。

 これは彼が手にいれたかった切ない未来。

 シュリーナは、挑戦的に眼を輝かせ、ミルティシア夫人を見つめる。その深い瞳の中に、夫人は彼の御令嬢が女王となった時の光を見た。


「御母様の代わりでも構いません。わたくしはラシール様をお慕いしております。御母様を忘れるくらい幸せにして差し上げたいですわ」


 シュリーナが辛くて死にたかったあの日。


 救ってくれたのはラシールだった。


 シュリーナを抱き締め、父を殴り倒し、母の実家である辺境伯家まで送ってくれた優しい人。


 あの日、わたくしは白馬の王子様を見つけたのだ。


「あの方が哀しいのなら、わたくしが寄り添います。つけこんで妻になり、わたくしで一杯にして差し上げますわっ!!」

「つけこんで..... 素敵ね。情熱的だわ」

「だって、わたくし悪役令嬢ですもの。どんな困難も味方につけて転機に変えてみせます、夫人から教わった五年間を無駄にはしません事よっ!」


 そう誓ったシュリーナは、ラシールを甘やかしまくり、いつの頃からか、ラシールは彼女をリーナではなくシュリと呼ぶようになっていた。


 宣言どおり、夢現なラシールの錯覚につけこんで花嫁となったシュリーナだが、彼がリーナでなく、シュリと呼んでくれた時には大泣きする。


 お帰りなさいと何度も叫び、抱きつく可愛らしい妻を、ラシールも甘やかしまくった。


 長い夢現から抜け出し、現実に眼を向け始めた彼は、いずれ新しい恋物語を書くのだろう。


 きっと、その物語からはIFの文字が削られているに違いない。


 二千二十一年 三月二十日 脱稿


              美袋和仁



ラシール、おめでとう。幸せになってね。IFに関連づけた短編です。やっぱりIFだけでなく、同時系列でもラシールに幸せがほしくて。

既読、ありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
[一言] 良かったねぇ、ラシールさん。 しかし、とことん使えね〜な、あの馬鹿フィルドア。 ぶん殴られただけで済んだだけで良かったじゃね〜か。 一つ間違えれば殺されていても、けっして文句は言えないぞ。 …
[一言] アン・マキャフリー「塔の中の姫君」の後日談を思い出しました。歳の差婚もいいですよね♪
[一言] どんな形であれ、ラシールが幸せになれたなら良かった( ´тωт` )
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