7.道化男の危険な遊戯
「王女様とゲームがしたい」
「なっ…レイニー! 正気か、まだ子供だぞっ!?」
「ああ、本気だね。王女様とゲームをする、それが条件だよ?」
「……却下だ。出るぞ―――」
交渉決裂でソファーを立ち上がろうとするベルディナントさんにレイニーはワザとらしく悲しそうな声をだす。
「それは残念だ……友の手伝いができなくてこの上なく残念に思うよ」
「ああ、そうだな。お前なら手を貸してくれると思ったが、どうやら勘違いだったらしい。私も残念だ、レイニー」
今度こそお別れと言わんばかりに立ち上がるベルディナントさん。
その後を追おうと、私もお尻を持ち上げた。
「だけど、本当にいいのかい? 君らがここを訪ねたって情報は、きっといい金になるだろうね。つい、うっかり、口を滑らせる輩がいるかもしれない」
レイニーはヒヤリとしたナイフのような言葉を私たちに突きつけってきた。
もしかして、いや、もしかしなくても―――
「我々を、脅しているのか」
「いやいや、そんなまさか。当方に友を売るなんてそんなこと……とてもとても…出来やしない…そこら辺は、ベル様がよーくご存知だと思うが?」
ククッと笑いを堪えられずにいるレイニーはもはや言葉と行動が伴っていない。
その様子を見てベルディナントさんが眉間に皺を寄せて微かに舌打ちをした。
場の空気が瞬時に凍り付き、雰囲気で理解する……私がゲームとやらに参加する以外にこの男を満足させられる術は今の所ないのだと。
嘘か誠か、底の見えない正面の男は手の掌に私たちの運命を乗せて弄んでいるかのように微笑む。
だったら腹を括るしかない、か―――
「受けします」
「お前っ―――」
「その申し出、受けます」
「いいねぇ!」
レイニーは「さすが王女様」と、嬉しそうに手を2回叩く。
すると、私たちが入ってきた間仕切りのカーテンが再び少しだけ開き受付の女性が入ってくる。
手には筒状の何かが握られており、それを机の上に置くなり彼女は一礼しさっさと退場した。
筒状の何かは直径3㎝ほどでてっぺんに四角い突起がついている。
「馬鹿者! やめろ、今すぐにゲームを降りろ! これはただのゲームじゃないんだぞっ!?」
「嫌です、もう決めました。レイニーさん、ゲームに参加すれば魔国に渡る協力を惜しまないと約束してくれますね」
「勿論だよ、王女様。レイニーさんではなく気軽にレイニーと呼んでくれて構わないよ」
「ではそうのように。ベルディナントさん、レイニーは私と約束しました。私はゲームに参加します」
立ったまま渋い顔をしていたベルディナントさんも私の言葉にはぁーっと息を吐き、ドカッと再びソファーに腰を下ろし腕組みをした。
「……まったく、お前はどこまで向こう見ずなんだ。呆れて言葉が出ん。いいか、これは子供の遊びではない。必ずしも勝とうと思うな」
「はい、わかってます」
「おい、私がゲームの立ち合いをする。許可しろ」
「許可しよう、友よ」
こうしてベルディナントさん立ち合いの元ゲームが開始され、といってもルールすら知らない私のために、まずはレイニーが説明してくれることになった。
「さてさて、王女様……これは回転毒針と言って、上のボタンを押すと中に入っている針が回転する仕掛けになっている」
机の上にあった筒状の何かは回転毒針と言うらしい……いかにも物騒な名前だ。
それを手に握ったレイニーは上についている四角い突起を親指で押す。
すると、回転毒針からカラカラ音がなってやがて止まった。
「そして回転が終わるとこんな感じで―――下から針がでる」
筒の底に開いた穴から細い針が出てきて、コロンっと机の上に落ちる。
筒を置いたレイニーがそれを拾い上げ針の先端を指さす。
「これは針先に体が痺れる即効性の高い毒が塗られている毒針さ。この中にある全ての針に塗られている。と言っても痺れるだけで死にはしないよ、安心していい。まぁ、ここまでが使い方の説明なんだが…質問はあるかい?」
なるほど、“刺す”前提なら毒が必然的に体内に入る。
私は子供で彼は大人だ、摂取量の限界に違いがでるてくると思うんだけど―――
「私は子供だから大人のあなたほど毒を摂取できないと思うんだけど……」
「ああ、毒の摂取量について不平等にはならないか気にしてるのかい?大丈夫さ、この毒は同量摂取しても子供と大人で効きめは同じように配合しているから心配の必要はない」
ベルディナントさんが止めるだけあって、やっぱり物騒なゲームみたい……
ほとほと私は毒と縁があるらしい。
レイニーがゆったりとした動作でそっと針を机の端に置く。
今一度私は針を観察したが、どこからどう見てもただの針だ。
怪しい所は見受けられない。
「ありがとう。次に進んで大丈夫」
「では、ルールの説明をしよう。回転毒針を回転させ交互に針をだして刺す、それを3回ずつ行う。ただし、自分の番で出た針のみ相手に刺すか自分に刺すか決められる。これだけさ、簡単だろう?」
「ちょっと待って、自分で決められるんならずっと相手に刺すことも出来るってこと?」
「そうさ。全部相手に刺したって構わないよ? そういうルールだ」
回転毒針って言われて予想してなかったわけじゃないけど、これは俗に言うロシアンルーレット的な遊びに似ている。
そうだとしたら……
針に塗られている毒の量に差があり、一撃で相手、若しくは自分を沈める針があっても可笑しくはない。
「聞きたいことが2点ほどあるの、いいかしら」
「ああ、いいとも」
「では1点目、塗られている毒の量に差はあるの?」
「勿論、全部の針に毒を塗っている。そして毒の量は均等ではない。故に、刺した針によって痺れ方が違う。下手をすれば1回目から痺れを感じることになる」
やっぱりっ……私の予想は的中した。
けど、毒だとわかっているものを自分に刺すか相手に刺すか決められるなんて―――
そんなのゲームになるのかしら?
「理解したわ。じゃぁ、2点目よ。このゲームの勝敗はどうやって決めるのか教えて」
「ゲーム中に意識を保てなかった方が負け。それ以外は……そうだねぇ、王女様の勝ちでいい」
「え、それって……私が凄く有利だけどいいの?」
「いいとも。王女様は初心者だ、当方からの気遣いさ」
本当にそれでいいのかと疑いたくなるが……
余程このゲームに自信があるのだろう。
依然として表情を崩さないレイニーからは、その本心を伺い知ることは出来ない。
「そろそろ初めてもいいかい? 君たちも時間は大事にしたいだろ?」
薄ら笑いを浮かべるレイニーはすぐにでもゲームを始めたそうにしている。
確かに彼の言う通り時間は有限だ。
一刻も早く魔国に向けて旅立つのが得策なのは言うまでもない。
「ええ、始めて構わないわ」
「始める前に先攻か後攻かを王女様に選ばせてあげよう。どちらにする?」
「先行で」
「それじゃあ、始めようか」
ベルディナントさんは何も言わなかった。
ただ二人のゲームを傍観するつもりらしい。
あんなに反対していたのに…私の意思を尊重してくれているみたい。
机の上の回転毒針を握り、てっぺんに置いた親指の力を入れる。
ボタンが沈み込む感触と同時にカラカラと音が鳴りだした。
そこへ思い出したかのような大袈裟な声が聞こえてくる。