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隻翼のドラグーン -あの竜空へもう一度-  作者: 葵大和
第三章 動乱の予兆
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23話 「ルナフレア・レイデュラントの閃き」


 ルナフレア・レイデュラントには昔から漠然とした不安があった。


「お兄ちゃんは、なにかを隠してると思うの」

「ミアハ様が、ですか?」

「そう」


 ルナは専属の侍女が部屋の掃除をしている最中、肌着一枚という格好でぽつりとつぶやいた。


「お話を聞きたく存じますが、まずは服を着てくださいませ、ルナお嬢様」

「あ、うん」


 着替えている最中にふといつもの不安がよぎって、手が止まってしまっていた。

 いそいそとベッドの上の部屋着を身に纏い、再び椅子に腰かけてぼんやりと侍女の掃除を眺める。


「お兄ちゃんはもともと天才だったのよ」

「ええ、存じております」

「今はわたしなんかが魔術の天才だなんて言われてるけど、昔はミアハお兄ちゃんの方がずっと術式を編むのがうまかった」


 ミアハの場合、体の成長に応じて増えるはずの魔力が、あの事故以降増えなくなった。それどころか、それまで持っていた魔力さえ、どこかへ消えてしまった。

 結果的にミアハの魔術士としての才能はそこで枯渇したことになっている。

 しかし、だからといって術式編成の才能まで失くしたわけではない。


「お兄ちゃんは、十分な魔力さえ持ってれば机上の禁術を実現できる力があった」


 机上の禁術レベルになると、術式を一つ覚えるだけで年単位の修練を必要とする。

 そのうえで、会得できない可能性すらあるのだ。

 しかしミアハであれば、一年もあれば複数の机上の禁術を会得し、術式を編成してみせるだろう。


「でもあの事故のあとから、お兄ちゃんは幅広く魔術を学ぶことをやめた」


 魔術にもさまざまな種類がある。

 効力によって大まかな区分けはされていて、基本的に同じ区分に属する魔術は構成術式が似通っている。

 だからたいていの魔術士は自分にあった区分を見つけ、その系統の術式を重点的に学ぶ。

 その点、ミアハはあらゆる魔術に対して適性があったが、好む魔術が風を編むものだったため、〈風の子〉と呼ばれた。


「ご自分の好きな魔術に没頭するようになったのですか?」

「それは……わからない」


 あの事故のあとから、ミアハがどんな魔術を研究しているのかはわからない。

 部屋にこもることが多くなったし、けっして自分がなにを研究しているのかを教えてくれなくなった。


「わたし、学園の魔術講義でわからないところがあるときはお兄ちゃんに聞きに行くんだけど――」

「はい、よく肌着のままミアハ様のお部屋へ突入するお姿を見かけております」

「ごめんってば」


 好きでやっているわけではないのだ。

 単に勉強するときは衣服が思考の邪魔で、没頭すると自分の状態を忘れてつい足が先に動いてしまう。


「まあ、それはさておき」

「あとでまた取り上げますね」


 せっかく置いたものを。

 この侍女は意外と厳しい。


「お兄ちゃん、学園の宿題程度なら一瞬で解くのよ」

「さすがですね」

「試しに学園の宿題って偽ってすっごい難しい研究所の未解決問題を持っていったことがあるんだけど、それも三十分で解いてた」

「さ、さすがですね」

「そう、さすがはわたしのお兄ちゃん」


 ルナは胸を張って誇らしげにうなずく。


「でも、そんなお兄ちゃんが今どんな魔術を深めているのかが、さっぱりわからない。それがたとえようもなく不安なの」

「不安、なのですか?」


 侍女が机の上のかすかな塵を指ですくいあげながら首をかしげた。


「そう。どんな魔術を研究していたとしても、それは机上の禁術レベルだとは思うんだけど、机上の禁術ってやっぱりどこまでいっても禁術なの。端的にいうと危ないのよ」

「ほうほう」

「絶大な効力を発揮させるために、対価的術式を組み込んでることが大半だから」


 成功すればすさまじい効果を発揮するが、同時に術者になんらかの代価を支払わせる。

 魔術で大きな効果を実現させようとすればするほど、どうしてもそういった対価の術式回路が必要になってくる。

 これは魔術という神の残した御業の、いわば摂理だ。


「もしかしたらラディカ兄様はお兄ちゃんがなにをしているか知っているかもしれない」

「それはまた、なぜですか?」

「こそこそしてるからよ。それで、昔から悪だくみをするときはたいていあの二人が組んでるわ」


 フレデリクを困らせるのは決まってミアハとラディカである。

 いたずらにかぎっていえば右に出るコンビはいない。

 フレデリクがいたずらの実験台にされて大きなため息をついている姿は、一番多く見てきた。


「国内の貴族がどんな嫌がらせをしても顔色一つ変えないお兄様が、ラディカ兄様とミアハお兄ちゃんのいたずらに引っかかったときは『してやられた』って顔をするの」


 もしかしたら、レイデュラント家の長男として常に人前で気を張っていなければならないフレデリクの、唯一の安らぎの場所だったのかもしれない。

 あの二人のいたずらが作り出す空間は、昔からいつも家族の憩いの場所だった。


「わたし、今度お兄ちゃんを尾行してみる」

「そうでございますか――え? び、尾行?」


 侍女が聞き間違えかとルナの方を見たとき、すでにルナは胸の前で握りこぶしを作って鼻息荒くなにかを決心しているようだった。


「と、いうわけで学園の方に二週間の休学届けを出しておいてね!」

「ルナ様!?」

「なに悩んでたんだろ! そうよ、わからなければ調べればいいだけの話じゃない!」


 ルナフレア・レイデュラントは聡明でお淑やか。

 そのうえ卓越した才能と日々の研鑽を欠かさない学園はじまって以来の才女。

 それはあくまで外聞の話で、家の中でのルナフレアは歳相応の――いやもしかすると周りよりだいぶ活発な少女だった。


「そ、それはやめておいた方がいいと思うのですが……」

「やるって言ったらやるの!」


 珍しく食い下がる侍女の言葉も、もはやルナフレアには届かなかった。


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『やあ、葵です。』
(個人ブログ)
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