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5.1事件とドネミア
5月1日。ベルリンの中心街で日系ドイツ人が「南葛労働者の歌」を大合唱、ヒンケリはイタリアとスイスの国境付近に潜伏して、ドネミア国家社会主義労働者党(ドチス、バイエルン労働者党の後身)党員に徹底抗戦をラジオ放送で呼びかけた。ドネミア共産党は政府与党になった。大統領兼首相はレナ・シャルロ・タイクン(以下、レナ)が就任。ドチスはオーストリアに逃亡し、ここに2031年12月15日より続くドネミア連邦帝国は正式に崩壊した。6月30日。日本では青年の日である。とうとうヒンケリ元総統は中心地の断頭台に寝かされた。処刑の時間は15時、教会の鐘が鳴る時間、総統と呼ばれたその人は断頭台で何を想うだろうか…。ついにラム•トキミラ内務大臣の懐中時計は15時を指した。その瞬間、ヒンケリは断頭台の露と消えた。6月31日。全犬連やウロボロスでも混乱が生じた。ヒンケリ総統を尊敬する人が上層部に居たからである。




