第五十三話 二代目襲名
ひなさんは十四歳。人間の年齢にすると七十二歳、後期高齢者である。とはいえ、このところの医療の発達は人間の世界だけに限った話ではなく、動物の世界でもずいぶんと進歩したと思われる。それまで、十年も生きればいいという話であったのに、今ではかなりのご長寿で、介護が必要となることも多い。
さて、こうやって高齢になってくると、その子がいなくなったときのことを少なからず考えるのは、動物とともに生活している人ならば、誰しもが思うところだろう。例にもれず、ぼくもそうだ。ひなさんの年齢を考えれば、長くてあと二年。スピリチュアルハットリ氏によれば、かなり無理をして寿命を延ばしているということだが、彼女は大きな病気をすることなく、健康にこの年齢を迎えている。
確かに年は取った。白内障が進んできており、目はうっすら濁っている。耳の聞こえは相当悪い。認知症かと思うほど、食欲旺盛だ。ねこさんを威嚇するとすぐにむせてしまうし、昔のようにボール遊びはねだらない。寝ている時間も多くなった。脂肪の塊が喉元や体にもできており、手術するかどうかは飼い主さん次第だと言われている。ただ、足腰は比較的しっかりしていて、まだまだジャンプ力はある。もちろん、無理はさせられないのであるけれど……
そんな彼女の余命を考えたとき、ぼくは二代目を考えなかったわけではない。これは前にも話をしたが、ねこならいいかなとちらりと考えたし、迎えるなら殺処分されてしまう運命の子にしようと思っていた。
そして出会ったねこさんなのであるが、彼との不思議な縁を感じずにはいられないミラクルなことがある。
「なんかなぁ、こいつ。麿眉になるかもなぁ」
ねこさんのきれいな顔を見て言ったのは、もちろんハットリくんだ。このとき、ぼくは正直『こいつ、なに言ってるの?』と思った。
「それ、眉毛の根元だから、そう見えるだけじゃん」
目の上、眉毛の付け根のあたりが、うっすらと小さな黒丸に見えるのは確かなのだが、これは単に毛の根元が黒いだけで、それが集まっているからそんな風に見えるだけだと思っていたのだ、このときは。しかし、ねこさんが大きくなってきたある日、マンションの二階に置いたカプセルホテルの中で、ふてぶてしい顔をして帰ってきたぼくを見る彼の写真を撮って、笑いが止まらなかった。
『麿の君』
その名がピタリと当てはまるくらいには、彼の眉毛の付け根の辺りに麿のようなものが見えたのである。
実際にはこれ、黒い毛が生えているわけではなくて、毛の生え方がその部分だけ薄いというのか、つむじっぽくなっているだけというのか。耳から目にかけての毛が薄いので、より、つむじのような生え方がはっきり見えるだけなのだと思うのだが、それにしても、こんなミラクル起こるものなのかと、本当に驚いたのも確かだ。
そう、ひなさんにも麿眉はある。彼女の場合は『タンマーク』とよばれるもので、本当の麿であるのだが……しかし、こんな偶然あるものだろうか? いや、これが現れたのは彼が本当の家族になったからなのかもしれない。
「二代目襲名だ」
ねこさんを見ながら、ぼくは彼に告げた。告げたところで、彼はなんとも言わないけれど、きっと心の中では『そのつもりだよ』と言っているに違いない。
黒と白のオセロコンビ。ものすごく仲がいいわけでも、悪いわけでもない。むしろ、ねこさんのほうは彼女を慕っており、彼女と言えば、いないよりはマシな留守番仲間である。だが、やっぱり不思議な繋がりは、こんな形でも現れるわけで……
いつか迎えるであろう悲しい旅立ちに際しては、彼とともに寂しさを押し殺して、手を振らねばならぬのだろう。
せめて、そのときまでは……この賑やかで、幸せな生活が一秒でも長く続くことを祈って止まないのであった。




