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第四十五話 残念なお知らせです

 ねこさんが無事、退院したことでホッとした一方、ぼくにはもう一つ、心に引っかかっているものがあった。そう、ハットリくんの会社の子猫たちのことである。


 ねこさんに仲間を迎えてやろうということで、どちらか一匹どうかと持ちかけられ、考えていた子猫たちなのだが、ここからはつらい話となる。さらにあまりに残酷なので、そういうグロいことが苦手な方は、ここで止めておいていただきたい。ただ、こういう現実があるということを一人でも多くの人に知っておいてほしい気持ちも強いので、できれば読み進めてもらいたいのだが、想像するにはあまりに惨い描写を必要とするため、気分が悪くなりかねないことも併せてお知らせしておこう。これまでよりも長い話となるので、まずはねこさんの写真を見て、ブレイクしてから先に進んでいただきたい。


挿絵(By みてみん)


 さて、この子猫たちなのだが、結果から言えば亡くなった。ねこさんが退院して三日目の話である。仕事が終わるとハットリくんから


「残念なお知らせです」


と、一報が入ったのだ。


「子猫たちな、ダメだった」


 その一言で察しはついた。元々、そういう危惧から始まった引き取り話だったからだ。ねこさん退院ギリギリまでは、元気で鳴いている、まだ生きていると聞いていただけに、また、写真をもらっていただけに、残念な気持ちでいっぱいになった。


「母親が食ってたわ」


 様子を見に行った社長の奥さんは、首のないブチ柄の子猫の遺体を発見した。その首は従業員の車の下で、親猫が食べていたらしい。過去、何回も同じような光景は繰り広げられており、実際に頭からバリバリ母猫が食べている姿も目撃されている。そして今回も、保護前に食べられてしまった。この母親に限りの話であって、他の猫の場合は順調に大きくなるらしいのだが……なぜ、この母親だけ、毎回、こんな結果になってしまうのだろう。


「白猫のほうは?」

「もう姿かたちがなかったから、はじめに食われたんだと思う」


 自分が産んだ子供を食べるのは、野良猫にはよくある話だという。カラスに狙われて食べられる前に自分が食べてしまわないと、親自身の身の危険にもつながる。また、子猫が弱っている場合、育たないと判断すれば、他に食われる前に親が食べる。信じられない話だが、生き残るためには致し方ないというわけだ。


 結局、亡骸は奥さんが回収して土に埋めたらしい。食われてしまっている頭の方は取り上げられないから諦めざるをえないが、それでも身体だけでもと、埋葬したということだった。


「そろそろ保護しないとまずいとは言っていたんだよ。ただ、小さいからな。哺乳瓶がないから育てられないって言っていて。こっちにはペットの道具を売っているホームセンターはないんだ。農具は売ってるんだけどな」


 どんな田舎だよという話なのだが、実際に売っていないそうだ。だったら、その地区に住んでいる人たちはいったいどこで買うんだよと聞いたら、売っている隣の市まで買いに行くのではないかという答えが返ってきた。たった一時間半違うだけの市町村であるのに……


「哺乳瓶なら持っていたのに。使っていなかったから、あげてもよかったよ」

「まぁ、俺もそうは言ったんだけどな。保護しようと思っていたら一歩遅かったんだから。これも運命さ。縁がなかった」


 確かに縁があれば、どんな遠回りをしても巡ってくるのだろう。


「どうも、あの母親は食べるために産んでいるとしか考えられん」


 そんなことをハットリくんは言っていたが、そうなのだろうかと思いつつ、小さな命たちが、その母猫が生きるための糧として生まれてきたなんて思いたくはない。けれど、命ひとつ育むことは、特に野良、人の手の入らないところでは、こんなにも厳しいものなのだと思い知らされる結果となった。それでも、食べるくらいなら育児放棄を選んでほしかったと思わずにはいられない。


 なぜ、母猫は生まれてくる子供を毎回食べてしまうのか? それほどまでに弱りきっていたのだろうか? 子供たちのこの先の未来を憂うあまり、愛情の深さゆえの行動だったのだろうか?


 育児は大変なことだ。お腹を痛めて生んだはずなのに、その子供に愛情を持てない場合もあるのだろう。慣れない、わからない、初めての経験に悩み、苦しんで、どうにもならないほどに追い詰められてしまうのかもしれない。


「あの母猫は異常だよ。顔つきが他の猫と違う」


 ハットリくんはそう言ったけれど、本当に異常なのだろうか。子猫たちはどんな思いだったのだろうか。どんなにひどい仕打ちを受けようとも、彼らにとっては唯一無二の存在、世界のすべてであっただろう。そんな母親が大好きなはずなのだ、子供は。現に乳もくれていて、途中までは育っていたのだ。けれど、続かなかった。大好きな母親に食べられる瞬間も、きっとなにが起こったのか、わからなかったろう。そうやって考えると、つらくてたまらなくなった。


「あとな……もう一匹の方なんだが」


 実は自分の子供を食べてしまう猫とは別に、もう一匹、妊娠してお腹の大きかった猫がいた。あまり見かけない猫だったが、ハットリくんの目に、なぜか留まった猫でもある。


「ひかれて死んでた」


 ハットリくんの会社のすぐそばを国道が通っている。トラックも数多く通り、野良猫たちはよくひかれてしまう。その中で頭蓋骨骨折をしても生き残って、今でも元気な猫もいるのだが、そういうほうが稀である。彼になついていた野良の子猫も、もう何匹もそうやって命を落としている。そして、その母猫も、子猫たちが食べられて命を落とした同じときに、車にひかれて死んでしまったという。


「遺体からな、まだ育ちきってない子猫が出ちゃってたよ」


 毛の生えきっていない、ピンク色の小さな命が、腹の外に飛び出ていたと言った。


「そういう予感みたいなものはあったんだ。たぶん、ダメだろうな、コイツって。初めて見たとき、直感したんだが、やっぱり、そうなっちゃったわ」


 そう語るハットリくんは実に淡々としていた。もしも、食べてしまう母親の子猫がダメだったら、こちらの子猫と縁があるかもしれないと話していただけに、これも本当に残念な話となった。


 確かに、ぼくの中で飼おうと決断していたわけではない。縁があるのなら、それを受け入れようとは思ってはいたけれど、こういう結果を聞くと、残念な気持ちと、悔しい気持ちが入り混じった。だからと言って、無責任に保護をするわけにも、保護させるわけにもいかない。


「運命……だったんだな」


 うちのねこさんがそうならなくてよかったと心から思う。そして余談だが、こんな話もハットリくんはした。


「あのな。母猫も残酷だけど、カラスはもっと残酷だからな」


 カラスが子猫を連れ去って食べる時、どうするかを知っているだろうか? もちろん、生きたままの状態で突くこともある。けれど、小さな体ごと飛んで、高いところから子猫をアスファルトへと落とし、つぶれて食べやすくなるのを突くこともあるのだ。


「ひどいな、それ」


 高いところから落とされた子猫を想像し、背筋が凍る思いに駆られる。と同時に、こんな話を思い出す。高所からの自殺をはかるとき、落下途中で気絶してしまうから、叩き付けられたときには意識がなく、痛みがないという話だ。できるなら、そんな運命になってしまった子猫たちの意識がないことを祈りたい。


 世の中、大変なねこブームである。猫だから、外に出たがるからと、避妊をせずに外へ出した結果、子猫が増える。増えた子猫の始末に困り、そこらへんに捨てる。捨てた結果、車にひかれる、カラスに食べられる。うまくそれらの危険を回避して大人になり、また子を作る。その子がまた、そんな運命の輪に乗っていく。ボランティアや拾って世話をしてくれる人に出会うのは、究極的天国コース。まさにレア。しかし、これだって限界もあるし、譲渡先がとんでもない家である可能性もなくはない。


 これをどう思うだろうか?


 なにが優しさなのだろう? ぼくには疑問が残る。家に閉じ込めておくのは優しいことではないのだろうか? 自然の理に反して避妊をさせることは優しさではないのだろうか? 


 よくよく、考えてもらいたい。


 命が産み落とされたあとの運命を知った上で、ぼくたちにはなにができるだろう?


 これはねこだけに限った話ではなく、ぼくたち人間自身にも言える。生まれたばかりの赤ちゃんを土に埋めた女子大生のニュースもあった。にわかには信じられないが、それでも虐待や育児放棄の話は人の間であっても、多く存在しているし、後を絶たない。無事に育っても、いじめを苦に自殺してしまう若年層も多い。


 そのような現実を受け止めた上で、命ひとつ、その重みをぼくらはもっと知らなければならないし、理解しなければならない。悲しい運命を背負わせることがないように、大切に愛情を持って、育んでいかねばならない。ひとつ、ひとつはとても尊いものであるのだから。


 それを思い知った今回の話が、ひとりでも多くの人の心に残ることを切に願ってやまないのである。


(そんな命の余談)


挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


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