第三十七話 仮退院してみる?
ねこさんが元気になった(先生に言わせると仮であって、ハッキリとは言えないらしいが)翌日の休診日は、久しぶりに明るい気持ちで一日を過ごすことができた。先生にはわからないと言われても、あの状態ならきっと大丈夫だと思ったのだ。それに、入院する前のように突然悪化して天国に呼ばれてしまう……ということが二回もあってたまるかという気持ちも強かった。
緊急電話が掛かってくることもなく、そのことに怯えることもなく、休診日を穏やかに過ごした翌日、仕事が終わってからはもちろん、ねこさんに会いに行った。こんなにワクワクして会いに行けるなんて夢のようだった。これまではねこさんの状態が悪すぎて、会いに行くまでが不安の連続だったのだ。会えるのが嬉しくてホクホクしているぼくを端から見るとすれば、遠距離恋愛している恋人に久しぶりに会うようなかんじだろうか。あれほど重たかった足は実に軽やかだったと思う。
相変わらず、獣医さんは大混雑で座るところに窮するほどだった。そんな人と動物でいっぱいの待合室に入ってすぐに面会希望を伝えると、しばらくして、ねこさんがやって来た。彼は二日前に会ったときのように、いや、それ以上に元気を取り戻しているように見えた。いつものブルーのかごに入ってやって来たのだが、やはりこの間のように騒がしかった。
「にゃー! にゃー!」
だせ、だせ、だすんだ、こんにゃろう!
と、高速パンチを繰り出し、ひっくり返ってバタバタし、トイレシーツの端をカミカミし、ぼくの手をガブガブ、えいえいっするのである。とにかく、かわいらしさ全開だった。おめめがぱちくりするだけで、即死レベルのきゅんビームが発射されるのだから反則である。小さい体で懸命に動き回る、ちょこんと座る、柵にダイブ。
「にゃー!(でたいー!)」
これ、退院できるレベルじゃないか? だって、この状態、三日目になるんだから。
そこで、今回もまた、先生との面談を希望する。小一時間くらい待たされることになったけれど、今回こそ、先生から「治ってきているよ」の一言を貰わないことには落ち着かなかったのだ。
実際に、先生に話を聞けたのは夜の七時半を回っていたが、ぼくの顔を見つめる先生の顔は、入院期間のなかでは一番穏やかなものに見えた。
「一時期は本当にダメだと思ったけど、よく、ここまで盛り返したと思うよ」
「とりあえずの峠は越えたと思ってもいいですか?」
「うん。そうだねぇ」
よしよしよしっ! やったぞ、ねこさん! きみは一番の危機を乗り越えたんだよ!
ぼくは診察台の上で、飛び降りようと虎視眈々と狙うねこさんを撫でまくる。
退院も見えてきたのかもしれない! このままいけば、きっと家に帰ってこれるぞ!
と。そう思って、とにかく撫でまくっていたそのときだった。
「連れて帰る?」
は? 今、なんとおっしゃいました?
突然の申し出に言葉が出てこなかった。
「一泊、おうちへ帰ってみる? 今日でもいいよ?」
一泊? おうちへ? 帰る!?
二度目の先生の言葉には、嬉しさに声にならなかった。だが、問題がある。家の状態だ。ねこさんが入院して、ちょうど一週間になっていたのだが、その期間で考えた、飼育上の問題の数々をクリアーできていなかったのである。
「その……明日……でもいいですか? ちょっと……掃除したいんで」
ねこさんの入院の原因は肺炎である。そんなねこさんを受け入れるのには、きれいな環境でなければならないだろう。しかし、仕事続きで、まともに掃除に時間を割けなかった部屋の状況は、ねこさんを受け入れる合格点がつけられる状態とは言い難かった。とにかく、大きな問題が二つあるのだ。それを改善してからでなければ、どうしたって連れて帰れないのだ。
「うん、それでいいよ。そうだね。日曜の午前中には連れてきてね。まだ、肺のレントゲンも撮ってないから完全にいいとは言い切れないしね」
「はい。明日。明日の午後には必ず!」
入院して、ぴったり一週間。ねこさんの一泊二日の仮退院はこうして決定し、ぼくは先延ばしにしていた課題と、早急に向き合わねばならなくなったのであった。
※正直、こんなきれいな顔になるなんて思ってもみなかったので、本当にびっくりしたのと、嬉しいのと、入り混じってぐちゃぐちゃでした、心の中(笑)




