第三十六話 もしかしてSFTS?
ねこさんが入院する前、カラー装着した日のことである。とある人物から「ヤバいんだけど」という連絡がきた。言わずと知れたハットリくんである。
「どうもさ、おまえと同じで捻挫したっぽい」
ぼくがねこさんを獣医さんに連れて行く車中で、そんなことを言われた。実は、四月にぼくは階段を踏み外して、右足首を一回転させて、ひどい捻挫をしていた。三段くらい踏み外しただけなので、骨折に至らなかったのは幸いだったが、それでも四ヶ月も経つ今でも完治できていないほどにはひどい捻挫だった。それと同じようなかんじになってしまっているというのだ。
彼の場合は左足であるのだが、立ち上がったときにどうも足首をひねったらしい。ひねった瞬間はなんともなかったが、徐々に膨らんできていると、彼は嬉々として語っていた。
「病院行けよ」
「まぁ、一日、様子見だな。この痛みが明日も続くなら行ってくるわ」
「早い方がいいぞ。明日になったら歩けなくなっているかもしれないし。経験から言わせてもらえば、受診は絶対に早い方がいい」
アドバイスはしたが、結局、彼は病院には行かなかった。獣医さんを終え、帰宅して、ねこさんの様子を見ているぼくに再び、あの男から写メが届く。送られてきた写真を見て、正直、大笑いした。足首がなく、膨らんでいた。しかし膨らみ方が奇妙だった。くるぶしのところだけ、ぽっこり膨らんでいたのだ。
『悶絶』
そんなメッセージが送られてくる。腫れがどんどんひどくなっているらしい。だから医者に行けと言ったのに、人のアドバイスを聞かないから、そうなるのだ。
『残念だ。なんだ、この足。おやすみ』
ぼくはねこさんのことでいっぱい、いっぱいであったため、素っ気なく返事をすると、そのままその日は寝てしまった。
すると翌日。腫れがマックスになってから痛みが和らいだハットリくんから『病院に行った』という連絡が入った。どうやら骨折ではなかったようで、医者からは『痛風』が濃厚だと言われたらしい。ただし、検査結果待ちのため、あくまで暫定である。
痛風は総カロリーが高いと尿酸値が高くなり、かかりやすくなる病気らしい。風に当たる程度でも激痛が走るようなのだが、この説明で、ぼくは普段の彼を思い浮かべた。ご飯を食べた後にスナック菓子をぼりぼり貪るようなヤツだ。ご飯の量もかなり多い。酒は飲まないが、塩分摂取量は尋常ではない。何度も塩分は控えた方がいいのではないかと話したが、それも聞き入れることなく好き放題の乱れた食生活。そんな彼だから、痛風になってもおかしくはない。ただし、なにもしなくても非常に痛いというので、本当に痛風なのかは、この時点から疑わしかった。
そして、その夜のこと。半泣きでハットリくんから連絡が入った。この日はねこさんが一回目の抗生剤を投与された日でもある。送られてきた写真は昨日の比ではないくらい足が腫れあがり、象のようになっていた。むくみとは違うのだが、むくんだ足の人のようになってしまっているのだ。亡くなった心臓疾患のあった祖父の足にそっくりだった。医者に行っても痛みはまったくなくならないという。
それでも、なんとか医者で貰った薬で痛みを散らし、包帯を巻いて摩擦から皮膚を保護してやり過ごす。端から見ていて、聞いていて、そんな彼の姿は非常に痛々しかった。
結局、ねこさんが入院した後で出た血液検査の結果から、『痛風』という診断は下されなかった。尿酸値は通常の範囲内だったのだ。それでは、なんの病気だったのか? 医者はその病名を特定できなかった。しかし、奇妙な質問をされたという。
「動物に噛まれたかって聞かれたんだよ。で、思い当たるの、一匹しかいない」
「……それは、もしかして、うちの子のことかな?」
「アイツにしか噛まれてないもん」
この時期、タイムリーと言えるくらいの全国ニュースがあった。
『野良猫にかまれた女性が、「マダニ」が媒介するウイルス性の病気「SFTS」(重症熱性血小板減少症候群)を発症し、約10日後に亡くなっていた』
と、いうものである。このニュースもあり、軽度のSFTSだったのではないかと考えているが、実際のところ、病名はハッキリしていない。ただ、痛風でも、膠原病でも、リウマチでもなかったのは確かなのだ。
ねこさんのつらさを、その身で持って実際に体験することになったハットリくんには非常に申し訳ないのだが、これは気をつけなければと思えた実体験でもある。彼以上にねこさんには噛まれていたが、ぼくが発症に至らなかったのは免疫力が高かったためとも考えられるのだ。もちろん、そんなひどい噛まれ方もしていないのだけれど、よかれと思って保護しようとして、野良猫に噛まれる。その猫が、マダニが媒介するウィルス性の病気を持っている可能性はゼロではない。実際に、こういう事態に、身近な人間がなっていることを考えれば、可哀想だからと思っても、弱っている動物に、迂闊に近づくのは危険な行為でもある。
保護するときは、また、保護した動物がウィルス感染をしているかの検査をしていないときは、保護した自分の身も、しっかり守ってやらねばならない。そんな教訓をもらった気がする。
命を救う――それはいろんなリスクを伴う行為であり、簡単にはいかないものである。そんなことを知ることができた、友人の不運だけれど、とても貴重な体験だったのである。




