第三話 人を当てにしてはいけません
連れて帰るのはいいけれど、問題があることに気づくのは、帰りの道中でのこと。情に流され、かつ、打算もあって引き取ってみたものの、ぼくは猫に関しての知識が皆無であり、ノウハウなんてものが一切無い、ずぶの素人である。
それに加えて、ぼくは根っからの犬派である。環境的にそうなったとも言えなくはないのだが、とにかく犬しか飼ったことがない。飼っていた犬が子を産んで、目も見えない状態から数匹育ててきたけれど、それだって親犬がいたから楽なものだった。触ろうとすれば威嚇もされたし、親が隠してしっかり保育。ぼくがやってきたのは主に離乳食時期からで。そこまで育った子犬は食欲旺盛だし、離乳食もうちの両親が購入してきたものを手順通りに作って食べさせる。排泄のしつけを手伝うくらいで、排泄はじめはすべて親犬がやってくれていた。
だから犬はいい。なんとなく、わかる。性格だって、行動だって、気を付けることだって、ある程度は把握している。しかしながら、猫はそうはいかない。飼ったことがないわけではないが、それだって仔猫からではなかったし、なにより一年という短さだ。猫って自由ね、懐かないね……くらいの理解はできたけれど、生態なんかまったくわからない。
で、みかんの段ボールに時々小さい声でミーと鳴きながら、段ボールから出ようと試みる。それほど大きい段ボールではないはずなのに、あまりに小さいから、座っているとちんまり見えるねこさんと言えば……性別不明。月齢不明。種別不明。そう、謎だらけ。
人間の飲む牛乳は強いから与えてはいけないのは、若かりし頃の手痛い思い出から学んではいるが、何を与えていいものか、わからない。授乳期っぽい気がするからミルクなのだろうけれど、それだってどれくらいの量を飲ませるのか、食事の回数もわからない。最近はネットも発達しているから、誰かに聞けばわかりそうなのだが、とにかく食べ物はいいとしても、この目である。なにかしらの病気を持っている可能性は高いし、よくよく見ると背中の毛に黒いもんがある。
ノミ?
大問題である。実はぼくの家にはすでにブラック&クリームの色合いのメスのダックスフンドがいらっしゃる。彼女に間違ってついてしまおうものなら大変なことになってしまうわけだ。
この状況で思い付くのが獣医さんだった。十代の頃から通い続けた行きつけの獣医さんは、うちの親も、そしてぼく自身も信頼を寄せるまさにカリスマだった。何度も助けてもらったし、うちのばあちゃんのいぬも救ってもらったし、うちで産まれた子犬たちもたくさんお世話になった。そこでは里親さんも探してくれて、待合室にはチラシも何枚も貼られていた。
ぼくが当て込んでいる友人A、彼のことは今後はハットリくんと呼ぼう。なぜ、このあだ名にするかは彼の祖先に関係するのだが、ここでは割愛するとして、連絡はまだついていない。ヤツがダメだった場合を考えて、里親探しを獣医さんに頼めば、ぼくの荷もおりると、我ながらナイスアイデアと獣医さんに、ねこを拾ったので相談させてほしいと連絡をした。すると、ひとまずは相談に乗るから来院してと返事をもらう。
よしよし、これはなかなかうまくいきそうだぞ。あとはハットリくんさえ連絡がつけば、万事うまく行くはず。ねこさん、もう少しの辛抱だ。
ねこさんはか細い声で鳴いていた。段ボールから出そうになるのを押し戻しながら、ぼくは獣医さんに向かう。その道中、ついにあの男から連絡が……!
ぼくはウキウキとハットリくんからの快諾の返事を期待した。しかしながら……
「むり。引き取れるわけ無いじゃん」
バッサリだった。期待値が大きかった分、返り討ちの出血量は半端ではない。しかし、ここでもぼくは食い下がった。なんとか、ヤツにこのねこさんを救ってもらおうと思っていた。いや、ねこさんというよりはぼく自身だったのかもしれない。
「お前の実家、ねこ三匹も飼ってたじゃん。もう一度どう?」
「ねこに家、いためつけられたから、もう二度とごめんだってさ」
二度目の斬撃である。またしてもバッサリいかれたが、まだまだよと、ぼくはもうワンチャン賭けに出た。
「んじゃ。会社は?」
「ただでさえ、野良猫山ほどいて、まだ増えるし。間違ってひき殺したのだって何匹もいるし、会社の向かいは国道だから、何匹もトラックにひかれて死んでるぞ。そこに混ぜる気か?」
それはイヤである。絶対にダメである。死ぬ確率アップさせるだけである。
となると、完全にアウトだった。ヤツもヤツで俺は飼えんという。
「おまえが拾ったんだから、おまえが責任もって飼えばいいじゃん。運命ってやつだと俺は思うけど」
もっともだ。もっともすぎる。さらにハットリくん、半端無い霊感の持ち主である。しかも、イタコレベル。今後も彼のスピリチュアルというか、神がかり的な発言が飛び出していくことになるのだけれど、それはまた追々紹介していくとして。
そんな彼ゆえに、ぼくはこのとき、この言葉に引っ掛かりを覚える。とはいえ、まだ完全に道は閉ざされていないと思っているぼくは、獣医さんに里親を見つけてもらうか、おばちゃんがボランティアさんを見つけてくれるかというわずかな可能性を捨てられなかった。
「とりあえず、相談してくる」
「そうか。獣医さんに聞いたら、また連絡してくれよ。もしかしたら、病院行っても『安楽死』の可能性もあるだろうけどな」
は!? 安楽死!?
この言葉で、ぼくはある生き物エッセイを思い出す。仔猫を拾ったはいいが、育てることが難しく、獣医さんに安楽死させたほうがいいと言われたというのだ。そして、小さな命に注射針を注すつらさを書かれていた。そのことが脳裏によぎり、ゾクリとした。
まさかなぁ。そんなことないよな。鳴いてるし……
一応、車の移動中は小さく鳴いていたし、箱から出ようとしていた元気はあったのだから、大丈夫だろうと、ぼくは不安を抱えながらも、獣医さんへ行くことをやめようとは思わなかった。
「とにかく、行ってくる」
「わかったよ」
こうしてハットリくんの不吉な言葉にビビりながらも、プランAが見事に撃沈したぼくは、このあとプランBの厳しさを痛感しに行くのであった。
※ひなさん仔犬時代。
※登場人物紹介