第二十八話 入院二日目
ねこさんが入院した翌日の午前中は、とにかく、なにをする気にもなれなかった。ご飯を食べなくちゃいけないとわかっていながらも、心配が大きくて、物を食べる気にはどうしてもなれなかったのだ。
入院当日は、いつ電話が掛かって来るやらと気が気でなく、寝ることもできなかった。それをSNSでつぶやくと、心優しいフォロワーさんたちに、眠れなくてもいいから横になって休むようにと言われた。この言葉は実に胸にしみた。ぼくと同じようにねこさんを心配してくれる人もたくさんいたし、気持ちがわかるよという言葉だけで、本当にどれだけ救われたか知れない。
この日、本当は一刻も早く、ねこさんに会いに行きたかった。けれど、午前中に面会に行ったら、午後はもう面会できないだろう。というか、おそらく、一日に二度も、三度も面会に行くような人もいないだろう。具合が悪くて入院しているのに……だ。でも、今生で会えるのが数回になってしまうかもしれないのなら、時間の許す限りは会っておきたいと思うのも確かだった。
とにかく、会いたい。彼の元気な姿を見たい。
ぼくは安心したかった。ちゃんと会わないことには、本当に生きているのか、不安で、不安で仕方なかったからだ。仕方なく、午後一番の診療時間に面会に出掛けることにした。午前中に会いに行って、午後、危険な状態です――なんてことにもなりたくなかったというのも一つの理由だ。
その日はとても暑い日で、午後の診察の順番どりに来ている人の出足が遅かったのが幸いして、ぼくは一番をとることができた。午後三時になって扉が開くと、すぐにぼくは名前を呼ばれた。
診察室に行くと、スタッフの方がねこさんを連れてやってきた。重たかったパラボラアンテナは取ってもらっており、身軽になっていた。酸素室から出てきたばかりのねこさんの呼吸は少し落ち着いて見えたけれど、すぐにそれは荒いものに変わっていった。診察台の上でじっと座り込んだねこさんの姿をとにかく写真に収めた。俯いて、身体全体で息をするねこさんの状態は昨日と少しも変わって見えなかった。
入院したら少しは良くなるかと思ったのに……
いや、実際は入院したから即元気になるなんてことは人間にだってないことなのに、このときのぼくはかなり焦っていたのだと思う。期待をしていないといられない状態だったとも言えないこともない。ねこさんを抱っこする。とても苦しそうで、胸が痛んでたまらなかった。
しばらくすると、先生がやってきた。診察台にねこさんを戻すと、ねこさんは数歩、歩いてから、ぎゅんっと大きく伸びをしてみせた。
「こんなかんじだよ」
先生はねこさんとぼくを見ながら、そう言った。
「まだ、なんとも言えない状態です」
ねこさんの顔は相変わらず、くしゃくちゃだった。目の周りも、鼻の周りもとにかく汚くて、ひどい顔としかいいようがない。そんな彼を抱っこする先生に、ぼくは質問をした。
「あの……どれくらいのかんじで会いに来てもいいんでしょうか?」
今まで、ぼくが飼ってきたわんこさんたちは比較的みんな元気で、長期的な入院というものをあまり経験したことがなかったゆえに、勝手がわからなく、思い切って聞いてみた。すると先生は「会えるときに」と言った。
「時間があるとき、会えるときに会いに来たらいいよ。とにかく、今はやれることをやっているからね。酸素室で呼吸を楽にしてあげて、皮下点滴をしている状態なんだけど、ごはんはやっと食べているかんじかな」
「はい。よろしくお願いします」
一任するしかない。ぼくはねこさんに「がんばれ」と声を掛けると、獣医さんを後にした。とにかく、生きていることを確認できたのが一番だった。
夜の七時ころ、ぼくの話を聞いた母が仕事帰りに会いに寄ってくれたらしく、二十分ほど、待合室でねこさんと対面したらしい様子をメールしてくれた。
『思ったよりも元気があった。ケージに入れられ、やってきたけど、あくびをしたり、トイレシーツの端っこを噛んでいたりしていたから、きっと大丈夫だよ』
これを見て、ぼくはまた少しホッとした。ごはんもなんとか食べているし、動けるだけの元気はまだ残っているのだからと……けれど、ぼくは知らなかった。その日、ねこさんは突いてもじっと動かなくなるほど、最悪の状態に陥っていたなんて――そんな事実を聞くのはこの日から二日後のことになるのである。
※あくびをしたり、伸びをしたり、少しは元気なのかと思ったのですが、それでも呼吸の荒さはどうしようもなかったです。




