第二十七話 子猫、肺炎、死亡率
ねこさんが入院してから、ぼくはとにかく暇になった。それまで、どれくらい彼に時間を費やしていたのかを、本当に思い知らされるほどにやることがなくなってしまい、その存在感をひしひしと感じたのも確かだった。
はじめはそれこそ、誰かにお任せしようというくらいの、実に簡単な気持ちから始まった同居生活だった。けれど、一緒に暮らし始めて三週間くらいで、ぼくの中で、彼はかけがえのない存在に昇格していたのである。
静かになってしまった部屋で、ぼくができたことと言えば、ネットで同じような状況で助かった症例があるのかをただ調べることだけだった。
とにかく、バカみたいに何回も検索した。
『子猫、肺炎、死亡率』
『子猫、肺炎、助かる』
など、子猫の肺炎に関係することなら、なんだっていい。なんでもいいから、少しでいいから情報が欲しいと検索しまくったのだが、実際にやってみた結果と言えば、ほとんどその手の話を拾えなかったということだ。
確かに死ぬことより、助かることの方が多そうではあった。よほどの持病がない限り、大丈夫という情報はあったけれど、その一方で、子猫にとっては大変危険な状態に陥ることになる、死亡する可能性も高い、完治は見込めず、大人になっても肺炎にかかりやすくなるなどの、おおよそ、ポジティブとは無縁な情報ばかりが入ってきて、凹んだハートがさらにしぼんでしまう結果を生んでいた。
さらにである。うちのねこさんほどの小さい身体で肺炎になったという話が出てこないのである。確かに二か月、三か月という大きさの子で肺炎になったという話は出てきた。でも、彼ほど小さい子の話に行き着かなかった。探し方がへたくそだったのかもしれないが、何度も検索しても、三百五十グラムの身体のこねこの肺炎復活の話は見つからなかったのである。
この三百五十グラムだが、以前、缶ビール一本分の大きさであるという説明はした。では、この大きさが一体どれくらいの状態の大きさであるのか――実は、ここがとても重要である。
うちのねこさんは初診で『三か月の男の子』という診断を貰っている。通常、三か月の子猫であれば、体重は千三百グラムほどが平均だという。では、実際のねこさんの大きさは、どこに当てはまったのか?
三週。つまり、ひと月満たない状態の子猫と同じだったのだ。
だが、よくよく調べていくとである。歯の生え方の状態が、どう考えても三か月とは思えないのだ。ぴたりと当てはまるのは三週。離乳開始もこの頃だ。すると初見の先生の見立てはどうだった? という話になる。
ぼくはねこに関しては恐ろしいほど無知である。初めてねこを飼うというのに、ねこの育て方の本の購入もしなければ、ネットという便利なツールで調べもしなかった。ゆえに、育て方は申し訳ないくらい我流というか、手さぐりだった。
だから、先生の言葉だけを頼りにしてここまでやってきたのだけれど、怖いものかな、調べれば、調べるほど、先生の言葉が信じられなくなっていくのだ。
そもそも、初めの段階で見たてが違ってしまったら、それこそ、いろいろ変わってきやしないだろうか? これはハットリくんもかなり指摘していた。本当にこれ、三か月なのかと、彼がねこさんを見るたびに首をひねっていたのである。
初診のとき、ねこさんの歯は四本しか生えてなかった。前の鋭い歯が上下に四本である。
これでカリカリ食べられるの? と疑問に思ったのも確かだ。かと言って、哺乳瓶でミルクを与える大作戦では、全力で嫌がられ、断念してしまっている。
そして、さらに悪いのは状況だ。寝不足、不安が疑心を煽る。自分たちも悪かったけれど、他に悪くした要因を探しだし、それを悪く言うことで、なんとか不安を取り除こうとしていたという、このネガティブな状況がますます気持ちの不健康化を煽っていったのだ。人間、悪いことを考えるときは大抵、精神が不安定に陥り、かつ、肉体的にも健全な状態ではない。悪い考えは状況が好転しない限り、加速的に膨らんでいく。そんな状態にぼくは進んでしまっていた。たった一晩で……それくらいには、ねこさんの入院はぼくにとって大きな出来事だった。
こうなった経験があるからこそ、ぼくは今、このエッセイを綴っている。一縷の希望にすがりたい、大丈夫だと思いたい――そう思う人に、うちのねこさんの辿った道が、僅かな灯になるようにと――
さて、こんなぼくは入院翌日の午後の診察開始時間に合わせて、ねこさんに会いに行く。この日がねこさんにとって、その命、最大の山場になるなんて思いもせずに……
※寝ているときが本当に多かったねこさんの、猫らしい寝顔。こっち側から見ると、腫れもなく、普通に見えるのだけれど……
ハットリ氏、スピリチュアル漫画を前半にも挿入しました。『ねこグッズ』と『こいつ、諦めているからさ』の二話だけでも、そっと覗いてみてください(笑)新たな彼の一面がわかるかも(笑)




