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第二十四話 死相が消えないな

 ねこさんの具合が悪くなっていく中で、二つの言葉がずっと頭にこびりついて離れなかった。一つは『生きることを諦めている』というもので、これは本当にその後、なんども考えさせられた言葉だった。そして、もう一つ。スピリチュアル男、ハットリくんはぼくにこんなことを言ったのだ。


「死相が消えないな」


 は? なに言った?


 目ヤニと鼻水の塊だらけ、さらに拭いても茶色になる汚い顔をしたねこさんを抱きかかえ、じっと顔を見つめて、そうぽつりとこぼしたのだ。


「死相? 死ぬってこと?」


 聞き返すぼくに、ハットリくんは「それはわからん」と返しながら、それでも神妙な面持ちで「うーん」と唸っていた。


 時々、彼は死を予言する。どうやら寿命が見えるらしい。死が近づいている人には独特なオーラがあるということなのだが、霊感マイナス値のぼくにはまったく理解できない世界の話である。とはいえ、親友の言うことだ。まったく信じていないわけでもない。事実、ぼくの祖母の寿命も言い当てられていて、その通りになった。ひなさんも寿命宣告されたけれど、彼女の場合は、ぼくのことが心配で離れられず、無理して寿命を延ばしているらしい。いや、だからって、それを度々言わないでくれよ……と思うが、このことに関しては、できるだけ考えないようにしている。あと数年というのはわかっているが、長生きしてほしいと願うのは、愛する家族を持つ者ならば、当然、思うことであるだろうから。


 そんな彼の発言が気にならないわけがない。ねこさんを拾った当初から、彼には『死』の話をされている。まぁ、あれだ。仮にスピリチュアルな力がなかったとしても、ねこさんの様子や表情を見れば、そんなことを誰もが思ってしまう状況でもあったのだけれど……


「生きることを諦めているって前に言ってたけど、今でもそうってこと?」


 ぼくの質問にハットリくんは「それはわからん」と答えた。なんともハッキリしない。いや、ハッキリできなかったのだと今ならわかる。


「でも、死相がな。ずっと消えないんだよ」


 だからなのだろうか? 彼はぼくに口酸っぱく獣医さんに相談して来いと言った。何度も、何度もだ。早めに対応して、なんとか彼の運命を変えたかった――これが本音であろう。ぼくが割とのんびりしているから、危機感を持たせるためだったのかもしれない。そうしてきたつもりだった。しかしである。怖れていた事態は回避不可能なものになっていくのだ。


 身体全体で大きく息をするねこさんは、マンション内のベッドでは寝なくなった。あんなに好きだったもふもふタオルで寝ようとせず、薄いカーペットの上に出てくる。そしてじっと、その場で動かない。寝苦しいのか、場所を移動すれど、ベッドにはいかずにカーペットの上を数十センチ歩いて、また、その場でじっとする。身体は熱く、呼吸は苦しそうでならなかった。


 本当は丸くなるより、身体を伸ばしたいのだろうが、パラボラアンテナが邪魔をする。力の入らない身体であるから、歩けば、その重みにふらつきもする。水を飲むのもやっとだったし、ごはんなど、口にほとんど入らない。


 状態は緊迫したものへと確実に変化していた。


 この間、何度パラボラを外してあげようかと思ったかわからない。それでも、目を引っ掻いてはますます大変になってしまうかもしれないと、こんな状況にもかかわらず、ぼくはそれを外してやることをしなかった。今ならおそらく、誰になんと言われようとも外すだろう。目も大切だけど、それよりも生きることのほうがずっと重要だと思うからだ。


 獣医さんが休みであるその日は、本当に気が気でない状態だった。何度も夜中に起きて、彼の状況を確認した。まだ、生きている……と見るたびに安堵はしたけれど、寝ることなどできなかった。


 夜間救急に彼を連れていくかも悩んだ。ぼくの家の近くに動物夜間救急があるのは知っていた。けれど、それも見送り、翌日の仕事から帰った後で、かかりつけの獣医さんへ連れて行くことを選択した。これも、さらに状況を悪化させたミスチョイスかもしれない。


 やっと仕事を終えて、連れて行ったその日も、獣医さんはめちゃくちゃ混んでいた。二時間近く待ち、やっと名前を呼ばれたときは心の底からホッとした。


 きっと大丈夫。この間まではすごく元気だったし、診てもらえれば、すぐに楽にしてやれる。元気になれるぞ!


 診察台に彼を置き、状況を説明すると、すぐにレントゲンを撮ることになった。そして、レントゲンを撮り終え、再び診察室に戻ったぼくに告げられたのは「入院しないとまずい状況です」という恐ろしい一言だったのである。


 けれど、次にぼくはもっと残酷な現実を突きつけられ、選択を迫られる。絶対に間違ってはいけない最大の選択が、この後、ぼくを待ち受けているのだった。


(余談)


挿絵(By みてみん)



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