第二十二話 急変
ねこさんがいつになく元気になったその日、二回目の抗生剤を打ちに獣医さんに出掛けた。会社から帰っても、ねこさんはとても元気で、カプセルの中でもじっとしていることがなかった。
この日も獣医さんはいつものごとく混みあっており、診察までに二時間あまり待つことになる。実はぼくが通っている獣医さんは口コミで噂が広がった名医さんで、通常の待ち時間は二時間だ。一時間待ちで受診できるならばラッキーであり、早い方で、夏のように日の出が早く、寒くないと、朝の五時前から診察の順番どりが始まっていて、診察開始の九時に行こうものなら、十五番目くらいになってしまう。一匹につき二十分近くの診察時間だとすると、十五番目では昼近くにしか診てもらえなくなる。それでも、この先生に診てもらいたいと、隣の市町村から噂を聞きつけた人まで来るのである。
この日、ぼくはのんびりと、その二時間を待っていた。いつもと違って活発なねこさんを相手にするのも楽しかった。カプセルから出たいと鳴き、天井にジャンプして、パラボナアンテナをぶつけて落下する――そんなことを繰り返すくらい元気に動き回る彼の姿を見るのが、本当に楽しくて仕方なかったのだ。
ついにぼくの順番が回ってきた。体重計測をするが、これはまったく増えていなかった。減らなかっただけよかったと思いながら、先生に元気のある姿を見せ、現状を報告した。
「生まれて初めて(薬を)打ったから、よく効いたんだね」
そう先生は笑い、注射を用意するからと、奥へと戻っていく。
「あと二回打てば、ずっと元気のままでいられるよ」
にゃーんと鳴く彼をあやしながら待っていると、先生が片手に注射を持って現れた。がしかし、ぼくはその注射を見て驚いて固まった。
え? それ打つの?
前回は指一本分だった注射のサイズが変わっていた、三倍くらいに。ぶっとい注射器に、たっぷり入った薬。この間の量くらいを打つと思っていたから、余計に驚いた。あれをぼくに打つとなっても、ちょっと遠慮したいくらいの太さと量だったのだ。
「あの……押さえますか?」
動きまわるねこさんを抱いて聞くと、先生は「いや、いいよ」と言って、片手でねこさんを掴み、そのままぷすりと彼の背中に、そのぶっとい注射を注した。
「ギャ――!」
当然である。ねこさんはじたばた、じたばた、手と足を動かして抵抗を試みる。けれど、先生は容赦なかった。
「うーん、やんちゃだねぇ。この間よりもずっと強いね」
と言って、そのまま抗生剤を打ち込んでいく。
「ギャ――!」
ねこさん、針を刺した状態のまま、右回りに一回転する。先生は動じることなく、ねこさんを掴んだまま、抗生剤を入れた。針を外したねこさんは大人しくなった。
「明日はお休みだから、明後日ね」
診察が終わり、待合室に戻るが、カプセル内は静かなもので、あれほど動き回っていたねこさんが微動だにしなくなった。
会計を済ませて帰宅する間も、カプセル内に動きはない。鳴き声もない。本当に静かになった。
帰宅して、カプセルからマンションへ移しても、ねこさんは動かなかった。しばらく様子を見ていると、あの男が訪ねてきた。元気になったという話を聞いたハットリくんが、是非、それを生で見たいと遊びにやってきたのだ。やってきて、すぐにねこさんをあやしに行くハットリくんがぼくを見る。
「こいつ、元気ないけど?」
「抗生剤打ったから、そのうち元気になると思うけどね」
「おまえの話と全然違うなぁ」
「この間もそうだったし」
前回も打ったその日はそれほど元気ではなかった。その後、二時間くらい様子を見ていたハットリくんは「おかしくないか?」と言った。
「呼吸が荒くないか? それに、なんか熱いぞ、こいつ」
「……うーん……」
ハットリくんの指摘通り、ねこさんはじっと丸まっていて動かない。それにだ、腹で大きく呼吸するようになっていた。ごはんも思うように食べなかった。水分もあまり摂らなかった。前回はここまでぐったりしなかったのに。元気になるために獣医さんに行ったのに、どうして医者に見せたその日に、これほどまで具合が悪くなってしまったのか――
夜中になっても、ねこさんの様子はよくならない。気になって数時間ごとに起き、彼の様子を見ていた。呼吸が止まっていないだろうかと、心配で寝ることができなかったのだ。
そして翌日の朝を迎えるのだが、ねこさんは回復することはなく、ただつらそうに目をつむり、荒い呼吸をつづけていたのである。




