第二十話 これも愛、いや、違うでしょ!?
ねこさんがパラボラアンテナ状態になって帰宅してからは、とにかく首がつらそうで仕方なかった。三百五十グラムのボディーに五十グラムのプラスチック装置である。そりゃ、重いに決まっている。
しかし、それでもだ。目がよくなることを優先したかった。目がよくなれば、きっと身体もよくなっていくだろう。一つずつ、悪いところがなくなれば、彼の負担も少なくなって、全力で風邪だけに向き合えるようになる。そうすれば、メキメキ体力を回復し、元気に飛び回ることもできるだろう。親ごころのつもりだった。いや、そのものだ。だから、彼が装置を外したくて、トイレにそれを押し付け、ブルドーザーよろしく、砂をガリガリ運ぶようなことをしても、壁にこすり付けて、なんとかしようとしていても、首の隙間に手が入り込み、うにゃうにゃなってしまおうとも、心を鬼にして、装置は外せないんだと、彼の身体を抱き上げたり、首を支えてやったりして過ごしていた。
この装置なのだが、やはりこれ自身も小さい彼にとっては大きかった。きっと一キロあれば、そんなに大変ではないだろうが、彼にとっては恐ろしく重くて、デカい代物だった。おかげで、装置の外縁に顔の先が届かず、水も、ごはんも苦労する。水はそれでもなんとか、うまいこと、彼自身がやりくりして飲んではいたが、ごはんはそうもいかず、毎回食べやすい角度にステンレスの平皿を斜めにして差し入れてやることが続いた。当然、こんな装置のおかげで食べは悪くなる。よって、指で与え続ける。ぼくの指は常にねこさんのフードの匂いがする状態。
それにねこさんはよくくしゃみをした。それは食事の最中でも関係がない。くしゃみをすると、その勢いでフードが飛ぶ。飛んだフードが装置にくっつく。不衛生にならないように拭き取るがしかし、匂いが染み付く。
抱き上げると、ねこさんの顔の辺りはフードの匂いにまみれていた。しかし、これ、いいこともあったのである。
ひなさんだ。ひなさんは食欲魔神。弱って動きの悪いねこさんからは、食べ物のいい匂いがぷんぷんする。そして、ぼくの目の前で奇跡的な出来事が起こった。
ぺろん……
ひなさんが、ねこさんのお顔を一舐めしたのである。
ずきゅーーーんっ!
撃ち抜かれたのはぼくのハートだった。
なにこれ? こんな素敵な場面ってなに!? これも愛なのねぇーーーー! って、ちがうだろ? それは食べ物への欲望であって、愛ではない。
しかし、いいのだ。こんなくだらないノリツッコミを一人でしてしまうくらいには、一歩も二歩も、彼らの距離が縮まったように思えたのだ、この親バカには。
この匂いプンプンはさらにひなさんの心を柔らかくさせたと思う。彼女がいつも寝ているベッドにねこさんが入って寝ても、彼女は怒らない。元より、怒ることはなかったが、鼻先を嗅いで、装置を舐め、一緒に寝る。下手をすると踏んづける、お尻で。
いやさ、きみ、何キロよ? ねこさんの十倍以上の体重で踏んづけるって、パンダの赤ちゃんみたいにぺちゃんこになっちゃうじゃない。踏むのはダメだよ、踏むのは。
今になって思うのだが、これがあったから、彼はひなさんをより、好きになったのではないだろうか? それにひなさんも、彼の状態がよくなかったのを誰よりも強く察知していたに違いない。この頃、彼女は彼に対して、絶対に怒ることをしなかった。どんなに近くに寄って来ようとも、自分の領域に踏み込まれようとも、立ち去ることもなければ、小突いたり、転がしたりもしなかった。どちらかと言えば、静かに見守る、寄り添うという方が正しいだろう。
実際、彼女はぼくが具合悪くて寝ているときも必ず隣にいてくれる。彼女がいてくれるだけで、どれほど気持ちが楽になったか、わからない。おそらく、ねこさんもそうだったに違いない。そしてひなさん自身も……
獣医さんから帰宅したパラボラアンテナ状態のねこさんは、ラッピングカゴに首を預けながら、苦しそうに一夜を明かす。けれど、翌日、思いがけないことが起こる。それはぼくにとって、とてもかけがえのない思い出の一日となったのである。
※うまく眠ることができなかったため、かなり体力を消耗している様子だった。




