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第二話 出会っちゃいました

 ねこさんを拾った日、ぼくはいつものように仕事を終えて帰路についていた。いつもの道を、いつものように、のらりくらりと歩いていたわけだ。もちろん、片手にはスマホ。歩きスマホは大変危険とわかっていながらも、SNSをのんびり覗きながら、今日も一日疲れたなぁ、なに食べようかなぁといつもの調子でいたわけで。


 そんな変わり映えのない帰り道、ふと見れば道端に三人ほどのおばちゃんたちを見つける。どうやら、なにかを相談しているらしい。通り過ぎようと思えば、別にできちゃったわけだけど、どういうわけか、ぼくはその場で足を止めた。目に入ったのは段ボールと、そこらへんをうろうろする謎の白い物体なわけでして。


 ぼくの通う道は大通りではなくて、ちょっと小道の閑静な住宅街。近所には保育園もあり、普段はお迎えのお母さんたちの車でそれなりに車通りもある。その日は残業もなく、定時で上がっていたため、割と早い時間帯(それでも六時半はまわっていた)。六月ということもあり、まだまだ完全には日が沈んでいないとき。おばちゃんたちは、うろうろする白い物体を心配げに見つめている。近づいて白い物体を確認すれば、それは本当に小さいねこさんだった。


 ほぇー、猫だ。子猫だ。ちっちぇえなぁ。


 そう思いながら段ボールを見る。親なし。兄弟なし。もしや、これはと思ったときに、車がやってくるのを見つけたぼくは、思わず、その白いねこさんを抱き上げた。

 周りにいるおばちゃんに話を聞けば、捨てられていたらしい。ふむふむ、捨てられたのかと段ボールを見ると、ねこさんの近くに置いてあった段ボールには『みかん』の文字がはっきりと印刷されている。


 みかんの段ボールに猫捨てるって……漫画かよっ!


 これがぼくの正直な感想だった。このご時世に捨て猫がいるっていうこと自体がアメージング。小学校の頃はそれでも見かけたこともある捨て猫だったが、段ボール入りは初めての体験だったから、とにかくびっくりしたのも確かである。


 おばちゃんたちは困り顔。近所の保育園に通うママさんたちも園内に声を掛けて、預かってくれる人がいないかと探しているらしい。


 ねこさんは手のひらサイズだった。とにかく小さくて軽い。生まれて一か月くらいじゃないかと思うほどには小さいし、ほっそい足でよたよたと歩く姿は不安定そのもの。左目は目ヤニがべったりで、とにかく汚い。目の大きさが違ってしまっているし、目ヤニの左目は赤く腫れている。爪はとがっていて、シャキーンと出ている。


挿絵(By みてみん)


 しかし、どうにも不細工で仕方ない。白いボディーに耳と尻尾がクリーム色。目はマリンブルーでとても魅力的なのに、ここまで汚い顔だったら、絶対に貰い手はなさそうだと申し訳ないがぼくは思ってしまった。


「誰か拾ってくれそうな人に心あたりないかしら?」


と、おばちゃんに言われる。ぼくの手の中にいるねこさんを見る。段ボールの中にいたときは、ミーミー鳴いて、必死に段ボールの外に出ようとしていたらしい。母猫を探していたのだろうか? 母猫は戻ってくるのだろうか? しかし、この子に似た大人の猫は近所で見たことがないという話だった。


「心当たりと言えば、なくはないんですけど……」


 実はこのとき、ぼくは一人の人間を当て込んでいた。ぼくの一番の理解者と言っても過言でない友人Aである彼なら、この状況を聞けば飼ってくれそうな気もしたし、彼の会社では野良猫に餌をやり、去勢をし、何匹も飼っているという話も聞いていたから、一匹くらい増えてもかまやしないと言うんじゃないかと思っていたのである。


 とりあえず連絡を試みる。だが、どういうわけか、この日に限って連絡がつかない。仕事は終わっている時間のはずなのに……だ。写メを送り、メッセージもいくつか送り、着信も死ぬほど残してやったが、結局30分経っても連絡なし。いつもなら、すぐに連絡がつくやつのはずなのに、面白いほど連絡がつかない。今、思えば、これも神様の采配ってやつなんだろうけど。


 おばちゃんたちは困り果てている。このままだと、車に轢かれてしまうか、カラスの餌になってしまうだろうと言う。このとき、ぼくの脳裏に、小学生の頃、救えなかった小さな命のことがフィードバックする。その子はもっと小さかった。青い目で、アメリカンショートヘアのような柄と色をした仔猫だった。同じように目ヤニがべったりで、片目は開けられなかった。


 そんな仔猫をどうにか助けてやりたくて、ぼくは猫嫌いの父親に『最後まで面倒を看る。責任もって飼うから』と涙ながらに訴えた。けれど、父親を説得できず、結局は元いた場所に返すことになった。お腹が空いて、ミーミー鳴く仔猫に、ぼくが与えたのは人間用の牛乳だった。喜んで飲んではいたけれど、人間の飲む牛乳が仔猫には強すぎるなんて、当時のぼくは知りもしなかった。結果、その仔猫の死期をぼくが早めたであろう。動かなくなって、固くなって、冷たくなってしまった仔猫を家の裏庭に埋める時は、つらくて……本当につらくて、泣きながら謝っていた。その子とリンクしたのは間違いない。


「あの……友人がいいっていうかもしれないし、他にも手はありそうなんで、今日のところはぼくが連れ帰ります。もし、よかったら、継続してボランティアさんとか探してもらえますかね?」


 ぼくの提案におばちゃんたちはホッとした顔になった。預かってもいいけど、やっぱりちょっとねと思う人ばかりだったみたいで、全力で見つける約束はしてくれたから、一応、連絡先の交換をして、ぼくはねこさんを段ボールに戻した。


「数日間だと思うけど、お願いしますね。こちらも頑張って探してみますから。本当に優しい人がいてくれてよかったわ」


 なんてことを言われながら、ぼくは家へと帰るのだけど。このときはまだ、ぼくはこの白いちっこいのがパートナーになるなんて……というか、パートナーにするなんて気もさらさらないままで、きっと貰い手はすぐに見つかるから、預かっても数日かなぁ……くらいには簡単な気持ちでいた。けれど、実はそんな簡単なことでないことをこの後、すぐに思い知らされることになったのだった。


挿絵(By みてみん)


※ねこさんを拾ったときに友人に送った写真二枚です。帰りがけにねこさんを覗きに来た中学生に撮影の手伝いをしてもらいました。

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