第十四話 一キロの壁
ねこさんがやってきて四日目、再び、獣医さんへ。この頃、目に見えて、ねこさんの体調は悪くなっていた。目ヤニは目薬をコンスタントに一日三回注しているけれど、まったくよくならない。目薬だけでなく、顔も毎日拭いて清潔を保っているけれど、それでも翌日にはくしゃくしゃになってしまっていた。
くしゃみもよく出て、ぶしゅんっと顔を振る。そうすると、鼻水のしぶきが飛んで、床にポツポツ残る。それくらい鼻水が出てしまうから、当然、鼻まわりも黒い塊がついていて、毎日拭いても、拭いても追い付かないのだ。
そういう諸々の症状の相談と、未だ死滅しないノミの撲滅のために獣医さんに行ったぼくは、先生に現状を報告する。
元気はないし、食欲もない。手で食べさせて、やっと三分の二を食べるくらい。遊ぶこともあまりないし、鳴いた姿と言えば、うんちが出なくて『にゃーん』とつらそうにするときだけだった。走るにしても、たどたどしいし、一日の大半を寝て過ごしている状態。これを聞くと先生は、うーんと唸りながら、こう言った。
「一キロないと抗生剤は打てないんだよ」
あまりに小さすぎる――それが先生の判断だった。とにかく、この一キロを目指そうという話になった。
「毎日、体重を量って、これ以上減らさないようにしてね」
このとき、獣医さんで計量したねこさんの体重は三百五十グラムである。二週間後にまた来てねと、二回目のノミ薬塗布で終了する。ちなみにノミの薬は塗布してすぐに死滅しない。徐々に効力を発揮して、卵と親が死んでいく、遅行性であるとのことだった。そのうちいなくなるよといわれたとおり、ノミは知らないうちにいなくなっていたのである。
さて、三百五十グラムと聞いても、ぼくの中ではこの数字がとても漠然としたもので、具体的にどれくらいの重さであるのか、月齢で言うとどのあたりなのかということがまったく理解されていなかった。一番わかりやすい例えだと、おそらくビール缶一本の重さだろうか? これを三本分の重さにしないといけないわけだ。今の三倍の大きさにというのは正直、このとき、ぼくは楽勝だと思っていた。
ご飯は自力で摂取はなかなか難しい状況であれど、こまめにきちんと食べさせている。これを続ければ、体重増加はさほど難しいとは思えなかったのだ。しかしである。これがすさまじく大変なことだということは、その翌日に思い知らされるのである。
その日から、ねこさんの体重を食べる度に計量するようになった。一食食べると二十グラムほど増えるのだが、うんちをしてしまうと一食分である二十グラムは減ってしまう。四回食べさせれば八十グラム増加するはずだが、実質はうんち分を差し引いて、一日六十グラム。六十グラムと言えば、卵一個分の重さである。六日あれば三百六十グラム増える計算なら、二週間後には確かに一キロに到達できるはずである。だが翌日、彼の体重は三百四十グラムに減ってしまうのである。
ひやぁぁぁっ!
真っ青になった。これ以上減らすなと言われている傍から減ったら、それはもう、某アニメの主人公ではないが、顔に真っ青な縦線びっしりの残念顔にもなってしまう。
なんで増えないの?
いつものようにごはんは与えている。食べている量もそれほど変わりはないはずだった。回数だって四回は食べさせている。それでも減ったのだ。理由がまったくわからなかった。
とにかく、食べられる量だけ食べさせて、回数を増やして、完食を目指す。それが功を奏して、三百九十グラムまで増やすことができたときは、やれやれだった。しかし、それ以上、彼の体重は増えることはなかったのである。
こうして、風邪をこじらせたねこさんはますます具合が悪くなっていく。しかし、それでもぼくはまだ必死に、彼を太らせようとしていた。獣医さんの『二週間後に来てね』という言葉を守り、二週間後に行くときまでに、少しでも今の体重より増やそうと……
この選択が誤りであることに気づくのは、もう少し先の話になるのであった。
※お気に入りになったもふもふ毛布で寝ていることが多かった。




