第十一話 子育てって大変です!
一日に四回は食事を与える――これが獣医さんに言われたことだったので、とにかく、このノルマを達成することにぼくは頭を悩ませていた。
休みの時なら、朝、昼、夕方、夜といった具合に確実に食事をあげられるのだが、仕事をしている日はこうはいかない。日中は見守りができないため、彼に自発的に食べてもらわねばならない。
苦労しているのは、ねこさんの食欲がものすごく少ないという点である。飽き性かもしれないよとSNSのフォロワーさんからアドバイスをいただき、獣医さんで購入した缶詰とカリカリとミルク以外に、ペットショップ売り場で子猫の離乳食用のウェットタイプのごはんも購入し、一日の中で味が被らないようにローテーションを試みる。それでも自力で食べるには至らず、上っ面を舐める程度であるから、一口サイズを指に乗せ、鼻先へ持っていくことを繰り返し、なんとか食べさせる状態である。
離乳食を意識して、ミルクと混合し、カリカリをふやかすのだが、ミルク入りの難点は冷めてしまったときにミルクが固まって、器に張り付いてしまうことだった。舐めても上手く口の中に入らないほどに固くなる。それをお湯でまた溶かすを繰り返す。なんとも手間のかかる作業の連続だった。
なんとか、かんとか食べさせ、カリカリも単独で食べるねこさんのカプセルに、仕事のときは一山置いて出かける。半分食べればいいほうで、ほとんど残ってしまう。
口の中に無理やり入れると、食べること自体を嫌がるようになるよというアドバイスもあり、口の中に押し込むのは止める。それにしても食事の時間帯は実に不規則になりがちで、仕方なし、方向転換を余儀なくされた。
日中食べないのであれば、寝てもらうしかない。自分が留守の間は寝てもらって、いる間に活動してもらう、昼夜逆転の生活へシフトさせるのだ。とはいえ、ねこさんは夜行性。問題はぼく自身である。しかし、そうは言ってもいられない。ハットリくんの残した言葉が耳にこびりついて離れなかったからだ。
生きることを諦めている――これは本当に胸に刺さった。ただし、この言葉には続きがある。
「おまえに会うまでは、間違いなく生きること、諦めていたよな。まぁ、今はそれよりは少しだけ希望が持てるってだけで、完全に生きることに意欲があるかとなれば別問題だけどな」
ぼくに会うまでは生きることを諦めていたが、会ったことで多少なり希望を持ったと言われたら、そりゃ、やるしかないわけで。さらにハットリくんは続けた。
「こいつの運命を変えられるのは、たぶん、おまえだと思う」
ねこさんの命を握っているのがぼくであるということなのだろう。でも、このとき、ぼくは思いもしていなかった。ねこさんが死に向かって歩んでいるとは、まったく想像すらできなかった。なんのために保護したかと言えば、死ぬ原因、要因から引き離すためだ。車、烏、病気といったものから遠ざけて、少しでも長く生かす。いや、きちんと大きくして、命を燃やしてもらうというのが目的だろう。いい人にもらわれて、しあわせなねこ人生を歩んでもらう――そのためのお手伝いなのだから。
「なんか、含みのある言い方するなぁ」
「伝えれば、未来は変わるからな」
ハットリくんはいつもこうである。彼のスピリチュアルな言動によって、今までなにかしら救われたり、ハッとさせられたり、気づいたら言われていたっけなと思った経験があったりなぼくとしては、彼の言葉はとにかく心に引っ掛かる。彼がこういうからには、それなりになにかあるのだけれど、ただ、あまりに漠然としすぎて、引っ掛かりはしたけれど、危機感まで抱くことはなくて、それが結果的に後手になってしまい、ねこさんの命の危機を招くことになってしまうのだが、このときはわかるはずもない。
さて、ハットリくんの言葉もあり、拾ったときよりも確実にねこさんの世話に真剣になるぼくは、朝の五時、昼用に一山置く、帰宅六時、夜十時、夜中二時という具合に食事を与える作戦に出る。一気に食べないなら、少量でも回数を増やすことで、食べる量を増やそうという計画だった。
夜中の二時はかなりつらかった。夜の十時くらいに寝て、二時に起きる。しかし、このときにはすでにカプセルの中でうんちをしてしまっていることもあり、手足が汚れた彼を拭いたり、洗濯をしたりで結果、寝られるのは三時半を回っていた。翌朝は五時半起床だから、実質の睡眠時間は実に少なかった。それこそ、人の赤ちゃんを育てるのとなんら変わりない生活リズムだったのだ。
これを経て、ぼくは思う。世の中のお母さんたち、すごいなと。これを何か月も繰り返して、育てるのだから、お母さんたちの愛情もスタミナも半端ない。本当に頭が下がる思いがした。
子育てって大変よ!
そう、思わず口に出てしまうだろうお母さんたちを思い浮かべながら、ぼくは寝不足の日々をなんとか乗り越えていた。お母さん方の偉大さを噛みしめて――ぼくはまだまだ、その入り口に立ったばかりだったから。
※膝の上での様子。お腹を触ると小さな手で指を掴んで噛もうとする元気なときも時折あった。ほとんどは寝て過ごしている状態で、動きも少なかったし、とにかく鳴き声を聞いたことがなかった。
(余談)




