第十話 こいつ、諦めているからさ
ねこさんとの共同生活二日目、土曜の夜についにその男はやって来た。いや、それはそうだ。ぼくはヤツを当て込んでいたし、現在進行形でヤツにねこさん相談もしている。これで気にならない方がおかしいのだから、見に来るのは当然のことである。
さて、ヤツこと、ハットリくんはやって来るとすぐにカプセル(キャリーケース)に敷いたタオルの上で丸まっているねこさんをだっこした。ねこさんは嫌がりもせず、ハットリくんの手の中に収まっている。
「本当に汚いなぁ。洗ってやれよ」
目ヤニ、鼻水で汚くなった顔と、それを擦っているからくっついてしまったのだろう、前足の汚れを見て言う。普通なら、拾ってきた時点で洗ってやるべきだとも彼は言う。
「ノミとりの薬、つけてもらってるから洗えないだろう?」
確かに洗ってやりたいけれど、薬が取れてしまってノミが大量発生、ひなさんにまで寄生されては大被害だ。それにダニやノミに刺されてのかゆさは半端ないから、絶対に回避したい。
「なんか、こいつさぁ。目がヤバイよね。離れてて、不細工だし」
言いたい放題である。確かに、このときのねこさんは左目が腫れていたため、ひきつっていた。そのせいか、右と左では方向が違う、言うなれば斜視のようになってしまっていたのである。
「こいつ、何ヵ月だって?」
「歯の生え具合から三ヶ月だって」
「そうかぁ? 先生、間違ってないか? この大きさなら一ヶ月だろう?」
「先生が三ヶ月だって言うんだから、三ヶ月だろう?」
「歩き方もよたよたしてるし。なんか、骨に異常があるんじゃないか? 動きが子猫じゃないし」
普段、野良猫(大人も子供も)をたくさん見ているハットリくんは首を捻りながら、ねこさんの様子を見続けていた。確かに彼の言うとおり、歩き方は拙い。弱々しいし、すぐに座ってしまう。走ることも、ジャンプすることもない。ない、ない尽くしなのだ。
それにしたって、ぼくはねこについては無知である。ゆえに、ハットリくんの疑問に疑問しか浮かんでこない。いや、むしろ、うちのねこさんにケチつけまくりやがって……と歯軋りした。
「ところで、こいつ、どうするの? ずっと飼うの?」
「一応、貰い手さんが見つかるまでは頑張ってみるつもり……なんだけど」
「ふーん。じゃあ、名前はどうするんだ? 名前がないと不便だろう?」
「うーん。そうだなぁ……」
確かに名前がないのは不便だ。ここ二日、ぼくは名前も呼ばずにお世話をしてきた。実に不便だった。かといって、ねこさんと呼ぶのもどうなのだろうと、名前を考えてみる。
トワ。アドルフ。スノー。ホワイト。ちびすけ。ちびた。ちびのすけ。ちびたろう。ゆき。うみ……頭の中で、かなり考えた結果。
「雷でライ」
とてもキレイなブルーの瞳。稲妻の光のような、とてもキレイな青の瞳がかわいいねこさん。雷はぼくの大好きな某漫画の、電気ウナギの特性を持ったキャラクターが扱う力でもある。
「ライ……呼びにくい……リズム悪い」
「ほっとけ」
ハットリくんにケチをつけられながらも、一応命名。
「まぁ、名前の通り、力強く育つといいけどな」
そう言うと、ハットリくんはねこさんを持ち上げ、顎の下を撫でながら、予想もしていない一言を放ったのだった。
「こいつ、生きること、諦めてるからさ」
この一言がおそらく、ぼくのハートに火をつけることになったのは間違いない。そして、二週間後くらいには、この言葉を強く噛みしめることになる。
『絶対に生きることを諦めさせない』
そう思うことになるときが徐々に近づいてきていることを、このときのぼくはまだ知らずにいたのだった。
※片目が小さくなってしまっている状態。温かいタオルで拭いたけれど、すぐにまた塊がついてしまう。目は腫れており、ときどき左右の黒目が違う方向を見てしまっていた。不細工とハットリ氏に言われるのは、この手の顔であった。
(余談)




