よもやの保守
鬼滅の刃無限列車編を観てきた。
いつもの精神論、テレビ版と大差ない作画、いつもの梶浦音楽……、でも、泣いた。
クライマックスでは炭次郎たちと一緒に「煉獄さんは負けてない」という思いを共有出来たのだった。
私の場合、漫画はほとんど読まず、映像化したものにしか触れていてない。なので、アニメーションとしての評価が、私の中の鬼滅の刃という作品の評価だということを断っておく。
ストーリーは鬼にされた妹を治すために戦う炭次郎という少年の話。
空間の使い方の巧さとか、浮世絵のようなエフェクトの良さがまず挙げられるが、今回の劇場版で特に良かったと感じたのは声優の演技。
鬼の術で幸せな夢を見させられる炭次郎たち。亡くなった家族と再会し、至福の時を味わう。しかし、それは所詮幻。目覚めなければならない。
「現実の方が夢なら良かったよ」という台詞は、鬼に家族を惨殺された少年の想いが切に伝わる。敵意を持って向かってくる人間に情けをかけるなど、テレビ版から共通する悲しみの中にある優しさがよく表現されていた。
今回の映画では炭治郎たちの上役に当たる煉獄杏寿郎という人物と初めて共闘する。
彼の根底にあるのは、強さは責任を伴うというものだった。ノブレスオブリージュに近い考えだ。力を持つものはいかなる時も大衆に奉仕しなければならない。
自分のためだけに生きる鬼との対比が上手く表現されていた。
この作品を観るたびに人間そんなに強くないよと思ってしまうのだが、惹かれてしまう。そういう人は多いと思う。
失われつつある価値観への憧憬というか、一部の自民党を支持する人の感覚に似ているのかもしれない。日本を取り戻すというスローガンがあったが、ナショナリズムに訴える手法はトランプに近いものを感じる。誇りで腹はふくれないと考えるので、私にはあまり響かない。
保守化するというのはこういうことか。私も昔は乙嫁語りなんて保守的な漫画(生活はあっても芸術はない)読む訳ないだろと馬鹿にしていたが、何故か手元に置いている。
私の場合、歳を取っただけかもしれないが、幼い子供まで保守化しなくても良いのにと思う。




