表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/25

#02_初めての人との邂逅は瀕死の商人でした

結論から言おう………喰われなくて、ほっとした。


最初に銀狼――シルファンが、のっそりとした動きをした時、短い人生だったと観念した。

牙を剥いて徐々に近づいてくるが、こちらが抵抗しないと感じたのか鼻を鳴らして匂いを嗅ぎ始めた。

懐かしい匂いなのに記憶にないのを気にしているのか、しきりに首をかしげる。


自分は君達と契約を結び、主人としていた人格ではない。

また君達も自分と契約していた従魔の頃とは別の人格となっているだろう。

現状の推察した思念を魔力に乗せて、三体に送ってみる。


シルファンとは五歳になろうとしていた頃に森の中で出会った。

彼女は生まれたばかりの仔狼で傷まで負っていたのに、勇敢にもこちら威嚇していた。

魔獣…しかも手負いの獣だから簡単には近付けないとは子供ながらも判っていた。

そこで当時に覚えたばかりの魔力を使った意思疎通手段を試した。

完全に弱ってしまう前にと何度も繰り返し魔力を使った。

その甲斐があったのか、シルファンは警戒を解いて地面にしゃがみこんだ。

差し出した手を小さな舌で舐めてくれたことは、子供ながら凄く喜んだものだ。

その後に体を持ち上げて、雌なのを確認したとき引っ掛かれ、大量の血を流したのもよき思い出となっている。

流れた血を舐めてシルファンが元気になったのも、その後に出会った二体に影響を及ぼす出来事だ。


ティアンとエイミーは同じ時期に出会った。

魔獣使いのジョブを修得した息子への誕生日プレゼントである『魔獣の卵』から孵ったときだ。

父親が市で行商人と交渉をしている時に自分で選んだ。


エイミーは西域から人伝で流れてきた魔鎧種の卵からそのまま孵った。

魔鎧種とは生体の代わりに鎧の形状で生まれてくる魔獣だ。

苦労したのはティアンの方だった。


父親が交渉し、破格の値段で購入したのが卵の中の魔素が安定しない乱種の卵だった。

魔力を注いで魔素を安定させる、霊力を注いで歪な魔素を取り除く。

そうして卵が孵るまで同じ作業を繰り返した結果が天竜種のティアン。


銀狼種は狼型の魔獣でも一、二を競うほどの種族、天竜種はドラゴン型の魔獣でも一、二を競うほどの種族だ。

エイミーだって魔鎧種の中では黒騎士と呼ばれるほど高位の存在だ。

だからだろう……己の欲望のために他者のモノを奪おうとするものを呼び寄せてしまった。


暗い気持ちになりかけた思考を引き戻したのは、シルファンが舌で顔を舐めたときだった。

他の二体も穏やかな思念を魔力で送ってきてくれる。

彼女達は再び、契約を交わして自分の従魔となってくれることを選んでくれた。

子供の頃に付けた名前だが、わざわざ変える必要もないだろう。

それぞれの名前を思念で送った。

同時に思い出したのでゲノムカードからステイタスを呼び出す。


魔獣使い…固有スキル『リンク』

魔獣に認められた者に発現するジョブ。

支援魔法、付与魔法など支援スキル系が備わっている。

戦闘に参加できる魔獣は三体が限度。

通常のパーティ編成のメンバーとは別に独自の従魔編成が可能。


過去の自分が修得していたジョブの一つ。

鑑定とは違って、今回は自分が所持していたジョブだ。

このような説明文はなかった……女神の力だろうか。


本来ならばジョブを設定するためには種族を管理する神の力が必要だ。

神を模した石像に手をあてて、祈りを捧げる。


だが自分が使える再設定は存在を司る神、セシルの力。

記録の中にある神話が正しければ、セシルは上位の力を持っていることになる。


ジョブ再設定を念じてみる………成功だ!

便利すぎる力に頼るのはどうかと思うが…致し方ない。


種族ジョブは外すことも、先頭に持ってくることも出来ない。

魔獣使いをメインジョブの先頭に追加する。

ジョブ毎の熟練度も最初は全てIなので順番は気にしない。


一度は行ったことのある作業だ……すばやく済ませてしまおう。

魔獣使いの詳細表示、従魔編成、シルファンを選択、目当ての項目を見つけた。


このジョブの固有スキル『リンク』


レベル1だと選べる項目は少ないが、現状を打破するには充分だ。

体力回復量、精神力回復量、取得経験値の三点。


その中から体力回復量を選択する。

同様の内容で他の二体ともリンク完了。


少しの時間をおいて、今まで全く動かなかった体に活力が戻ってくる。

人間は魔素だけでは活力を生みだせないが、魔獣は魔素を吸収して魔力を生み、肉体の活力に変える。

こうしている合間にもシルファン達は肉体の回復を行っているのだ。

リンクによって、自分の肉体もシルファンたちの回復に便乗させてもらった。


体調も回復してきた頃に、シルファンが近付いてくる気配を感じて警戒を促す思念を送ってくる。

体高180cmもあるシルファンの体では狭く感じる洞穴内で壁に張りつき、侵入者に対して警戒を始めた。

出口方向はこの場所よりも狭くなっているのか、先細りして見える。


すばやく三体のリンクを取得経験値に切り替えて、鑑定を常時執行する。

エイミーは武器生成で自分の体から大盾を作成して、防御の姿勢をとった。

ティアンの体は大きすぎて身動きが取れないのか、首だけを動かして攻撃の態勢をとる。


レベルは初期化されようとも、魔獣の本質を失った訳ではない。

三体とも息を潜めて、気配を消す…魔晄で照らしているのに姿を見失ってしまいそうだ。

匂いすら感じなくなった…高位の魔獣が生まれながらに持つ気配遮断と潜伏スキル。

人間がこのスキルを手にするには狩人や盗賊などのジョブが必要だ。


スキルには及ばないが、人の技術でも似たような事は出来る。

自分も息を潜めて侵入者を待った。


鑑定の範囲に入ったのか、侵入者の名前などが浮かんで見える。

ワボル、男、35歳、人間種、商人、人間……他はどうでもいい。

灯りも持たず、重そうなリュックサックを背負っている。

フラフラしながらも必死に移動していた。


人間である自分の鼻にも独特の臭いが届く……血の臭いだ。

腹部にある刃物の刺し傷を手で押さえながら、力尽きたのか倒れてしまった。

腰の辺りにナイフを差している…気をつけねば。

まだ息があるようだが、長くはないかもしれない。


声をかけたいところだが、ちゃんと声が出るのだろうか。

なにしろ体が全く動かなかったところから、ようやく動くところまで回復したばかりなのに。


「XXX、XXXXXXXX。XXXXXXXXXXXX」

(ったく、めんどくせぇなー。こんな所まで逃げやがって)


「XXXXXXX、XXXXXXXXXXXXXXXXX…」

(女ならともかく、なんだって男を追ってこんなところに…)


「XXXX、XXXXXXXXXXXXXXXXXXX…XXXXXXXXXXX~」

(それより、魔導ランタンを持つの代わってくださいよ…俺って魔力低いんですよ~)


聞き覚えのない言葉で喋る三つの声…全員男のようだ。

どうやら、ワボルという男は複数の人間から逃げてきたのか…困った。

後を追ってきた男達が鑑定の範囲内に入った瞬間、別の何かに自分の精神が押し出され………


名前も性別も年齢も、どうでもいい。

俺にとって問題なのは奴等のジョブだ…盗賊Lv12、9、7。

恨みは心の底に沈めたと思ったが、簡単には捨てることは出来ないか。

あの時に起こった事が脳裏に鮮明に浮かぶ。


五歳も半ばの頃に俺の住んでいた開拓村が多種族の盗賊団に襲われた。

村は阿鼻叫喚の状態に陥り、俺は父親と彼女達のおかげで辛くも脱出することが出来た。

その時に渡された翻訳の魔導指輪は、今も俺の左小指にはめているのだが翻訳されなかったな。

確認のために小指を見ると指輪の魔力が空だった。

だから盗賊どもの声も翻訳されなかったのか。


魔力を指輪に流して補充する。

これで最低限の魔力で翻訳がされるだろう。


細い通路を進んできた盗賊たちはお目当ての人間を見つけて下種な笑みを浮かべる。

暗闇に慣れている眼に急な光は危険だが、魔装で保護しているので問題はない。

商人とは五mほど離れていたが、一気に距離を詰める。


「(貸して)もらうぞ!」


うまく口が動かなかったが、なんとか声が出た。

商人の腰にあったナイフを手に先頭にいた盗賊に駆け寄る。

俺の動きにあわせて、シルファンとティアンが盗賊Lv12の後ろにいた二名の頭を噛み砕いた。

意思を失った肉体が重力に引かれて倒れ伏す。


「な、なんでこんなところに魔獣が!?」

「お前が知る必要はない!」


盗賊が腰のショートソードを抜こうとするが、ナイフを持つ逆の手で柄を押さえる。

間を空けずに、首の骨を避けるようにナイフを突き立てた。

男が恨みに満ちた眼でこちらを見るが知ったことではない……。

この程度のレベル差ならば魔装をしている者と、していない者では紙切れ一枚程度の差にしかならない。

後ろを振り返ると、商人が事切れていた。


「ふわっ!?」


死体を見るのは初めてじゃない。

祖父母や親戚に不幸があったとき、棺桶に入っている遺体を見たことがある。

二度目の自分の記録を覗けば、どこにでもあるような光景だ。

さっきのやりとりだって記憶にない訳じゃない。


「俺は…前世を取り戻していたのか?」


声に出したといって答えが返ってくるわけじゃない。

事実、シルファン達が首を傾げるだけだ。

思念でカードを呼び出して、ステイタスを確認する。

前世が戻ってステイタスに影響を与えているかもしれない。

……………あれ?


魔獣使いLv5、人間Lv5、戦士Lv1


戦士…固有スキル『ラッシュ』

戦いに挑んだ者に発現するジョブ。

剣術、投擲術など戦闘スキル系が備わっている。


ここまでは記録通りだ。

レベルが数倍離れている相手を倒すと、一気にレベルが上がるのは判っていた。

戦士のジョブも戦闘を行えば発現するのも知っている。

だが、問題なのは一番先頭にあるジョブがよりにもよって盗賊Lv7………。


盗賊…固有スキル『略奪』

他者のモノを盗み、種族毎の法を犯した者に発現するジョブ。

短剣術、投擲術など戦闘スキル系、潜伏など隠密スキル系が備わっている。

通常のジョブ設定では外すのは不可能。

罪を改めればジョブは消滅する。


ば、馬鹿な!?

一体なぜこんなジョブが自分にあるのだろうか。

盗賊とはいえ人を殺したことが法に触れていたのか。

自問自答していると左手にあったナイフを思い出した。


「…あっ……」


声に出たのは、もらうぞ、の部分のみ。

瀕死の商人は盗賊の下に向かったように見える。

そのまま商人は死亡…返却できず自分終了。


………

……

…ジョブ再設定を実行して盗賊を外す。これでカードには表示されない。

女神様、ありがとうございます!


一人で焦って、一人で安堵していると、シルファンが鼻で突いてくる。

そんな事よりもお腹が空きましたと思念が送られてきた。


「ああ。すこし待っていて欲しい」


後味が悪いが仕方がない。

商人と盗賊三人の遺体から装備や衣服を剥いで、スミに寄せる。

魔装を解除して盗賊の装備品からショートソードを拝借。

衣服を四枚、地面に広げて準備完了だ。


次に『霊装』を行う。


霊装は魔装の理を元に魔力ではなく霊力を体外に出して操作して装う技術。

魔晄は赤黒い光だったが、霊力の場合は青白い光――霊晄を発する。

霊力は魔力を消失させる為に特殊な機構でもない限り、同じ武器に処理を施すことが出来ない。


今回の場合なら魔装を施したナイフに霊力は送れない。


商人と盗賊三人の手首を剣で切り離し、これを衣服で包んだ。

これは死亡した相手のカードを回収するためでもある。

別に足首でも頭部でもいい、一定量の遺体があれば大丈夫だ。


眼に力を込めると魔力による空間の歪みが四つ確認できた。

アイテムボックスという名の空間魔法の一種だ。


しかし商人や盗賊が空間魔法を使えたのか?

過去の記録にはない…それとも眠っている間に魔術レベルの術が作られたのだろうか?

とにかく歪魔が来る前に処理をしないと………死体だって魔素の影響でアンデット化してしまう。

放置された空間魔法は歪魔を呼び寄せてしまうのでやっかいだ。


魔術は世界の理と魔力を利用して発現させる。

逆に魔法は魔力で世界の理を歪めて利用して発現させる。


歪魔とは別次元に存在する魔物の総称だ。

別次元にいるので手が出せないし、厄介なモノを生んでしまう。

それ故に別名『ダンジョン・クリエイター』といった名前もつけられていた。

空間魔法が成立したのは歪魔の存在があってこそだが、迷惑な魔物でもあった。


霊装の霊力を纏った剣で空間の歪みを斬っていく。

魔力で構成された術式が破壊されて、中に納まっていたモノが次々と広げた布の上に落ちていった。

死んだ者達からモノを得るのは、気持ちのいいものではない。

アンデットにならない為の処置代として回収させてもらう。


「…浄化!」


霊力を使った術式――霊術を詠唱省略形式でやってみた。

失敗した時は詠唱することも覚悟していたのだが、ありがとう、過去の自分。


今の自分には霊術のスキルはない…しかし術の発動は出来た。

戦士のラッシュのしてもそうだろう…突撃の練習をすれば同じ内容をスキルなしで実現できる。

スキルの初期段階は赤ん坊の歩行器なのではと思えてきた。


浄化は死体を消滅させて、骨に霊子を組み込むのでスケルトン化も心配しなくていい。

オマケに害のある菌を殺菌、皮膚や衣服についた汚れも浮かばせる事ができる優れもの。

消毒液や洗剤がいらない上に、水洗いで安心できる。


布越しに商人の骨を拾って包む。

一安心したところで盗賊のランタンを利用して、死者達のアイテムボックスを物色する。

ボックス内に入っている間は時間の経過がないので、食べ物なども入れられているはずだ。

食料は潤沢、貨幣だろうか…金貨が五枚、銀貨が百枚以上か?、銅貨はそれ以上ありそうだ。

四人分の所持金と思えば多いのか…価値がよくわからない。


食料、衣服、それ以外に分けていく。

分けおわった後はアイテムボックスを開いて、全て収納。

アイテムボックスも詠唱略式形式で『ボックス・オープン』で開けることが出来た。


時間が出来たら、中身を検証しなくてはならない。

ランタンで照らされて判ったことだが、自分の衣服はボロボロになっていた。

過去の戦いによるものなのか判らなかったが、心もとないので盗賊の衣服を頂戴させてもらった。


作業している間に思い出したことがあったので、従魔編成を呼び出す。

シルファンのステイタスを見ていると過去の記録とは別に追加されている箇所が複数あった。


種族…つまり魔獣の箇所を集中すると神獣、霊獣、魔獣と選べるようになっている。

他の二人も同様に選べた……うん、これは触れないほうがいい。

女神の力、恐るべし、存在のあり方すら再設定できてしまうのか。


全員のメインジョブが増えているから追加しておこう。

シルファンは獣戦士、ティアンは竜戦士…種族特性が追加された戦士ジョブ。

エミリーは魔騎士…戦闘スキル系、挑発スキル系、防御スキル系が備わっている騎士に種族特性が追加されている。

これは過去の記録どおりだ。


次に個体という項目…シルファンとエイミーは成体、ティアンは半成体と表示されている。

これは弄るのが怖いとはいっていられない。

出口が人間サイズしかないので、このままでは自分以外が洞窟の外へ出ることは出来ないからだ。

震える意思を叱咤してシルファンの個体を選ぶ。


幼体、半成体、成体が選ぶことが出来る……やはり出来るのか。

さらに意識するとメーターのようなものまで浮かんできた……微調整まで出来るのか。

意を決して、成体から幼体に変えてみた。


何の前触れもなくシルファンの体が出会った当初の状態、体高30cmぐらいになっている。

焦るシルファン達に落ちつけと念を送って、成体に戻してみた。

何の問題もなく元の状態に戻っている…これで脱出の条件は整った。


あとに残す問題は一点だけ。

自分達よりも出口から遠い場所で連れて行けと魔力の念を放出している大剣が一本。


この場所に落ちる破目になった金髪碧眼の浅黒い肌をした男―魔人族と呼ばれる種族―の使用していた魔剣。

勝利した自分が新たな所持者になったのだから連れて行けと騒ぐ。

いや、声は出てないけどね…どうしたものか。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ