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10.ずるいお化けの塔

「なによこれ! どうして私が部屋から出られないのよ!」


帰国した途端、自室に軟禁されたハイディは狂ったように扉を叩いていた。だが、彼女の叫びは誰にも届かない。


その間にも、フローラント王国の政権移行は着々と進んでいた。カールが正式にフローラント国王として即位することが決定したのだ。


そして迎えた戴冠式の日。


王宮の大広間は、諸外国からの国賓で溢れ返っていた。


主賓席には、きらびやかな王冠を戴く新国王カールの姿。その隣には、超大国フランキアの王太子妃として圧倒的なオーラを放つ長女マルガレーテとジークフリート夫妻。さらには、アルビオンで大成功を収めた次女ロッテとヴィルヘルム、三女エマとライナーが、仲睦まじく席を並べていた。


そこへ、久しぶりに室外に出ることが許され、思う存分飾り立てたハイディが現れた!


「なによこれ、冗談じゃないわよーーー!!」


祝宴会場の扉が開いた数分後、きらびやかな宮殿の片隅で、ハイディの叫び声が醜く響き渡った。


それもそのはず、彼女が連れてこられたのは、会場のきらびやかな中心部から遥かに遠く離れた『末席』。大きな柱の影で主賓席が一切見えず、出入りする給仕たちがバタバタと通り過ぎる、通路脇の最も格下の席だったから。


「ちょっとカール!ずるいわ!私はあなたの婚約者で、世界一のお姫様なのよ!お姉様たちがそこにいて、何で私がこんな惨めな場所なのよ!お姉様達だけ良いもの食べて、ずるいわ!私も冷えてない柔らかいステーキ食べたい!」


ハイディは地団駄を踏み、ドレスの裾を振り回して暴れ始めた!

ハイディは周囲の目が届く大公開の場であることなどお構いなしに、近くのテーブルに置かれていた飾り皿をガシャーンと床に投げ捨てる!


「おい、見ろよ……あのフローラントの四女、なんてはしたないんだ」

「一国の王女ともあろう者が、祝宴であんなに暴れるなんて、まるでお猿の曲芸だわね」


周囲の他国の大貴族たちが、冷ややかな視線を向け、扇子の後ろでクスクスと笑い合う。

しかし、怒りと嫉妬で頭が沸騰しているハイディには、その嘲笑すら聞こえない。


「ハイディをそっちの席に入れなさいよ!お姉様たちの席をハイディに寄越しなさいよーーー!!」


給仕の制止を振り切り、料理の載ったワゴンを蹴飛ばさんばかりの勢いで暴れ狂うハイディ。


冷ややかな沈黙が広間を支配する。カールは手元のグラスを置くと、氷のように冷たい視線をハイディに向けた。


「もうこれ以上看過できない。お前とは婚約破棄だ。我が国の国庫を傾け、父王の葬儀にも出席せず遊び歩き、あまつさえ婚約者がいながら他国の王子に色目を使うようなふしだらな女は、我が王国には不要だ。ああ、アルビオンでの膨大な借金は、お前が持っているドレスやアクセサリーをすべて没収して帳消しにしてやる。手切れ金代わりだ」

「えっ……!?」


ハイディは顔を真っ青に染め、今度は必死に男たちへ縋りつこうとした。


「う、嘘よ!ずるいわカール!私の魅力に嫉妬しないでよ!マルガレーテお姉様の側近たちだって、アルビオンのライナー様だって私の虜だわ!ねえ、ライナー様!」


話を振られたライナーは、心底不快そうにエマの手を握り直した。


「……僕が愛しているのはエマだけだ。君のような品性の欠片もない女性に興味を持った覚えは一瞬たりともない」


会場全体から浴びせられる、完全なる全否定の視線。

ハイディは愕然とし、その場にへたり込んだ。衛兵たちが容赦なく彼女を取り押さえ、身に纏っていた高価な毛皮や宝石を次々と剥ぎ取っていく。


「嫌よ!ずるいわお姉さま!私もそこで美味しいものが食べたい!助けてよ!私のものを全部返してよーー!」


みっともなく引きずられていくハイディの背中に、マルガレーテは、優雅に扇子を広げながらゾッとするほど優しく声をかけた。


「ずるい?ええ、そうねハイディ。ずるいお姉さまたちでごめんなさいね。でもね…小さな国の王位にこだわって、私たちの大切なものを奪うだけだった貴女には、世界の広さも、本物の知性も、最初から使いこなせなかったのよ。本当に残念な妹だこと。……さようなら、ずるいお猿さん」


それが、ハイディが聞いた最後の「人間の言葉」だった。


それから二年後。


大国プラーハトで盛大に行われた、三女エマの結婚式。


式を終えた姉妹三人は、久々に揃って優雅なお茶会を楽しんでいた。そこへ、フローラント国王カールが、お土産を持ってひょっこりと現れた。


「やあ、皆さん。相変わらずお美しい。実は最近、フローラントのあの塔に、ちょっとした怪談が生まれましてね」

「まあ、怪談ですって?」


ロッテが小首を傾げると、カールは楽しげに語り始めた。


「ハイディが幽閉されている塔でね、夜な夜な不気味な声が響くのです。『ずるい、ずるいわお姉さま……私に頂戴……』と。時には『ねえ、私可愛いでしょ?だって世界一のお姫様だもの……』とも聞こえるそうで。あまりにしつこいので、私が国費で【ずるいお化けの塔】って看板を立ててやったんですよ」

「あら、カール様ったら」


エマがクスリと笑う。カールは悪びれもせず続けた。


「そうしたら、大国からの観光客が大殺到しましてね。今や『歴史の愚かさを学ぶ観光名所』ですよ。ハイディが作った莫大な借金は、その入場料やグッズの売り上げで、現在順調に返済されていますよ。これが観光土産のメダルです。小鼻膨らんでいるところなんか、ハイディによく似せてあるでしょう。皆さんにも差し上げます。お国でぜひ宣伝してください」


窓の外から「あれが国を滅ぼした我が儘王女の生霊よ」「醜いわねえ」と、観光客たちに指をさされ、笑われる日々。かつてあれほどプライドの高かったハイディにとって、これ以上の地獄はないだろう。


カールの報告に、マルガレーテは紅茶をそっと口に運ぶと、実に見事な微笑みを浮かべた。


「まあ、あの子、お猿から『ずるいお化け』に進化しましたのね。死ぬまで……いえ、死んでお化けになってからも、私たちのために身を粉にして働いてくれるなんて、本当に殊勝な妹だわ」

「本当ね、お姉様」

「ふふ、これでやっと、お母様との約束通り『みんなで幸せ』になれたわね」


姉たちは、お互いのグラスを合わせ、楽しげに笑い合う。


さようなら、ずるいお化けさん。

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