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【完結】捨てられた侯爵夫人の日記  作者: ジュレヌク


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第四話 真実の愛と言われた夫婦 Side伯爵家当主



「ふぅ……なんとも嘆かわしい」



 私は、何度目か分からなくなった借金の申入書をパサッと机に投げ捨てた。


 娘を嫁がせたこと自体、本意ではなかった。


 家格の上の者に逆らうことが得策ではなかっただけで、もし拒否をしても、他の貴族に手を回され嫁ぎ先はなかっただろう。


 だからこそ、早々に愛人宅に引きこもった時は、諸手を挙げて喜んだ。


 これで、イベリスを傷物にせずに済む。



「マーガレット、君が守ってくれたのかい?」



 視線の先にある肖像画の中には、出会った頃の妻がいる。


 残念ながら、娘の結婚式が行われる半年前に、持病でこの世を去った。


 聡明で、優しく、先を読む力に優れた女性だった。


 長男を、跡継ぎとして相応しい教養を学ばせるために留学をさせようと言い出したのはマーガレットだ。


 十二歳で親元を離れさせることに心配はあったが、その御蔭で現在跡継ぎ問題で揉める王家と関わらずに済んでいる。


 もし、息子が国内に残っていたら、どの王子の側近につくかで、将来が大きく変わっていただろう。


 そして、娘の乳母として遠縁の乳飲み子を抱えた寡婦を連れてきた時も、妻には何か思惑があったように見えた。


 実際、結婚時に我が家から乳姉妹となった少女を同行させられたことは僥倖と言える。


 そうでなければ、たった一人で見知らぬ場所へ連れて行かれ、右も左も分からず不安な日々を送っただろう。


 最初、私は、娘を蔑ろにするハイドランジアという男を心の底から軽蔑した。


 私と妻は、大恋愛の末、両親の反対を乗り越えて結婚した。


 当時は、「真実の愛」などと持て囃されたが、ただ単に互いを思いやり信じ合った結果だった。







 妻と出会った日、私は、体が震えてうまく喋ることさえ出来なかった。


 学園の入学式で、受付を担当する私の前に立ったマーガレットは、柔らかな日差しの中に舞い降りた女神のようだった。


 実家は、同格の伯爵家だが、かなり家が傾いており、その時彼女が着ていたのは姉からのお下がり。


 それでも胸を張り微笑む彼女は、自信に満ち溢れていた。


 男をおさえての首席。


 入学生代表での挨拶は、本当に素晴らしいものだった。


 しかし、目立ち過ぎるとやっかみを買うのは、世の常。


 陰湿なイジメにあって、頭から水を被り校舎裏で泣いていた彼女見つけた時は、怒りに震えた。



「私が、守るから」



 そんな使命感に燃える私に、彼女は、首を横に振った。



「人の手を借りた仮初の安寧は、また、人の手によって脆くも崩れるものなのです」



うら若き少女が、まるで老女のように世の理を説く姿に、私は更に心を奪われていくことになる。


そして、何かにつけて彼女と話す機会をうかがい、徐々に距離を詰め、やっとこのことで彼女にマーガレットの花を1本捧げることに成功した。



『あなたに夢中です』



本数により意味を変える花言葉。



『愛している』



を意味する三本の花束を贈るのに、そう時間はかからなかった。


10本数は、『安心できる存在』。


そして、結婚式のブーケは、12本。


『夫婦の愛の誓い』だった。


彼女が亡くなった時に、16本の『別れ』を送って以来、毎年墓に17本のマーガレットをささげている。


その意味は、『絶望』。


マーガレットを失って、何度も再婚を勧められたが、私にとって半身ともいえる存在は、彼女だけだった。


 そんな私にとって、結婚式後、新妻と初夜すら共に過ごさず、愛人宅へと帰っていくハイドランジアという男は、全く理解できない。


 しかし、年月が過ぎていくと、事あるごとに金の無心をしてくる若き侯爵家当主には、腹立たしさを通り越して憐れみすら感じるようになった。


 相手の女の素性も事細かに調べだが、決して何かに秀でた令嬢ではない。


 あの女の両親が生み出したという畜産物の加工技術も、時が過ぎれば時代遅れとなっていった。


 私の出した金が、無駄に男爵家に流れている。


 だが、このまま娘を苦しめる奴らの援助してやるいわれもない。


 私は、対抗馬となる商売敵に裏から資金を提供し、最新技術の開発に力を入れさせた。


 より鮮度を保った状態で、しかも味を濃密に。


 消費者がどちらを選ぶかなど、火を見るよりも明らかだ。


 決して表立った反抗は見せず、従順を装って砂を噛む思いを続けて三年。


 やっと、白い結婚が成立するまで、後少しとなった。


 それなのに、



「記憶を失っただと?」



 部下からの報告書に、私は、こめかみを押さえる。


 これでは、今まで積み上げてきた作戦が台無しだ。


 侯爵家の人間が口裏を合わせ、あったことをなかったことにされたのでは、これまで耐えてきた意味がないではないか。


 しかし、報告書を読み進めると、どうやら失ったのはハイドランジアに対しての記憶だけらしい。

 

 常々使用人達と友好的な関係を作り上げていたことで、同情されることはあっても敵意を向けられることはなかった。


 逆に、証言を申し出る者まで現れ、かなり離婚は有利に進められることになりそうだ。


 しかし、まだ、私は動かない。


 娘から暫く時間が欲しいとの便りがあったからだ。


 理由は詳しく説明されていなかったが、彼女なりの決別をしたいのだろう。



「でも、あまり待てないよ。だよね?マーガレット」



 物言わぬ妻は、今頃天国でどう思っているのだろう。


 それは、彼女の元へ召された時にでも聞いてみようと思った。



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