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フォルコン号が去った後のフルベンゲンの話。
ここから三人称で御願いします。
最後にもう一騒動を起こして、フォルコン号は去って行った。
しかしフルベンゲンの人々にはその余韻を味わう暇は無かった。鰊の大群、巨大極光鱒の襲来に加え、ずっと不漁だった鱈まで獲れ始めたのだ。
「何で魚を獲って来るんだ! 加工場も一杯だし樽もビネガーも無いのは解ってるだろう!?」
「鱈ならいいじゃないか、干物にすりゃ保つだろう、折角獲れる物を何故我慢しないといけない」
「干物工場も燻煙工場も極光鱒で一杯だ! どうしろって言うんだ」
「干物工場を増築すりゃいいだろ! 鱈がこんなにあるんだぞ!」
仕事は山ほどあり、人手は足りない。しかし増員の宛てなら無い事も無い。フルベンゲンはそういう状況に置かれていた。
フルベンゲンの臨時判事、ルードルフは朝から晩まで裁判に追われていた。
「お前達はフレデリク・ヨアキム・グランクヴィストの名に於いて降伏しスヴァーヌの法に従い、一年間スヴァーヌに懲戒税を納めると誓うのであれば、勤労の自由と財産権を保証される。さあ如何する」
「誓います! だから解放して下さい!」「家族が待ってるんです!」「俺達はアナニエフに脅されて従ってただけで……」
ルードルフは密かに溜息をつく。だいたい囚人はアナニエフが成功すれば略奪のおこぼれに与りたいと考えていたような連中だ。しかしアナニエフが敗北した今は、誰もがアナニエフには脅されて従っていただけだとか、本当は海賊の真似などしたくなかったと申し立てる。
ここがブラスデンやファルケであれば、こんな甘い判決は下さないのだが。
「ではお前達にはフルベンゲンの為の労働に勤しむ事を条件に恩赦を与える! フレデリク・ヨアキム・グランクヴィストの温情を、努々忘れぬように! 看守! 次のグループを連れて参れ!」
◇◇◇
町の監視塔、いや監視岩山から、また知らせがフルベンゲンの町に届く。
「今度は何の接近だ!? 何処から来てるんだ」
その警報はフルベンゲンの協業会長のハイディーンに、そして判事のルードルフに知らされた。
「対岸の船着場に東から騎馬の一団が接近してると……吾輩が会見しようか」
「まあ待て、先に俺が会ってみよう」
「また古代人の真似をするのかね?」
「いやいや、あれは暫くはいいよ、普通に会うから」
そうしてハイディーンは町の代表者として波止場で待ち構えていた。
そこへ渡船に乗り現れたのは、数人の非武装の若い武人達だった。武器と残りの仲間は対岸に置いて来たらしい。
「突然の訪問で申し訳ない! 我々はストークから来た、こちらにアナニエフの襲撃を逃れたマリー公女が避難されているのではないか!? どうか公女の衛士ペッテルに、グレーゲルが来たと取り次いではいただけないだろうか!」
◇◇◇
マリー・レンネフェルトの祖父はストークの公爵で現国王の叔父にあたるのだが、現国王の王位継承の時の騒乱に敗れ、息子、つまりマリーの父と共に追放されていた。幼いマリーについては母方の実家の嘆願により、追放を免れ実家方で養育されていた。
ところがその後、国外に追放された祖父は東の大国メドヴェーチと手を組み、復権を目論んで反旗を翻してしまったのだ。
それで母方の実家では状況が変わる前に、信頼出来る人間を一人だけつけ、追放という体裁をとりマリーをスヴァーヌ領内に匿ったのである。
それから二年。マリーは母方の実家の衛士ペッテルを実の父だったと信じ、スヴァーヌの辺境の町の更に郊外で、仮初めの、だが穏やかな生活を送って来た。
ところが近年その祖父が急死した。亡命生活に嫌気が差していた父は和解と帰国を模索するようになる。野心家の海賊のような男だった祖父と違い、父は夢想家の詩人のような男だった。
彼はメドヴェーチの人間を介して連絡を取り、一人娘のマリーと共に国王に投降し、ストークに帰りたいと考えたのだ。
この使いが乗った船を取り押さえ、状況を把握したのがアナニエフだった。
深窓の令嬢がたった一人の護衛と共にスヴァーヌの辺境に潜伏している。彼の父は現国王の従弟にあたり本来であれば公爵、そして今は追放されているが国王との和解を望んでいると。
ならば今そのマリーという令嬢と結婚してしまえば、自分が次の公爵なのではないか? 少なくともアナニエフはそう考えた。
普通なら自分のような平民の出の人間がどうやって近づこうが、公女の夫として正式に認められる事はあるまい。だが今のマリー公女はただの娘である。ただの娘なら平民が妻に迎えてもいいはずだ。
彼女が自分と結婚した後で公爵令嬢に復帰するなら? 勿論、夫である自分が一緒について行く事は何ら不自然な事ではない。
そして彼は乾坤一擲の大勝負に出る事にした。ちょうど漁業や海賊業が行き詰っていた時でもあった。
アナニエフ一家本隊は元々は7、80人程度の親族集団だったのだが、襲撃時期をを決めてからは、それまで友好関係にあり一緒に仕事をして来た他のキャラック船などに傘下に入る事を強要し、下請けの漁師達も巻き込んで雪だるま式に一気に勢力を増した。
さらに彼等から提出させた金品を餌に他のならず者を誘いに行かせ、私掠船団も形成した。公爵令嬢に相応しいストークの豪華な調度品を並べた船長夫婦の部屋も用意した。
フルベンゲンを町ごと略奪する。公女マリーを嫁にする。後はマリーの父の元公爵がストーク王家と仲直りをして国に帰るのを待つだけだ。
莫大な富と高貴な身分を腕っぷし一つで手に入れた自分は、偉大な海賊公爵として歴史に名を残すだろう。
今まで結婚を焦らなくて本当に良かった。船長室に並んだ白塗りのドレッサーや天蓋付きのベッドを見ながら、しみじみと思ったものだ……
◇◇◇
アナニエフは空しい妄想から立ち戻り、深い溜息をつき首を振る。今の彼が居るのは洞穴の独房だった。厚手の上着も毛皮の靴も取り上げられ、足枷には鉄球が結び付けられている。火の気は獣脂を盛った皿に灯心をつけたものが一つだけだ。
「ほらよ、メシだ」
看守がやって来て、鋳物の鍋をそのまま置いて行く。
食事は鰊をただ煮たのが5尾。こんな物でも体が温まるだけマシだ。内蔵と鱗は取られているものの頭はついたままの鰊を、アナニエフはハーリングのように高くぶら下げて食す。
◇◇◇
アナニエフ一家がマリー公女を狙っているという情報は、アナニエフ一家に家具を届けに行って代金を貰う代わりに命を取られかけた、気の毒な商人からストーク側へともたらされた。そしてこの知らせはただちに国王の耳にも入った。
ストーク王国としては、いくら追放された公爵の血筋とはいえ、王家の血を引く幼子がどこの馬の骨とも解らぬ者に簒奪されるというのは気分が良くない。
しかしそれ以上に。このマリー公女の身の上に強烈に興味を示し、そして国王が絶対に無視出来ない人物が居た。シーグリッド姫である。
剛腕で鳴らす国王も一人娘にはとことん甘い男だった。長年宰相を務めるエイギルも姫には満足に意見出来ない程である。
そして10歳と5歳の頃のシーグリッドとマリーは実の姉妹のように仲が良く、いつも王宮の庭園で一緒に遊んでいた。
「お父様! マリー公女の話、私知りませんでしたわ! エイギルおじさまもひどいわ! あの子がアイビスに留学してるというのは嘘だったのね!?」
国王はすぐにマリーの恩赦を決め、その母方の実家より居所を聞き出し、精鋭の軽装騎兵を選抜し直ちにマリーの救出に向かわせたのである。
◇◇◇
「あの女の子、ストークの公爵令嬢だったのか……そんなの別に隠さないで普通にフルベンゲンに住んでくれりゃあ良かったのに」
ハイディーンはとにかくグレーゲルを代表とする若い騎士達を、マリーとペッテルが逗留しているフルベンゲンの町の民家へと連れて行く。




