エッベ「いいなあ。俺も兄ちゃんみたいになりたい」アネッテ「ふっふ、お前もなれるよ、きっと」
フォルコン号が去った後のフルベンゲンでの出来事。
三人称ステージが続きます。
マリーとペッテルが逗留させてもらっている、民家の軒先で。
「マリー様! 御会いしとうございました、何と大きくなられて……さぞや御苦労をなされたのでしょう、こんなにも迎えが遅くなってしまうとは、我らも何と不甲斐なき事か!」
「マ、マリー……いや、マリー公女、どうかお許し下さい、私は貴女の本当の父ではなかったのです、貴女の本当の父はレンネフェルト公爵、貴女は本当は公爵令嬢だったのです」
美男子だが厳つい体格の金髪碧眼の騎士グレーゲルと、今の今まで父と慕っていた衛士ペッテルに泣きつかれ、マリー・レンネフェルトは困惑しきっていた。
「あ、あのなお二人さん、俺は事情を知らないが、大の男共にそんな風に泣きながら迫られたんじゃマリーも困ってしまうぞ」
ハイディーンはマリーの小さな肩を優しく二度叩きながら口を挟む。
「待ていそこの熊男! この方はストーク王国の公爵令嬢マリー・レンネフェルトであると申しているであろう! 馴れ馴れしくするな!」
「やめてグレーゲルさん、ハイディーンさんはとてもいい人なのよ! それに私、急にそんな事言われても……ひどいわ、私、王様の兄弟の孫娘だって言われたり、本当は衛士の娘だって言われたり。それに私この町に来て久しぶりにお友達が出来たのに、また引越しだなんて嫌よ……」
マリーは自分の肩を叩いてくれたハイディーンの手を左手で、目の前で平伏している育ての父ペッテルの肩を右手で握る。
「マリー公女……」
「私、お父さんの娘がいいわ。あの寂しい炭焼き小屋はちょっと苦手だけど、この町で暮らすのじゃ駄目なの? 私、鰊を三枚におろせるようになったし、雑巾の縫い方も覚えたのよ、もう少ししたらカーリンやベルタと一緒に働くんだから!」
「あまり我侭を言うもんじゃないよ」
その時。ストークから来た騎士達、ハイディーン、ルードルフ、さらに彼等を取り囲む数人の野次馬の間を貫いて、一人の少年の声がマリーの耳に届く。
野次馬達が振り向く。そこに居たのは海賊アナニエフから没収したガリオット船シーオッタ号の、まあ名誉船長となった少年、ヨーナスだった。
その長い毛織のコートの胸元には、フレデリクがつけていた白い絹のスカーフを模した木綿の手拭いが巻かれている。
「大人達はすぐ大人の都合を持ち出すし、子供にとっては腹が立つ時もある。だけどマリー、君も言ってたじゃないか、その大人達が君を命懸けで助けてくれたんだと。ペッテルさんも……フレデリク船長も」
ヨーナスは帽子も被っていた。それは毛糸で編んだ物なので鍔は小さかった。そして手頃な鳥の羽根が無かったからなのか、横に枯草の穂が挟んである。
「待ってくれ、今何と……その話詳しく伺いたい、ああ君は」
「フルベンゲン防衛艦隊、シーオッタ号船長のヨーナスだよ」
ヨーナスは彼の憧れのヒーローがそうしていたように、無駄に自分を大きく見せようとはせず、けれども必要以上に相手に合わせる事もせず、密かな自信を漲らせた生意気小僧の風情で……腕組みをしてグレーゲルに微笑んでみせる。
「然らばヨーナス船長……貴公は今、フレデリク船長と仰せられたが、その人物はよもや」
ヨーナスは民家の二階の窓から見ている幼馴染の女の子の視線を意識して、クールに構えてはいたが。グレーゲルの核心をつく質問に突き動かされると、その言葉を遮って捲し立てる。
「知らないのかい! フレデリク・ヨアキム・グランクヴィスト、ストークの英雄じゃないのか!? アナニエフの14隻の艦隊を3隻で打ち破り怪物アナニエフを一騎打ちで下したのは船長、フレデリクだよ!!」
それを聞いたグレーゲルは目を見開き口を開け、数秒の間固まっていたが。
「し……知っている……」
ようやく、そう口を開いたと思えば。
「知っているし探していた! その男ははるか南の彼方ハマームでレイヴンの外務高官の船を襲撃して誘拐したのだと、その為にレイヴンは大損害を受けたと言い、我が国に莫大な補償を求めているのだ!」
グレーゲルは語気荒くそう語り出す。しかし、その事情はこの場に居る誰もが知らない事だった。
「何たる事だッ、ロヴネル提督は艦隊を率いてその男を内海まで探しに行ったというのに、その男は一体何故、いや今その男はどこに」
たじろいで引き下がるヨーナスに、グレーゲルはさらに何かを聞きだそうと一歩踏み込むが……そこで、先程から沈黙を守っていたルードルフが前に出た。
「グレーゲル殿。吾輩は貴公と貴国の事情を知らぬ。ここは極北の地、人類と自然が戦う生命の最前線、蛇の巣穴の如き内海の事件など知る由も無い……だが」
グレーゲルはルードルフに向き直る。ここでグレーゲルが帯剣していればルードルフも真っ直ぐに向き直るのが礼儀だが、グレーゲルは剣を提げていない。ルードルフは斜めに構え視線をやや逸らしたまま続ける。
「ここで起きた事に関しては真実を述べ、隠し立てしない事を誓う。隠すような事など何一つ無いからな。スヴァーヌはレイヴンともストークとも協定を結んでいて、その両方に防衛協力費を支払っている。そうだな? ハイディーン」
「う……うん、いやそれは払ったり払わなかったりあるんだが」
急に話を振られたハイディーンは正直にそう答える。ルードルフは構わず続ける。
「海賊アナニエフが襲撃して来たのは御存知の通りだ。だが奴等が大規模な襲撃を計画してると知らせてくれたのはレイヴン海軍の船だった。グレイウルフ号、艦長の名はマカーティ。彼はフルベンゲン防衛の為、ちょうどこの港を訪れていた知り合いのフレデリク船長に助太刀を求めたのだ」
「レイヴンの軍艦の艦長が……フレデリクの知り合いだと!?」
「うむ、なかなか気心の知れた間柄のようだったと聞く。そうだな? ヨーナス」
ルードルフは今度はヨーナスに話を振る。ヨーナスもにこにこして答える。
「うん、マカーティはフレデリク船長がおまけしてあげた、鹿の模様のセーターを着てた」
「ははは、あれもフレデリクが贈ったものであったか。港にはもう一隻ホワイトアロー号というレイヴンの商船が居て、これもフレデリク船長の知り合いだったので助太刀してもらい、その3隻でアナニエフと戦ったのだ」
ルードルフはそこで一旦言葉を切り、グレーゲルにだけ聞こえるよう声を落とす。
「アナニエフは密かに別働隊を送り込みマリー嬢を誘拐しようとしていた。それを先んじて見破り行動したのはフレデリク、ただ一人だ。フレデリクがこの港に来ていなければ、貴公が今日マリー嬢と再会する事は無かったであろう」
ルードルフはそこまで言ってグレーゲルの言葉を待つ。グレーゲルは数秒の間視線を泳がせていたが。
「失礼ながら……貴殿の名を伺っても良いだろうか」
その言葉を聞いたルードルフは深い溜息を漏らす。
「吾輩がここに居る事は偶然でもあり、運命でもあったのかもしれぬ。良く聞け若造。吾輩の名はルードルフ・ルッドマン。かつてのブラスデン市国の元帥である」
「なっ……!?」
グレーゲルは目を見開き、二、三歩と後ずさる。ストークの軍人や騎士の間でその名を知らぬ者は居なかった。
現国王の父の代、ファルケの相続問題に干渉しつつ北大陸本土側の領土を求め何度も来襲したストーク国王親征軍を、時に寡兵と奇策で、時に謀略と罠で、時に外交と包囲網で散々に打ち破った、ブラスデンから見れば英雄、ストークから見れば悪魔、ルードルフ・ルッドマン。この老雄は今、自分の前でそう名乗ったのだ。
「まあ、市国がファルケに臣従した今ではただの騎士見習いだ、信じるも信じぬも貴公次第、好きにするがいい。余談ではあるが……フレデリクは吾輩がそう名乗りを上げても眉根一つ動かさなかったな。それどころか吾輩を老人とすら扱わなかった。彼は吾輩をまるで同じ年の友のように扱ったのだ。なあヨーナス」
ルードルフがそう言ってヨーナスの肩を叩くと、ヨーナスは背伸びをして手を伸ばし、ルードルフと肩を組んで笑う。
ハイディーンも腕組みをして頷いて、口を開く。
「生憎グレイウルフ号は今朝出港しちまった。もっとちゃんと船を直してからにしろって俺達は止めたんだがね。ホワイトアロー号ももう居ないし証人は俺達だけだけど、俺はこの人は本物のルードルフ・ルッドマンだと思うしフレデリクの話に嘘は無いと保証するよ……そうだ、あんたストークの国王陛下に会う機会があるなら言っておいてくれないか? フレデリクはそんな悪い奴じゃないってさ」




