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世間を騒がせる天才怪盗は、二次元廃人でした。  作者: 桐原聖
厨二病怪盗vs 暗殺組織『血まみれの指』
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終戦 ヘルズVS北味方

「え?」


 ヘルズの口から出た思わぬ言葉に、北見方は言葉を失う。


 ――――自分が今死ぬと、困る⁉


 意味が分からない。ヘルズにとって北見方は、『敵チームのボス』であり、よくて『大金の在り処を知っている敵』としか見ていないだろう。そしてヘルズはつい先ほど、北見方たちの大金の隠し場所を見抜いた。という事は、北見方を生かしておく意味などどこにもないはずだ。


 驚いている北見方に、ヘルズは言う。


「お前は生徒会長だ。もし今お前が死ねば、学校を指揮する奴が居なくなる。そうしたら職員室の『奴ら』はきっと、新たな生徒会長を立てるだろう。それもお前よりももっと厳しく、面倒くさい奴をな。そうすれば今までお前が見て見ぬふりをしていた俺や二ノ宮の不登校もバレて、こっちも被害を被る。だから、お前は殺さない。卒業まで生徒会長の座を死守して、俺達の不登校が検挙されないようにしてくれ」


「フッ」


 堂々とどうしようもない事を言うヘルズに、北見方は口の端を歪めた。


「君は、本当にどうしようもないんだね。黒明・・・・いや、ヘルズ」


「正確にはヘルズ・グラン・モードロッサ・ブラッディ・クリムゾン・ライトニングだけどな」


 どこまでも堂々と言い切るヘルズに、北見方は肩をすくめた。


「分かりました。今回は僕の負けです、素直に君の言う事を聞いて、交代まで生徒会長を守り抜きますよ」


「ああ、頼んだぜ」

「任せてください」


 それと、と北見方は続ける。


「しばらく、1人にしてくれませんか? 少し、自分を振り返る時間が欲しいんです。なに、大丈夫です。病院には1人で行けますから。それに負けた以上、約束を守らないわけにはいきませんから」


「そうか。分かった」


 闘いに負けたのだ。そうやって自分を見つめなおすのも珍しい事ではない。ヘルズは北見方に背を向けると、静かに歩き始めた。


「ったく、今回は疲れたぜ」


 その時、頭上が光った。何かと思って空を見上げると、そこには花火が鮮やかに咲いていた。自然と頬がほころぶ。ヘルズの気持ちに同町するかのように、続けてもう一発。パン、という小気味よい音を立てて、花火が夜空に咲く。



 ――――花火、綺麗だね! 弐夜! 



 脳裏に、とある少女の言葉が蘇る。


「ああ、綺麗だな」


 記憶の中の彼女に素直に同意し、ヘルズは花火を眺める。瞬間、身体がグラリと揺れる。無理な身体の酷使のせいだろう。貧血のような感覚。身体に力が入らず、地面に倒れこむ―――――寸前、口の中に甘い感触が広がった。


「綿あめ、買ってきてやったぞ。お前があの時の事を思い出すだろうと予測してな」


 見慣れた白髪に、老いを一切感じさせないきびきびとした言動、そしてその身から放たれる、超濃厚なオーラ。

 間違いない、奴だ。


「し、師匠・・・・」

「無理に喋るな。人外の力を解放して長時間の戦闘を行ったんだ。それに回復の量も半端ない。傷は癒えても疲れは癒えん。今はゆっくり休んでおけ」


『最強の犯罪者』こと、師匠がヘルズに諭すように言う。ヘルズは舌打ちした。


「チッ、花火大会見たかったぜ・・・・・」


「今度、世界中から盗んだ火薬で作った花火を撃ち上げてやるから心配するな。今は寝て入ろ」


 師匠の言葉を最後に、ヘルズの意識は落ちて行った。












 ここは、姫香達の居る屋上とは、別の屋上。


「ようやく終わったんだ。まあ、あれがボスの本気だったのか。どうせ本気を出しても勝てない事は分かってたのに、なんで本気なんか出すんだろうな」


 心底不思議そうな表情で、『聴覚』が呟く。その表情には、ダルさ以外の感情はない。自分たちのボスが倒されたというのに、何の感情も抱かないようである。いつもは装着しているヘッドホンを首にかけており、目をこすっている。


「まあ、大してボスに執着が沸いてたわけでもないんでいいんですけど。ああ、眠い」


 その時だった。

 崩壊した建物の一部が、『聴覚』目がけて飛んできた。原因は不明。ただ、飛んできたことは事実だ。


「あらら」


『聴覚』は残念そうな声を上げたが、もう遅い。瓦礫が『聴覚』に直撃―――――



 する寸前で、見えない壁にぶつかったかのように止まっていた。


「残念だったな。まあどうでもいいか」


『聴覚』は、まるで最初からこうなることが分かっていたかのような口調で言う。



『聴覚』の能力、《反響把握(エコーロケーション)》。

 それは基本、音の反響から物体、敵の座標を確認し、敵の動きを予測するという、後方支援に適している能力。


 だが、『聴覚』の能力には奥義がある。とはいえ、鼓膜を使って、『音』すなわち、『空気の振動』を操作できるのだから、奥義があっても不思議ではない。


 それが、ヘルズも言っていた《空間断裂》。

 それが、それこそが、『聴覚』の真義。

 その威力はつまり――――こういうことだ。



「鼓膜を操って周りの『空気の振動(おと)』を完全反響。そうすることで空間に亀裂を生み出し、自分と周りの空間を分断する。空間が途切れているから物体は俺の元には届かないし、物理的に壁を形成しているわけでもないから音や振動といった衝撃の類もゼロ」


 そこまで言うと、『聴覚』はため息を吐いた。


「さらに音を反響して作った壁だから、これを使っている間、俺の耳には何も聞こえないし届かない。まあ俺も攻撃できないし、視界には映ってるんだから、完璧な能力とはいえないけれど」


 それは―――――最強だ。

 音で空間を切り裂き、相互不可侵の壁を作り上げる。その能力を使えば、ヘルズにだって負けない。互いに攻撃が不可能なのだから、勝ちもしなければ負けもしない。いずれ相手の体力が尽きて降参を申し出てくる以外、その戦いに終わりはない。


「ま、むやみに使うと味方の指示も聞こえなくなるから、基本的に使わないけど」


 そこまで言うと、『聴覚』は首から下げていたヘッドホンを耳に装着した。途端、『聴覚』を覆っていた空気の壁が消え、辺りに雑音が戻る。ヘッドホンのノイズキャンセリング機能を使いつつ、『聴覚』は何もない虚空に向かって声を掛ける。


「で、いつまでそこに居るつもりですか? 正直に言ってうっとうしいんで、早く出てきて下さい」


 すると、『聴覚』から少し離れた空間がぐにゃりと歪み、中から1人の老人が現れた。その姿を見て、『聴覚』は億劫そうに溜め息を吐いた。


「・・・・その空間に溶け込む技、もはや人間技じゃないでしょ。どうすれば出来るのか教えてもらいたい物ですね」


『聴覚』の素朴な感想に、老人は高らかに哄笑を上げる。


「そうだな、脳の70パーセントを覚醒させればできるようになるぞ」


「・・・・・それ、人間じゃないでしょ」


 脳を70パーセント覚醒させるなど、常人には不可能な領域だ。


「それより、どうだ? 何か参考になったか、2人の戦いは」


 老人が聞いてくる。『聴覚』は肩をすくめる。


「戦闘能力皆無の俺があの死闘から学べる事があるわけないでしょ。というかそもそも、俺には戦闘力も、戦闘意思も特にないんですけど」


「戦闘力がない、か。言い得て妙だな」


『聴覚」の返答に、老人は楽しそうにニヤリと笑う。


「じゃあなんだ? 我が輩は、戦闘力のないただの一般人を自分の配下に置いている腑抜けだとでも言いたいのか? なあ、『最強の犯罪者』の懐刀、『名も無き調査団』の一員、『聴覚』さんよ」


『名も無き調査団』


 裏家業の中でも特に深い者達のみが存在を知っている、『最強の犯罪者』の懐刀の組織だ。個々の実力が超絶的に高く、1人1人が裏家業の軍事バランスすら左右すると言われている。


「そんな素晴らしい極秘組織に、俺みたいな戦闘能力皆無の人間を加える方が間違ってるんでしょ。ついに盲目したか疑いたくなるね」


『聴覚』の嫌味は、しかし老人には効いていない。さらなる嫌味を叩き込んでやろうと『聴覚』が口を開きかけたその時、老人の隣に日傘を差した少女が居ることに気が付いた。


「イーデアリスか。相変わらず、ナチュラルに凄い事するな」


 華奢な肢体に、金髪の髪。瞳は碧眼で、最高傑作の西洋人形と言っても通りそうなレベルである。

 そして彼女も、『名も無き調査団』の一員である。


「闘いの観戦か? ならとっくに終わったぞ。だからもう早く帰ってーーーーー」


「いや、あれを見てみろ」


 老人に言われて『聴覚』が見ると、そこには『嗅覚』の姿があった。


「あー、そういえば」


 そう言えば、『嗅覚』は花桐姫香と戦った際、気絶で済んだのだった。今になって、ようやく起きたのだろう。まあ何にせよ、まだ死んでいなかったのか。


 嫌な予感がしたので、『聴覚』はヘッドホンを付けたまま鼓膜を操作。『嗅覚』の声を、聞き取れるようにした。


「ヘルズ、見つけた。殺す、絶対殺す。ヘヘヘヘヘヘヘヘ・・・・・・」


ーーーーーかなりヤバい事を言っていた。もう重症だ。これは一刻も早く助ける必要がありそうだ。


「イーデアリス、頼む」


 金髪美少女が頷いた直後、『嗅覚』の斜め上に氷柱が出現した。氷柱はまるで意思を持っているかのように独りでに動くと、『嗅覚』の背中に突き刺さった。


「がはぁ!」 


 



次回は9月17日更新予定です。

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