『視覚』の能力
今回は、奴らの戦いが終結します!
「なッ・・・・」
ヘルズは絶句した。
ヘルズの拳は、北見方に当たっていなかった。攻撃の寸前、北見方が体を捻り、ヘルズの拳は北見方の肩すれすれを擦過するにとどまっていた。
「嘘だろ⁉ 《七連撃・倍速刺突》!」
現実を振り払うように、ヘルズは連続の蹴りを放つ。北見方はゆらゆらと体を揺らして7回のうちの6回を回避。だが7回目の回避が間に合わず、最後の一蹴りをもろに受ける。
「はあああああッ!」
「ぐっ!」
北見方が吹っ飛ぶ様を想像し、ヘルズは嬉しさに拳を握る。足には確かな手ごたえが残っている。機械人間とはいえ、2度も胴体にヘルズの攻撃をもらったのだ、あばら骨が砕けていてもおかしくない。
だが――――
「なッ!」
北見方の姿を見て、ヘルズは本日2度目の絶句を味わうことになった。
北見方は両腕を交差させてヘルズの蹴りを防御していた。あまりにも強く地面を踏みしめていたのか地面に黒々とした擦過痕が残っているが、実質的なダメージは0に等しいだろう。あり得ないという顔をしているヘルズに、北見方は両手を広げる。
「確かに強いですが、まだまだですね。こう見えても僕、結構強いですよ?」
「ハッ、確かにな生徒会長様。だが、そういうアンタこそ俺を舐めてないか?」
ヘルズの問いに、北見方は眉を顰める。
「舐めている、ですか。いったい何の事だか――――」
「オイオイ、とぼけるなよ? お前がさっきから使ってる技、俺はもう看破したぜ?」
そう、先ほどから2度、繰り返された攻防。ヘルズの《反逆未遂・雷》を躱され、《七連撃・倍速刺突》を防がれた、あの時だ。
あの2回で、ヘルズは敵の能力を看破していた。
「つっても、別に気づいたのはこの闘いだけじゃねえぜ? 『ボス』という言葉の別の呼び名とか、まあ色々だ。とは言っても一番の決め手は、仲間の名前に五感を使ったところだな。なあ生徒会長、五感で感じた感覚が電気信号を伝って最終的に行き着く先って知ってるか?」
ヘルズは嗤いながら、自分のこめかみを指さす。
「お前の能力の根源―――――頭だろ?」
愉快そうに、楽しそうに、その男は嗤う。まるで殺し合いの真髄は手の読み合いだろ言わんばかりに、愉悦に満ちた笑みを向ける。それを見た北見方も、爽やかな微笑みを返す。
「よく分かりましたね。てっきり『視覚』というコードネームだから眼だというミスディレクションに引っかかると思っていましたが」
「くくっ、俺の敵戦力能力リスト(エージェント・データベース)舐めるな」
ヘルズは心の底から楽しそうに笑う。ようやく自分に釣り合う相手が見つかった、とでも言いたげな表情だ。
「さて、僕の能力を当ててみて――――というのはあまりにも無粋ですね。僕意外の皆は、きちんと能力を説明した上で戦っていましたし。僕も自分の能力を説明しましょうか」
北見方は服の袖を正す。そして、ヘルズの眼を見る。
「僕の能力は《計算》。半径200メートル以内の事象、温度、障害などを目を介して認識し、脳に仕込まれたCPUが未来予知に相違ない計算を叩きだします。この結果、僕には貴方が次にどのような攻撃を繰り出して、どのような回避をするのか手に取るように分かるんですよ」
飄々とした様子で北見方が言う。ヘルズはそれを聞いても驚く気配はなく、逆に不敵に笑った。
「くくっ、未来予知とは、随分と面白い能力持ってるじゃねえか。それと『目を介して』って事は、やっぱりその眼も機械の眼か?」
「はい。とは言っても大気中の温度を目で捉えることができる程度なので、機械の眼としての能力は実質的には0に等しいのですが」
それを聞いたヘルズは、高らかに哄笑を上げた。
「義眼使いかよ! オモしれえ、最高にオモしれえなオイ! 来たぜ久しぶりに格好いいのが! ヤベえ、滾ってきたよ! いいぜ、こっちも全力出さなきゃ収まらねえからな! 全力で行くぜ!」
《計算》の真髄は眼ではなく脳であって、眼はおまけのような物なのでそこを褒められてもなんとも言えなくなるが、北見方はあえて黙っていた。せっかく、敵が本気になってくれたのだ。それを妨害するほど、北見方は無粋な人間ではない。
それに――――北見方は見てみたいのだ。
ヘルズという男の、本気を。
定期テスト、全教科満点。体育の授業では体育の先生を全種目において打ち負かし、美術の授業では先生の話を無視してアニメキャラを描いて、その完成度に拍手すらおこるレベルだ。
しかし――――学校に居る時のヘルズは、いつも退屈そうにしている。
アニメキャラを描いているときも、昼休みも、先生から褒められているときも、いつも彼は退屈そうにしている。
まるで、自分にこの世界が合わないかのように。生まれる世界を間違えた、と言わんばかりに。
この男は、常に退屈そうだった。
そんなヘルズが、こんなに嬉しそうな顔で、本気を出すと言っているのだ。生徒会長として、北見方修吾個人として、ぜひともお目にかかりたい。
「じゃあ、行くぜ生徒会長様!」
ヘルズは叫ぶと、北見方に突撃した。
――――長い闘いになりそうだ。
そう誰もが思っていた闘いは、一発でケリがついた。
結果は―――――松林の一撃必殺。
アシュル達、ICPOの完全敗北である。しかしその戦いの痕跡として、会場には凄まじい闘いの痕が刻まれていた。テーブルや椅子は松林の拳圧で吹き飛び、床は大きくめくれ上がっている。天井のシャンデリアもワイヤーが切れてどこかに吹っ飛んでおり、何も知らない一般人が見たら「これどこの紛争地帯?」と聞きたくなるほど、酷い有様だった。
めくれ上がった床の上に、アシュル以外の刑事達は倒れていた。皆、松林の拳の拳圧をくらって気絶したのだ。実際に拳を受けたわけでもないのに気絶した彼らを見て、松林は鼻を鳴らした。
「ふん。ICPOは随分とぬるい訓練をしてるんだな」
「ガハッ、おい、松林・・・・・・」
どこからか声が聞こえ、松林は辺りを見回す。しかし誰もいない。
「ここだ、ここ・・・・俺だ、アシュルだ・・・・・」
見ると、現在進行形で壁にめり込んでいるアシュルが、松林に話しかけていた。大の字で壁に埋まっている様は、まるで磔刑に晒された罪人のようだ。頭でもぶつけたのか、額からは血がダラダラと流れている。
とはいえ、彼は松林の拳をくらったわけではない。松林の拳の拳圧を正面からくらって、壁まで吹き飛ばされたのだ。息も絶え絶えになりながら、アシュルは松林に聞く。
「テメエ、俺達を拳圧だけで・・・・・・直接、拳をぶつけたわけでもねえのに、全滅・・・・・テメエ、ただの刑事じゃねえな。いったい何者だ?」
当たり前だが。
拳圧だけで紛争地帯を作り上げる人間が、ただの刑事のはずがない。
アシュルの言いたいことももっともだ。そんな人間が表の世界で生きているはずがない。その力は確実に、裏社会の人間が持つべき力だ。
そんな力を持っているということは、松林は――――
「ハッ、バカバカしい」
だが、そんなアシュルの疑問を、松林は一笑に付した。
「俺は松林尚人、ただの刑事だ。それ以上でも、それ以下でもない」
それにな、と松林は続ける。
「仮に他の奴が力の使い方を誤っても、俺は決して間違えない。むしろ、悪事にしか力を使えない奴らに、鉄拳制裁をしてやる。それが、刑事である俺の役目だ」
堂々と言う松林に、
「畜生・・・・・質問の答えになってねえ」
呆れるアシュル。そんなアシュルに、松林は声を掛ける。
「じゃあな。機会があったら、また一緒に仕事しようぜ。今度はカツ丼くらい奢ってやるよ」
そう言い残すと、松林は踵を返した。そして、「よし! 今日という今日はヘルズを捕まえてやる!」と言いながら、走り去っていった。
その様子を見て、アシュルは、
「アイツ・・・格闘家やった方が儲かるんじゃないか?」
一言、呟いた。
次回は9月2日更新予定です。




