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世間を騒がせる天才怪盗は、二次元廃人でした。  作者: 桐原聖
厨二病怪盗vs 暗殺組織『血まみれの指』
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ついに全面戦争⑪

さあ、いよいよボス同士の戦いが近づいてきました!

 そしてわずかに微笑むと、誰もいない方角に向かってお辞儀をした。


「ヘルズさん、ありがとうございます」


 そう、あの回想にはまだ続きがあった――――


『分かりました。じゃあ早速練習しますね』


『待て。まだ話の途中だ』


 すぐにでも練習を始めようとする姫香を、ヘルズは静止した。首を傾げる姫香に、ヘルズはダルそうな口調で言う。


『こんな力の差を物ともしない超強力な技、実力主義の裏家業が放っておくと思うか? この技は裏家業の人間が既に解析して、対応策を出してある』


『えっ、それじゃあ・・・・・』


『ああ。おそらくこの技を使っても敵は倒せないだろうな』


 希望をバッサリと切り捨てるヘルズの言に、姫香は俯いた。


『でも、それじゃあ――――』


 ―――私はどうやって敵を倒せばいいんですか?

 姫香がそうヘルズに聞く前に、ヘルズが先に口を開いた。


『―――そこで、この技の応用技を使う』


『えっ?』


 ヘルズは肩をすくめた。


『殺し合いで敵の裏を掻くのは当然だろ。というか、この誇り高き堕天使である俺がわざわざ負けるための戦略を授けるとでも?』


『い、いえ・・・』


『だとしたらお前のIQは3以下だ。輪廻に返ってやり直して来い』


『す、すみません・・・って酷すぎません⁉』


 ヘルズの凄まじい罵倒の嵐に、姫香はツッコミを入れた。ヘルズはそんな姫香を軽くスルーすると、立ち上がった。


『まあとにかく、だ。応用技の練習をするぞ』


『は、はい』


 ―――こうして、2人の本当の訓練が始まった。








「『猫だまし』で一旦相手の警戒心を最大まで引き上げる。そしてこれを防いで油断している相手に鼓膜打ち、でしたよね」


 人間の心理上、警戒を解いた瞬間、そこに隙が生まれる。そこを、三半規管にダメージを与える『鼓膜打ち』を叩き込んでやれば、相手を気絶させることができる。


「・・・します。繰り返します。18時に会場の外で花火大会を行います。1つ1つ職人が丹精を込めて作った物ですので、皆様ぜひお越しください」


 遮断されていた外部の音が、遅れて聞こえてくる。そのアナウンスを聞いて、姫香は苦笑した。死闘をした後に、花火を見に行く気にはなれない。


「すぐに、戻らないと」


 しかし体力がもう限界だ。姫香は床に倒れこんだ。








「ほう・・・」


 老人――――『最強の犯罪者』は、そんな姫香達の戦いを見て、感嘆の声を上げていた。


「まさか、一般人が現職暗殺者を下すとはな・・・」


 開始早々組織のナンバー2が倒されたりして活躍の場がないが、『血まみれの指』はこれでも関東最強の組織だ。全員が異常とも呼ばれる改造を受けており、戦闘技術をちょっと齧った程度の一般人が勝てる敵ではない。


「面白いな、あの女」


 ヘルズが一般人の女を盗んできたと聞いた時には『アイツ、ついにやっちまったか・・・・』と思ったが、これは認識を改める必要があるかもしれない。


「それに、あの力。なかなか面白いな」


 先ほどの姫香の眼を思い出し、楽しそうに笑う。ひとしきり笑った後、『最強の犯罪者』は呟く。


「あと少しで花火大会か。ちょうどいい、綿あめでも買ってくるか」

 








 夜5時30分、会場にて―――


「う、うん・・・」


 頭の中の靄が晴れていくような感覚がして、姫香は目を覚ました。見慣れない天井が見える。そして背中に柔らかい感触。姫香は慌てて起き上がった。


「ここは・・・・」


「医務室だ」


 声のした方を向くと、そこにはバイト服を着たヘルズが立っていた。背筋を伸ばしてパイプ椅子に座り、腕組みをしていた。


「お前が『嗅覚』を倒したっていう情報が入ったから向かってみたら、『嗅覚』と一緒にお前も倒れてるじゃねえか。仕方ないから『嗅覚』の拷問は諦めて、お前を医務室に運ぶことに集中したよ」


「す、すみません」


 姫香は頭を下げた。ヘルズが金よりも姫香を優先してくれたのは、素直に嬉しい。


「あの『嗅覚』を倒すなんて、お手柄だったな」


 ヘルズの称賛の言葉に、姫香は頬を掻く。だがその時、違和感に気が付いた。

 ヘルズの顔は笑顔だ。だが、その拳は固く握られ、震えている。

 まるで、仲間を殺されたかのように。


「ヘルズさん?」


 姫香が声を掛けると、ヘルズは慌てて拳を開いた。


「ああ、すまん。やっぱり金のためとはいえ、人を襲うのはよくないと思ってな」

「そうですよね!」


 つい大声が出てしまった。ヘルズがギョッとする。


「あ、す、すみません。つい」

「い、いや。大丈夫だ」


 ヘルズは居住まいを正すと、真剣な顔で姫香に言った。


「これで残りは1人、ボスの『視覚』だけだ。だが奴は組織の中でもずば抜けて強い。正直、俺でも勝てるか分からない。そこでだ、今戦える奴全員で『視覚』を倒しに行こうと思う」


「えっ?」


「それだけ奴は油断ならない、って事だ。今戦えるのは・・・・俺、チャルカ、ユルだけか。二ノ宮は病院だし、降谷は死んだからな」


「えっ⁉ 降谷先生、死んだんですか⁉」


「なんだ、死んでないのか?」


 ヘルズが不思議そうな顔で聞いてくる。姫香は首を振った。


「いえ、ここしばらく作戦会議がないので、私のところに情報が入って来ないんですよ。ですから、誰と誰が戦って、その結果どうなったのか、まったく知らないんですよ」


「そ、そうか」


 ヘルズの顔に冷や汗が伝ったのを、姫香は見た。おそらく、自分の怠慢が招いた結果だという事実から逃げるための口実を必死で考えているのだろう。


「そ、それよりも、だ」


 ヘルズが強引に話を本筋へと戻す。


「この作戦は急だからな。悪いが姫香、大至急全員に会場に集まるように言ってくれ。いろいろあって俺の通信機器は全滅しちまってな。すまない、連絡頼む」


 ヘルズにしては珍しく、真剣に頭を下げてくる。だが姫香は首を振った。


「いえ、私は始めから通信機器を1台も持っていませんよ。襲撃だのなんだのと色々あって結局ヘルズさん、通信機器持たせてくれなかったじゃないですか。もう忘れたんですか?」


「あー、そうだったっけ?」


「そうですよ。酷い人ですね、ヘルズさんは」


「ハハハ。悪いな。まあそれはともかく、通信機器がないのは痛いな。仕方ない、今ちょうどダンスパーティーをやってるみたいだし、そこで直接伝えるか」


 そう言うとヘルズは立ち上がり、姫香に手を伸ばした。


「一曲踊っていただけますか、レディ」


 姫香の頬が赤くなった。それを見抜かれないように姫香は祈りながら、ヘルズの手を取った。


「こんな私でよければ」






 曲に合わせて、何十何百という人々が華麗に舞う。その中の1つに、姫香達はいた。


「ヘルズさん、ダンスできたんですね」


 踊りながら姫香が聞くと、ヘルズはニコリと笑った。


「これでも、運動神経はいい方なんでね。不登校だけど」


 その自嘲気味な発言に、姫香は苦笑した。その時、曲が終わった。ヘルズが手を離し、恭しく礼をする。


「もう一曲、踊っていただけますか、レディ」


「はい。私でよければ――――」


「いえ、俺と踊っていただけますか、お姫様」


 割り込むかのように、ヘルズと姫香の間に手が差し込まれる。顔を上げると、そこには数日前、松林刑事と食べ比べをしていた黒いマントを羽織った男が立っていた。


「すみませんが、この人は僕と――――」


「素晴らしいダンスでした。ぜひ一度、俺と踊っていただけますか、お姫様」


 ヘルズが断ろうとするも、男は粘ってくる。このままでは拉致が空かないと思い、姫香は仲裁に入った。


「一曲だけ、踊ります。それでいいですか?」


 その言葉に、男は頷いた。ヘルズはしばし逡巡するような顔を見せていたが、やがて意を決したのか、「分かりました」と返事をした。


「でも、一曲だけですよ? それ以上は――――」


「おや。もう曲が始まってしまう。では失礼」


 男はそう言うと、姫香の腰に手を回した。そのまま綺麗なターンを連続で決めながら、人混みの中をすり抜けていく。


 あっという間に、ヘルズの姿が見えなくなった。


次回は8月26日更新予定です。

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