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世間を騒がせる天才怪盗は、二次元廃人でした。  作者: 桐原聖
厨二病怪盗vs 暗殺組織『血まみれの指』
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ついに全面戦争⑩

 

 突如放たれた言葉に、姫香は辺りを見回した。しかし辺りには誰もいない。唯一居る『嗅覚』は呪詛を吐き続けているため、彼女はあり得ない。となると、いったい誰だ?


『別にいいじゃない、誰でも』


 またあの声が聞こえた。しかしどこにいるか分からない。


「なによそ見してるんだよ!」


『嗅覚』の蹴りを顔面にくらい、姫香はうめき声を上げる。しかし予想していた痛みは来ない。否、それどころか痛みを感じない。


(え? いったい何が起こって――――)


『別になんだっていいじゃない。そんな事より、死んじゃった2人の事よ』


 謎の声に諭され、姫香は我に返る。そうだ、自分は2人を―――


『いいじゃない、殺しても』


 謎の声の発言に、姫香は驚愕した。驚く姫香の反応に気が付かず、謎の声は続ける。


『別に殺してもいいじゃない。これは殺し合いよ? 殺らなきゃ殺られる、殺し合い。弱い方が悪いのよ』


「でも・・・」


『貴方だって弱かったから、両親から虐待を受けていたのでしょう?』


「どうしてそれを・・・」


『そんな事はいいから、早く立ち上がりなさい。今優先するのは私ではなく、目の前の敵でしょう?』


 どこまでも淡々とした謎の声が姫香の脳にはっきりと響き、姫香は目を見開いた。脳が覚醒した気分だ。今なら何でも出来そうだ。自分を蝕む毒の存在も忘れ、姫香は立ち上がった。










「な、なんで⁉」


 突然立ち上がった姫香を見て、『嗅覚』は悲鳴を上げた。


 毒は時間が経つにつれて効果が薄まっていくものではあるものの、ここまで早く効果が切れるものではない。どんなに耐性を持った人間でも、あと3分は苦しむはずだ。


 それに、体の怪我。散々蹴られまくったにも関わらずあそこまで素早く立ち上がれるのは、尋常ではない。戦闘狂で定評があった『味覚』ですら無理だろう。


「どうして、そんなに早く・・・」


 あり得ない。そう思った『嗅覚』は姫香の眼を覗き込み――――息を呑んだ。


「あの目はッ・・・」


 長年暗殺家業に居た『嗅覚』ですら、一度しか見たことがない眼だ。目の中に殺意が渦巻き、あたかも『嗅覚』を親の仇のように見ている。


 人類でありながら、人類全てに対して殺意を抱いているような、そんな眼。


「う、嘘だろ・・・まさか、アンタ、その力は・・・」


「何を言っているか分かりませんが、とりあえず貴方を倒しますね」


 おののく『嗅覚』に姫香は一言告げると、床を蹴った。







 ――――不思議なこともあるものだ。


『嗅覚』に向かって飛び込みながら、姫香は思った。

 突然、謎の声が聞こえたかと思うと、体が軽くなった。毒や痛みといった物が脳から吹き飛び、ただ目の前の敵のみが脳裏に映る。そして気が付けば、敵に向かって突っ込んでいた。


「チッ!」


『嗅覚』が胸の谷間から小型の拳銃を取り出し、姫香に向ける。だが遅い。


「はああッ!」


『嗅覚』が照準を定めるよりも早く、姫香は懐に潜り込んだ。そして腰に一蹴り。


「《未熟な迅雷(スモールストリーム)》!」


「ぐはぁ!」


 姫香特有の必殺技は見事に敵にクリーンヒットし、その痩身を吹き飛ばした。『嗅覚』は壁に叩きつけられ、痛そうに顔をしかめた。だがさすがは暗殺者、すぐに立ち上がると、姫香に拳銃の照準を定めた。その指が引き金を引くのを見て、姫香の背中が寒くなった。せめて目を閉じようとして――――


「あれ?」


 目の前に敵の顔がある事が分かった。


「は?」


 敵も何が起こったか分からないらしい。だがこれは好機だ。姫香は腕を引くと、『嗅覚』の腹に思いっきり叩き込んだ。『嗅覚』の体がくの字に曲がる。


「が、はっ」


「そこっ!」


 がら空きになった『嗅覚』の銅に、姫香は肘を打ち込んだ。狙うは胸と鳩尾の間、数ミリの辺りを、的確に突く。


「ギャ、アアアアアアアアア!」


 訪れたであろう凄まじい痛みに、『嗅覚』が叫ぶ。姫香はそれを無視して膝蹴り、掌底、裏拳をそれぞれ急所に叩き込んだ。『嗅覚』が、断末魔にも近い叫びをあげた。


「が、ああああああッ!」


 ほぼ倒れこむような形で『嗅覚』が後ろに下がる。その体に傷はほとんどない。ただし、その全身はきっと悲鳴を上げているだろう。


 口から唾液を流しながら、『嗅覚』が姫香に叫ぶ。


「なんだアンタ、何なんだよ⁉ どこでそんな技習った⁉ 畜生、こんな所に急所があるなんて、アタシで

も知らなかったぞ! アンタ、『解体新書』でも読んだのか⁉ 痛い、痛すぎる!」


「それはそうでしょう。だってそれ、私が実際に受けた痛みですもの」


「どういう意味だ?」


『嗅覚』が眉をひそめる。言っている意味が分からないのだろう。


「実は私、つい最近まで親から虐待を受けていたんです。その時に怪我をして痛かった部分を集中的に狙っただけですけど?」


 そう、姫香はヘルズに盗み出されるまで、両親から虐待を受けていた。その際、様々な道具で様々な箇所を嬲られたものだ。


 フライパン、カッター、金属バット、ガスバーナー・・・・etc。数えきれないほどの道具で殴られ、切られ、焼かれたその体は、その時の痛みを鮮明に覚えている。


 故に、どこが人体における急所か、手に取るようにわかる。

 自分の体を実験台にして覚えたのだから、間違えようがない。


 姫香の言葉に、『嗅覚』がハッとなる。


「虐待? 畜生、だからか!」


 何やら意味不明な事を口走っているが、姫香の知ったことではない。姫香は次の一撃でトドメを刺そうと、『嗅覚』に向かって駆け出した。


「これで―――――」


『嗅覚』が放った蹴りをすれすれで回避し、姫香は敵の眼前に飛び出した。そして、両手を伸ばした。


「終わりです!」


 開いた両手を、敵の前で勢いよく閉じる。それで姫香の勝ちだ。ヘルズとの特別訓練の様子が、脳裏に蘇る―――――











『猫だまし、ですか?』


 姫香が聞くと、ヘルズは頷いた。


『そうだ。ぶっちゃけ今からお前を強化しても機械人間には勝てん。だったらこの技が一番有効だ。この技は相手との戦闘力にどれだけの差があろうと、一撃で葬り去れる』


 そう言うと、ヘルズは開いた手をパン、と叩いた。


『案外子供だましの技のように見えるが、これが成功すれば一度だけ確実に相手を怯ませられる。そして相手が怯んだ隙に連続攻撃を叩き込めば、お前でも勝てる。大丈夫だ、俺が保証する』


 その心強い言葉に、姫香は頷いた。


『分かりました。じゃあ早速練習しますね』


(これが私の切り札―――これで、終わり!)


「アッハハハハハハ!」


「なッ!」


 勢いよく両の掌を閉じる―――――寸前、右腕を掴まれ、姫香は慌てた。逃れようとするも、『嗅覚』の圧倒的な握力に掴まれ、動かない。


「ま、待って――――」


「待つかよ、バーカ。ったく、詰めが甘いぜ雑魚野郎が!」


『嗅覚』が腹を抱えて嘲笑する。


「いいか、この技は裏家業じゃ有名なんだ。なにせ状況を一発で覆す技だ、裏家業の人間は皆対策してるに決まってるだろ⁉」


 それもそうか、と姫香は思った。


 決まれば敵を怯ませ、その隙に一方的な攻撃を行える、文字通りの一撃必殺。そんな危険な技を、裏家業の人間が対処していないはずはない。


「アンタがヘルズから技を習った事を知った時点で、いつこの技が来るか楽しみにしてたよ。まあ相手が悪かったと思って、諦めな」


『嗅覚』が勝ち誇ったように笑う。まあ確かに勝ったのだろう。姫香は体力限界、傷だらけ、おまけに万策尽きている。この状態で勝率など、1%もないだろう。


「ホント、ザマあねえなあ! 意気揚々と突っ込んでおいて、その程度かよ! ダッセエ、超ダッセエ!せめて2人を殺した罪を懺悔してから殺そうと思ったけど、もういいや。雑魚過ぎて萎えちまったよ。てなわけで、さっさと死ねよこのアマぁ!」


 もう片方の手で姫香の喉元を締め上げながら、『嗅覚』が狂ったように叫ぶ。姫香はそんな彼女を――――





 静かに、見つめていた。





「――――最後に、1つだけいいですか」


「あン?」


 まさかこんな時に質問が来るとは思っていなかったのだろう。『嗅覚』が面食らう。そんな『嗅覚』を無視して、姫香は首を絞められたまま、言葉を紡ぐ。


「―――――もしこの状況から私が逆転して勝利を得たら、それは奇跡ですか?」


 姫香の質問を、『嗅覚』は一笑に付した。


「ハッ、何を言い出すかと思えば、戯言かよ⁉ くだらねえ、ああそうだよ、そんな事が起こったら、まさに『奇跡』だな―――――」


 パン。


 乾いた音が響き、『嗅覚』の体が倒れた。


「ふう・・・」


 姫香は『嗅覚』の耳から手を放すと、足元に倒れている『嗅覚』の体を足で小突いた。そして反応が無い事を確認すると、安堵のため息を吐いた。


「『奇跡』、起こったみたいですよ」



次回は8月24日更新予定です。

次回で姫香VS『嗅覚』ラストです。

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