ついに全面戦争⑦
さあ、今回はあの人が闘います!
その時、後ろから肩を叩かれた。反射的に振り返ると、そこには豪華そうなドレスを纏った貴婦人が立っていた。
「失礼。少しよろしいですか?」
「は、はい。なんでしょう?」
警戒しているせいか、ついつい声が裏返る。そんな姫香を見て、真理亜と沙織が首を傾げた。
「その人誰?」
「姫ちゃんの知り合い?」
姫香は口を開く――――よりも早く、貴婦人が口を開いた。
「ええ、つい数日前に落とした財布を拾ってくれたんですよ。そのお礼をしていなかったので、今しよう
かと思いまして」
貴婦人の言葉に、二人は納得したようにうなずく。
「そっか。やっぱり姫香はすごいね」
「そうそう。私だったらそのままパクってたよ」
「って、パクっちゃ駄目でしょ⁉」
思わずツッコミを入れる。先ほどの発言といい、真理亜はともかく沙織は本格的にやばいかもしれない。何とかしなければ、と心に決める。
「それでは、行きましょうか」
「え、あ、ちょっと・・」
沙織について考えていたせいで、貴婦人への対応が遅れた。しかしここでややこしい事になって目立つ
のも困る。姫香は仕方なく、貴婦人についていくことにした。
そんな親友の後ろ姿を見届けると、二人はニヤリと笑った。
「――――姫香、行ったね」
「うん。じゃあ行こうか」
沙織が言うと、真理亜は頷いた。
「でも慎重にね? ここからは一瞬の気も抜けないよ?」
「分かってるよ。ここで失敗したら全てが水の泡だもんね」
沙織がポケットから紙を取り出す。真理亜はそれを横目で見ると、拳を握りしめた。
「急ごう。姫香やあそこに居る刑事さん達に見つかる前に」
「刑事さんには見つかっても大丈夫だと思うけど―――分かった。慎重に行こう」
そして二人は、パーティー会場から抜け出した。
「こちらです。どうぞ」
姫香が案内されたのは、会場の端にあるテーブルだった。どうやら、本当にただご馳走してくれるだけ
らしい。
「あ、どうも」
お礼を言い、席に座る。貴婦人はそれを見ると微笑み、向かい側の席に座った。
「えっと、あの」
とりあえず何か言わなければと、姫香は口を開く。だが、貴婦人はまたもそれを遮る。
「大丈夫です。言いたいことは分かっていますので」
「そ、そうですか」
何が『大丈夫』なのかよくわからないが、人間の性か、なんとなく安心してしまう。
「すみません、ナポリタン2つ」
貴婦人は手を挙げて店員を呼ぶと、姫香の分も注文した。姫香は断ろうかと思ったが、相手の好意を無駄にしてはいけないと思い、口をつぐんだ。
「それで、私に何の用ですか」
店員が引っ込んだ瞬間を見計らって、姫香は聞いた。その手は、服の袖――――小型のジャックナイフにかかっている。貴婦人はそれを聞くと、穏やかに笑った。
「そんなに怖い顔をなさらないでください。それに焦らずとも、料理が来てから話してもいいではありませんか」
そして、口を噤む。どうやら料理が来るまで話す気はないらしい。姫香はため息を吐くと、警戒心は解かないまま料理が来るのを待った。
「お待たせしました」
数分後、店員がナポリタンを2つ持ってきたのを見て、姫香は安堵の息を漏らした。数分間警戒心を解かないと、精神的に疲れてくる。
「ではいただきましょうか」
貴婦人が言い、テーブルの上にあった調味料を手に取った。それを片方のナポリタンにかけ、姫香の前に差し出す。
「これを入れると美味しいんですよ。どうぞ食べてみてください。お口に合わないようでしたらこちらの何も入っていない方と交換しますので、ご安心ください」
姫香は数秒逡巡したが、もしこれが純粋な好意なら相手に失礼だと思い、相手が提示したナポリタンを食べ始めた。味は普通。調味料がさっぱり生かされていない。
「それでは、本題に入りましょうか」
姫香がナポリタンを食べ始めたのを見て、貴婦人がようやく本題に入る。
「実は最近、私の友達が次々に殺される事件が起こっているのですよ。奴らの狙いは不明。ですが、いずれ私を殺しに来ることは間違いありません。そう思うと、怖くて夜もおちおち眠れません」
「は、はあ・・・」
そんな事を言われても、返答に困る。そんな姫香の手を取り、貴婦人は訴えかけるように言った。
「お願いです。どうか賊に、これ以上私の友達に手を出さないように頼んでいただけますか? これ以上友達が傷つくのは私、耐えられません」
必死の形相で頼みこんでくる貴婦人を無下にする冷酷さを姫香は持ち合わせていない。姫香は自然と頷いていた。そんな姫香の反応を見て、貴婦人はパッと顔を輝かせた。
「本当ですか⁉ ありがとうございます!」
そしてポケットから小さく折りたたんだ紙を取り出すと、姫香に握らせた。
「奴らのコードネームと、服装などの断片的な情報です。これらを元に奴らを探し出して、襲撃をやめるように言っていただけませんか? お金はいくらでも払います。お願いしまず」
貴婦人が頭を下げる。姫香はそんな貴婦人に声を掛けた。
「2つほど、質問があります」
「はい、なんでしょう?」
貴婦人が頭を上げる。姫香は紙をポケットにしまうと、指を1本立てた。
「まず1つ目の質問です。どうして私に声を掛けたんですか? 近くには警備員さんもいます。それにヘルズを逮捕するために松林刑事も来てくれています。その方々に相談した方がよかったのではないでしょうか? どうして、ただの一般人の私に声を掛けたんですか?」
すると、貴婦人は苦笑いをした。
「こう言っても信じてもらえないかもしれませんが、実は私、人を見る目がずば抜けていいんです。ですからどんなに隠そうとしている人でも、私が見れば強さが分かってしまうんです。例えば、貴方のように」
「ッ・・・!」
動揺を隠せない姫香に、貴婦人は続ける。
「それに、たかが警備員が奴らに勝てるとは思えません。それに風の噂で聞いた話なのですが、松林刑事ってとんでもないアホなのでしょう? きちんと依頼の内容を覚えていられるか不安になってくるので、彼も却下です。それに、同性の方が安心感がありますし」
最後の理由はともかく、最初の2つは随分なものだ。しかし警備員も勝てないとは、いったいその『敵』とはどのくらい強いのだろう。
「もう1つ、質問いいですか?」
「はい、何なりと」
貴婦人が首肯したのを確認してから、姫香は口を開いた。
「その『敵』とやらに殺されてしまった人達の名前を教えていただけますか? ここで会ったのも何かの縁。線香の1つでも上げさせてください」
貴婦人は時計をチラリと見ると、姫香の質問に答えた。
「―――彼らに、名前はありませんでした。いや、そもそも戸籍が存在しませんでした」
「え?」
貴婦人の顔に、影が差す。
「彼らは常にコードネームで呼ばれました。彼らの名前は―――『触覚』と『味覚』。そう、貴方の仲間が殺した敵ですよ!」
やっぱりか‼
姫香は足を振り上げると、テーブルを力いっぱい蹴り上げた。反動を利用し、後方に飛び退く。突然の出来事に、周囲の客が驚いている。それを横目で確認しつつ、姫香は踵を返す。
「危なかった・・・日頃の訓練がこんなところで役に立つなんて」
走りながら、姫香は安堵の息を漏らした。―――厨二病も案外役に立つ物である。
『いいか、互いに座ってる状態で敵の攻撃に対処しようとするとき、椅子を引いて立つのは邪道だ。遅いし、何より格好悪い。ここは一発、机か椅子を蹴り上げろ。そうすれば相手の意表を突けるし、敵が弱ければそのまま机がぶつかって大ダメージだ。そして何より格好いい。できるまで練習しろよ、これ絶対実践に使えるから』
ヘルズの言葉が、脳に蘇る。あの時は本当にこんな技使うのか半信半疑だったが、今はヘルズに感謝し
たい気持ちでいっぱいだ。
(しかし、あの敵・・・・)
すぐに攻めて来なかった事を考えると、おそらく敵は戦闘担当ではない。となれば、姫香にも勝てる可
能性はある。その時、背後から複数の銃声が轟いた。
「この、くそアマがぁ!」
振り返って見ると、両手に銃を構えた貴婦人が、テーブルを乗り越えてこちらに向かって来ていた。テーブルがハチの巣状態になっている様からするに、銃の一斉射撃で飛んできたテーブルの勢いを相殺したのだろう。見事な反射神経だ。
「許さない・・・・・よくも、『味覚』と『触覚』を!」
足元にあったアタッシュケースを蹴り上げながら、貴婦人は叫ぶ。アタッシュケースが開き、中からショットガンや手榴弾などが床に落ちる。――――この中身だけで、軍の小隊1つは潰せそうな量だ。
「死んで償え!」
貴婦人が両手の銃を連射。姫香は近くにあった無人のテーブルを倒して盾にすることで難を逃れる。テーブルが穴だらけになるが、幸いなことに姫香には一発も当たっていない。
「危なかった・・・」
その時、銃声が止んだ。姫香は姿勢をかがめたまま走り出す。そのまま跳び前転で次のテーブルに潜り込んだ瞬間、凄まじい銃撃音が鼓膜を叩いた。
「ッ・・・」
思わず耳を塞ぎたくなるような大音量。おそらくショットガンだ。ただし銃の交換に気を取られて姫香の行方を見失ったのか、姫香の隠れているテーブルの隣のテーブルが穴だらけになった。
「さあ、出て来いよ怪盗の仲間! 決着を着けようぜ!」
次回は8月18日更新予定です。




