ついに全面戦争⑤
「俺も一応改造人間なんですよ。ほら考えて。俺のコードネームは『聴覚』。ここからわかることは?」
皮肉げに言う『聴覚』に、降谷は拳を叩き込む。だが『聴覚』はまたもや紙一重で躱すと、今度は蹴りを打ち込んできた。
「うおっ!」
力も無ければ速度もない、ただの蹴り。威力自体は一般人と大して変わらないその技はしかし、見事にわき腹に突き刺さった。
「がはっ・・・」
『触覚』の水弾丸をくらった傷を再び抉られた降谷の体が大きく傾く。そこを、『聴覚』の蹴りが再び襲う。思わず左腕で防御するも、今度は手榴弾で受けた傷を抉られ、降谷は苦悶の声を上げた。
「があっ!」
「あー、こりゃ駄目だ。このままじゃ足止めどころか本当に死んじゃうよ、この人」
『聴覚』は面倒くさそうに頭を掻くと、狙撃銃を放り捨てた。もう跳弾とやらは使わないらしい。降谷は獣のような雄叫びを上げると、『聴覚』に突進した。
「うおおおおおおお!」
やみくもに腕を振るう。そこにはもう戦術など存在しない。一撃一撃に全力を込める。もし一発でも当たれば、その時点で降谷の勝利だ。
「うわあ、暑苦しい。それ、ただの自己満足だからやめたほうがいいですよ?」
『聴覚』が冷静に言うも、降谷は聞いていない。『聴覚』は肩をすくめると、後ろに大きくのけ反った。瞬間、そこを降谷の拳が突き抜けた。
「クソッ、なぜ当たらない!」
「いやだから、熱血キャラはただの自己満足だからやめたほうがいいですよ。俺のクラスにも一人いたんですけど、正直ウザかったです」
呑気に話しながらも、『聴覚』は的確に降谷の拳をかわし続ける。降谷の拳圧で空気が乱れ髪が目にかかるが、お構いなしに躱し続ける。
そして、降谷が滅茶苦茶に拳を振り始めてから3分後。
ついに降谷の体に、限界が訪れた。
「ぐふっ・・・」
『聴覚』の蹴りを脇腹にくらい、降谷が地面に倒れこんだ。脇腹の傷口が開き、血を流している。
いくら『超回復植物細胞』で回復させたと言っても、降谷が使った量はあくまでも応急措置だ。再び攻撃を受ければ傷口が開いてしまう。この傷を完全に治し切るにはあと数日待つか、一度アジトに戻って取ってくるしかない。
しかし降谷が治療のためにここを離れれば、その瞬間『血まみれの指』に総攻撃を仕掛けられる可能性がある。ヘルズならおそらく負けることはないだろうが、用心するに越したことはない。
だがそれが今、完全に裏目に出ていた。
「くそっ、痛ぇ・・・・」
「そりゃ痛いでしょうね。だって俺、さっきから傷のある部位しか狙ってませんから」
『聴覚』の言葉に、降谷は目を見開いた。
「お前、なんでオレが怪我してる場所を知ってるんだよ⁉」
降谷と『触覚』の戦いは、誰も見ていなかったはずだ。ならばなぜ、この青年がそれを知っているのだろうか。
「あー、それは俺の能力です。じゃあハンデついでに俺の能力を紹介しておきますね。というか能力を明かしても殺害ならともかく、足止めには何の支障もありませんし」
そう前置きしてから、『聴覚』は話し始めた。
「俺の能力は、《反響把握》。まあ超音波みたいな物ですね。自分が発した音の跳ね返りを聞くことで物体の座標、硬さなどを知ることができる能力です。傷の場所を当てたのも、跳ね返ってくる音の強弱から簡単に割り出せるんですよ」
なるほど、『聴覚』が定期的に靴で床を叩いていたのはそのためか。あれは、音の反響から降谷の距離を測るためだったのだ。
「攻撃を躱したのも同じことです。攻撃がくる寸前に動いた風の音から敵の座標を的確にキャッチし、攻撃が繰り出される位置を割り出しました。一見危なそうに見えますが実はこれ、結構確実に避けられるんですよ。まあ流石に物理的に回避不可能なものは無理ですが」
降谷は絶句した。強すぎる。
もし今の話が本当なら、それは降谷の手には負えない。降谷には音の反響を抑える事は出来ないし、かといってこのまま攻撃を続けても埒が開かない。それどころか、急所を突かれてじり貧だ。
「クソッ、どうすれば・・・・」
「大人しく諦めて、帰ったらどうですか? 俺のこの能力の限界範囲は2キロメートル、つまりこの会場の様子を完全に把握できます。どうせどこに居ても変わらないのなら、怪我をしないほうが遥かに特でしょう」
『聴覚』が変わらないトーンで降参を促してくる。確かにその通りだ。どのみち攻撃が当たらないのであれば、どこに居ても変わらない。むしろ、『聴覚』の急所狙いを受けない分、大人しく逃げたほうがまだマシだ。
だが、降谷は引けない。ここで引けば、誰が『聴覚』を倒すというのか。
降谷の表情から言わんとしている事を察したのか、『聴覚』が口を開いた。
「何度も言ってるとは思いますが、少なくとも俺に野心はありません。他の血気盛んな奴らならともかく、俺はヘルズ勢力に興味がないんですよ。だからべつにここで俺を倒さなくたって、ヘルズ勢力に害は及びません」
その言葉に、降谷は安堵の息を漏らした。ーーーこれで、後方の憂いは絶った。
「じゃあ行くぜ、『聴覚』」
予想外の降谷の発言に、『聴覚』は驚いた表情を見せた。
「今の俺の話聞いてました? 逃げてもなんの損もないというのにまだ闘うとか、戦闘民族かただの馬鹿のどちらかですよ」
「ああ、じゃあオレはその両方だろうな!」
降谷は叫ぶ。『最強の犯罪者』の弟子である自分が、こんなたかが体の一部を改造した程度の人間に負けるなどとあっていいはずがない。
そう、これは『味覚』と同じ、降谷の意地だ。スパイとして培って来た努力が、技術が負けたくないと告げている。まだ終われないと叫んでいる。
「う、おおおおおおおお!」
降谷は叫ぶと、『聴覚』に殴りかかった。まだ負けられない。自分は、まだーーー
「悪いんですけど、これ以上は残業となるので、終わらせてもらいますね」
気がつけば、降谷の体は吹き飛んでいた。
それが『聴覚』の放った急所突きだと言うことに、降谷は飛ばされながら気がついた。
(違う・・・)
飛ばされている中で、降谷はふと思った。
(力の差が、圧倒的に、違う)
そう、この青年、『聴覚』は降谷が思っている以上に強かった。そして降谷は弱かった。ただそれだけだ。
「くそったれ・・・」
知らず知らずのうちに、呟きが漏れる。
「オレも、一度くらいはヘルズみたいに格好よく敵を倒してみたかったぜ・・・」
ドサリ、という音を『聴覚』だけが聞いていた。
同時刻、病院にてーーーー
「それで、怪我は治ったのか?」
ベッドで寝ている二ノ宮に、ヘルズはゲーム機から顔を上げずに声をかけた。ちなみに、とっくに面会時間は過ぎていたので窓から侵入した事はトップシークレットだ。
「まだよ。どこかの骨にヒビみたいなのが入ったせいで、もう少し安静にしないと駄目だって」
ヘルズの質問に、二ノ宮は溜め息混じりに答えた。それと同時、ヘルズのゲーム機からゲームオーバーの音が聞こえてくる。
「げっ、いつの間に!」
驚いた顔をしているヘルズに、二ノ宮は手に持っていた物ーーーーーゲーム機を置き、フッと笑った。
「甘いわよ。そんなんじゃ怪盗失格ね、ヘルズ? まさか天下の大怪盗、ヘルズが私のような一般人にゲームで負けるなど、あってはならない醜態よね? 怪盗たるもの、ゲームに関しては常に1位でなければ。そうでしょ?」
「くっ・・・・」
ヘルズは悔しそうに歯噛みした。どんなゲームをやってもこの少女には勝てない。数十万人が集う大規模オンラインでもいつも二ノ宮が1位、自分が2位だ。そして、その差はずっと縮まらない。
「畜生! また負けた!」
ヘルズがゲーム機を放り投げながら愚痴る。二ノ宮はそんなヘルズの様子を見ると、ニコリと微笑んだ。
「ありがと、ヘルズ。あれから毎日私のお見舞いに来てくれて」
「ばか野郎。仲間ならそれが当たり前だろ。それに、今回の俺の出番はまだ先だからな」
ヘルズが返答した瞬間、二ノ宮の眉がピクリと動いた。
「仲間・・・か」
しかしすぐにいたずらっ子のような顔になると、ヘルズに言う。
「ねえ、ヘルズ・・・」
「ん? どうした」
「もう一回、このゲームやろう」
「・・・・? いいけど、どうした改まって」
「もし私が勝ったら、私と結婚して」
「ああ、そんな事ならお安いご用・・・じゃねえ! 二ノ宮、どうした急に⁉」
危ない。危うく策に引っ掛かるところだった。驚きを隠せないヘルズに、二ノ宮は小悪魔のような笑みを浮かべた。
「もし私が負けたら、婚姻届にサインするだけでいいから」
「変わってねえよ!」
2人のやり取りは、朝になるまで続いた。
いつもこの作品を読んでいただき、ありがとうごさいます。
突然ですが、少しの間休みを取らせていただきます。次回は8月14日更新となります。
いつもこの作品を楽しみにしてくれている読者の皆さま、大変申し訳ありません。




