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世間を騒がせる天才怪盗は、二次元廃人でした。  作者: 桐原聖
厨二病怪盗vs 暗殺組織『血まみれの指』
53/302

二人だけの秘め事

 

「えっと、いや、その、大丈夫だからさ? 別に俺は、問題ないから―――」


「うふふ」


 姫香は机の上にあった辞書を手に取ると、それを頭上に掲げた。


「ヘルズさんが徹夜をすると、学校に引きずり出すのが難しくなるんです。そうすると、遅刻とかいろいろとこちらも実害を被るんですけど、分かってますよね?」


 そう、姫香はヘルズに盗まれてから、学校のある日は毎朝ヘルズの家に通っていた。そうでもしないと、ヘルズは出席しないからだ。


 ヘルズが両手を振り、必死で弁解する。


「いや、でも大丈夫、うん多分大丈夫。きっと三日くらい徹夜しても人間は死なないさ! なんて、ははは―――――」


「ふざけないでください!」


 夫婦喧嘩かと思われるような破砕音が、アパート一帯に鳴り響いた。









――――数分後


「で、何の用だよ? まだ6時だぞ」


 ヘルズが倒れた本棚を起こしながら、姫香に愚痴る。いつものこの時間なら寝てるか、ネトゲのレベリングを行っているかのどちらかだ。


姫香は足元の本を拾いながら、ヘルズに返答する。


「忘れたんですか? 今日は――――」


「チッ、まだ覚えてやがったか」


 ヘルズは毒づくと、部屋を見回した。元々物が少ない部屋だからか、思いの外すぐに片付いた。倒れた本棚は元の位置に戻され、ひっくり返った机も元通り。床に刺さっていた包丁も、きちんと元の場所に

戻っていた。


「よし、じゃあ行くか」


 ヘルズは床に落ちていたパーカーを羽織ると、姫香を促した。


「替えの服、持ったか?」


「持ちました。大丈夫です」


「そうか。最初の内は痛いだけかもしれないが、すぐに慣れるからな。ま、気長にやりな」


「分かりました。ありがとうございます」


 他愛も無い話をしながら、連れだって外に出る。


 ヘルズが空を見上げ、顔をしかめる。


「やっぱり、朝は嫌いだ」








「はあ、はあ・・・・」


 床に組み敷かれ、姫香は荒い息を吐いていた。その頬は蒸気しており、衣服の乱れからもここまでの行

為の激しさを物語っている。


「もっと身体の力を抜いていいぞ。緊張するな。いいか、数秒でいいから相手を受け入れろ。そうすれば、後は身体が勝手に反応する」


 ヘルズの声が姫香の頭の奥で反響する。姫香は腕を伸ばすも、指先が上手く動かない。そうこうしている内に、ヘルズの身体に力がこもる。


「だ、駄目です、やめて、下さい・・・・」


 姫香が蚊の鳴くような声で懇願するが、ヘルズは止まらない。ヘルズの左手が姫香の髪をかき上げ、そ

の指が姫香の頬をくすぐる。


「や、やめて・・・これ以上は――――」


 姫香は抵抗しようとするも、上手くヘルズの手を掴めない。激しい運動で疲労し切った四肢は、思うように動いてくれない。視界は霧が掛かったかのように白くぼやけ、ヘルズの表情を見る事もままならない。


「ったく、お前はすぐに力尽きちまうな」


 退屈そうにヘルズが言い、姫香の身体の上からヘルズの体重が消える。姫香は真っ赤になった頬をどうにか元に戻そうと努めつつ、生まれたての子鹿のようにガクガクと脚を震わせながら立ち上がった。立ったままの状態が長かったせいか、膝も腰もろくに機能しない。


「一旦休憩だ。15分後、もう1セット行くぞ」


「は、はい」


 ヘルズが首の骨をゴキゴキと鳴らす。そのヘルズに、姫香は声を掛けた。


「あ、あの、ヘルズさん」


「ん? どうした?」


 何の恥じらいもなく聞くヘルズに、姫香は恥ずかしさを隠しながら聞いた。


「ど、どうでしたか、私の身体は?」


「うーん、そうだな」


 姫香の問いに、ヘルズは数秒考えこむような仕草をしたのち、告げる。


「普通だな。素質が無いわけじゃないが、同時にずば抜けて何かが良い訳でもない。マジの平凡だ」


「そうですか」


 こうも正面切って言われると、分かっていても残念である。


「で、身体の方は大丈夫か? どこか痛い所とかは」


 ヘルズが心配してくれる事に胸が温かくなるのを感じながら、姫香は首を振った。


「大丈夫です。ただ、ちょっと慣れてなくて――――」


「ま、最初は誰だってそんな物さ。無理せず、気楽にやれ」


 ヘルズは軽い口調で言うと、タオルで汗を拭き始める。その顔には、姫香のような疲れた表情は見当たらない。姫香と同じように動いているはずなのに、どうしてこうも違うのだろうか。


「お、そうだ。一応これ飲んどけ」


 ヘルズがポケットから何かの錠剤を取り出し、姫香に放る。姫香はそれを両手でキャッチする。


「これって・・・・」


「多分大丈夫だとは思うが、万が一って事もあるしな」


 ヘルズがぶっきらぼうに頭を掻く。姫香は数秒の間薬を眺めると、ポケットにしまう。


「これは後で飲みます。もう一回戦ありますし」


「そうか。でも気をつけろよ」


 ヘルズがタオルを投げ捨てる。時計を見ると、既に20分が経過していた。


「じゃあ、行くぞ」


「はい」


 そうして、二人の行為が再開する―――――










「はあ、はあ・・・」


 姫香は、床に仰向けになって寝転がっていた。


「お前も少しはやるようになったじゃねえか」


 ヘルズが腕で額の汗を拭いながら、満足そうに言う。


 ヘルズの足元には姫香の上着が落ちており、対するヘルズは、来ていたパーカーを既に脱いでいる。


「しっかし、こんな所二ノ宮とニセ教師に見られたら、マジで殺されそうだな」


「そ、それは、仕方ないですよ。私達・・・こんな事してるんですもの」


「かかっ、それもそうだな」


 慌てたように告げる姫香に、ヘルズは哄笑を上げた。













「こんな朝早くから男女が二人きりで格闘の訓練とか、あの二人なら激怒しそうなシチュエーションだも

んな!」


 その言葉に、姫香が苦笑する。


「まあ、二人とも私の事を大事に思ってくれていますからね。特に二ノ宮先輩は、私がかすり傷でも負うのを嫌がりますからね」


「あー、まあアイツは百合っ子だからな」


 言葉を濁しつつ、ヘルズは足元に落ちていたパーカーを羽織る。額に浮いていた汗はいつの間にか引き、いつもの涼しげな表情が残っている。


「じゃあ、今日はこれで終わりに――――」


「あと一本!」


 姫香が突然立ち上がり、ヘルズに殴りかかる。ヘルズはそれを悠遊と躱しつつ、姫香に軽い足払いを掛

ける。姫香はよろけそうになるも寸前でこらえ、ヘルズの胸に掌打を打ち込む。


「おっと」


 それを平然とした顔で回避したヘルズの身体に、姫香のやみくもな連撃が走る。統一されていない拳のラッシュ、失敗すれば大怪我を負いそうな危なっかしい跳び膝蹴りが、ヘルズを襲う。


「ふむ」


 ヘルズは変わらぬ表情のまま、立て続けに襲い来る拳を回避し、最後の跳び膝蹴りを、右の掌で受け止める。


「えいっ!」


 姫香は可愛らしい掛け声と共に、全体重を乗せた右拳をヘルズの胸に放つ。その瞬間、視界が半回転する。


「甘い」


 ヘルズに足払いを掛けられたのだと姫香が気が付いたのは、姫香の身体が地面に叩きつけられた直後だった。


「いたっ!」


 姫香が短い悲鳴を上げると同時、ヘルズが身体の力を抜いた。戦闘終了。姫香の負けだ。


「生身でコンクリートの地面に叩きつけられたら、誰だって痛いだろ。ほら、さっき渡した痛み止めでも飲んどけ」


 ヘルズの指示に従い姫香はポケットの中から錠剤を取り出すと、口の中に放り込んだ。慣れ親しんだ感覚が姫香を襲い、それと同時に身体にかかっていた痛みが消える。


「凄いだろ。裏家業御用達の、超回復鎮痛剤『リカバリー』。飲めば全身の痛みを麻痺させ、新陳代謝を一時的に20倍に引き上げる。それにより、捻挫程度の怪我なら数秒で回復させる。それマジで凄いよな。医学の進歩バンザイだよ、まったく」


 ヘルズは足元に落ちている姫香の上着を拾うと、姫香に放った。


「ま、一番いいのはこの薬に頼らない事だけどな。ま、痛みに慣れてくればこの薬を使う機会も少なくなるだろ。それまではこれを使え」


 ヘルズはやや乱暴な口調で言うと、辺りを見渡した。マンションの駐車場くらいの広さを誇る戦闘トレーニングルーム『地下広場』は、相変わらず殺風景である。


 姫香とヘルズは、ここで二日に一回、格闘術の特訓をしている。これは姫香が頼んだ事で、最初の内ヘルズは渋っていたが、「もう、蚊帳の外は嫌なんです」という姫香のやや厨二病的な言葉に心動かされ、訓練をする事になった。


 次回は6月17日、11時に投稿です。

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