二章番外編 二ノ宮とヘルズの過去①
お待たせしました。
今回は、いつもより尺長いです。
ーーこれは、ヘルズ・グラン・モードロッサ・ブラッディ・クリムゾン・ライトニングという怪盗が世に出る、一年前の話。
まだ、二ノ宮とヘルズが出会っていなかった頃の話ーー
ーーーどうして人間って、こうも馬鹿なのかしら
大通りを歩きながら、二ノ宮は思った。
黒のサングラスに、純白のワンピース。女優かと思わせるような見事な着こなし。腰まで垂れる銀髪は、道行く人々の視線を釘付けにする。
(本当は来たくなかった、こんな所)
現在彼女が居るのは、二ノ宮の嫌いな場所ランキングトップ3に間違いなく入るであろう場所ーーーーー原宿だ。
(うう・・・来たくなかった来たくなかった来たくなかったーーーーー)
ちょうど今彼女が作っている道具の部品がここにしか売っていないというので、仕方なく家から出てきたのだ。
(やっぱり出てくるんじゃなかった・・・どうしてネットや秋葉原に売ってないのよ!)
理不尽な怒りを溜め息にして吐き出す。実際、ここまでの道のりは大変だった。
雑誌やテレビの取材が来ること13件。事務所へのスカウト15件。ナンパ68件。盗撮約40件。そこら辺を歩いている香水くさい女達から妬みの視線を向けられ、どこかチャラそうな男達からはまとわりつくような気持ちの悪い視線を向けられる。
(はあ・・・もう帰りたい)
しかし、まだ肝心の部品を買っていない。二ノ宮は早歩きで売っていそうな店を探した。
(こんな時秋葉原なら・・・・)
オタクの聖地だのなんだのと下に見られているが、二ノ宮からすれば秋葉原の人達の方が遥かに善人である。彼らは写真こそ取るもののそれを仲間内でしか交換しないし、ナンパなどもっての他。なにより、常連の客である二ノ宮にとても優しい。
(なんで秋葉原のどこの店でも売り切れなんだろう・・・というか、なんで唯一売ってる所が原宿なわけ? 不幸にも程があるわね)
やけくそ気味になりながら歩き続ける。あと一時間半もすれば、二ノ宮のお気に入りのアニメ『超撃無双の不死鳥龍』が始まってしまう。一応録画はしてあるが、お気に入りのアニメはリアルタイムで見る主義の二ノ宮にとっては、逃すわけにはいかない。
(ここから家に着くまで約一時間十五分・・・あと十五分で部品を買って帰らなくちゃ)
だんだんと駆け足になっていく。その時、二ノ宮は自分がいつの間にか大通りを外れて路地に来ている事に気がついた。
(あれ? いつの間にーーーーー)
どうやら原宿に対する苛立ちから、脚が自然に駅に向かって居たようだ。現に、800メートルほど先に駅が見える。
(いやいや、ちゃんと部品買ってから帰らないと。今まで受けてきた精神的ダメージが無駄になっちゃう)
そう思い直し、歩きだそうとした二ノ宮に、後ろから声が掛けられた。
「ねえねえ、そこの彼女。俺達と遊ばない?」
その声に二ノ宮が振り向くと、そこにはいかにもチャラい感じの男が三人、立っていた。69件目、と心の中でカウントしながら、二ノ宮は困った顔で応じる。
「えっと、困ります。今ちょっと私急いでてーーーーー」
「なに急いでんの?」
チャラ男(不良)がニヤニヤと笑いながら聞いてくる。その笑みに二ノ宮は生理的嫌悪感を催したが、我慢して続ける。
「これから塾があってーーーーー」
あえて嘘をつく。間違っても原宿内での探し物と言ってはいけない。ここは無難に、『ナンパしてきた不良を撤退させる十の方法』の内の一つをーーーーー
「別にいいじゃん、そんなの」
「え?」
突如告げられたチャラ男の言葉に、二ノ宮は面食らった。
「塾とかいく必要ねえだろ。だって別に馬鹿でも困ること何てねえし。なあ?」
チャラ男の一人が仲間の二人に問いかける。二人はまるで事前に打ち合わせでもしていたのか、すぐに頷いた。
「ああ、そうだぜ」
「ケケッ、当然」
二人がさりげなく動き、二ノ宮を取り囲む。
「てなわけでさ、俺らと遊ばねえ?」
チャラ男が二ノ宮の肩に触れながら聞く。気持ちの悪い存在に触れられ、二ノ宮は反射的にその手をパシッと叩く。
「お断りさせてもらうわ」
強気な態度でチャラ男達に立ち向かう。この後の展開は読めているが仕方ない。ついカッとなってやってしまったのだ。
「このアマ・・・調子に乗るのもいい加減にしろよ!」
お決まりというべきか、チャラ男が逆上して二ノ宮の胸ぐらを掴み上げる。二ノ宮は抵抗するが、男の腕は強靭で全く動く気配がない。
「もう怒った。こいつ、この場でヤっちまおうぜ」
チャラ男(ここまでお決まりだともうただの不良なので、以下不良と称す)の一人が言うと、他の二人が歓声を上げた。
「ぎゃはは、最初からそのつもりだったろ!」
「はは、野外プレイかよ! 好きだなお前!」
「くっ・・・」
二ノ宮は叫べない。喉元を締め上げられている上に、場所的に助けを求めても誰も来ない事を知っているからだ。無駄に喉を枯らすような事はしたくない。
不良が下劣た笑みを浮かべながら、二ノ宮の胸元に手をかける。
「よし、じゃあ早速ーーーーー」
「お、ターゲット発見。なにやら絡まれってるぽいな」
突然、聞こえた声にその場に居た全員が振り返る。
「お、いかにもチャラ男といった感じの奴等だな。まあいい、この右手の餌食となれ」
そこには、一人の青年が立っていた。片目には怪我をしているのか眼帯を装着しており、両腕には包帯、さらには全身黒ずくめという、異様な格好をしていた。
「な、なんだお前は⁉」
不良の一人が驚きの声を上げる。だがそれを無理もない。こんな格好など、変質者かよほどの厨二病以外はやらない。
「俺か? 名乗るほどの者でもねえよ。ま、その内名乗るほどの者になるがな」
そのよく分からない意味深な言い回しに、二ノ宮は首をかしげた。この男、芸能事務所にでもスカウトされたのだろうか。確かにルックスは良さそうだがーーーーー
「テメエ、芸能事務所にスカウトでもされたのか?」
どうやら不良も同じ事を思っていたようだ。不良と同レベルの思考しか出来ない事に、二ノ宮は少し傷ついた。
「芸能事務所? なんでそんな所に行かなきゃならねえんだよ」
青年はすっとぼけたように言う。その舐めたような態度に、不良がぶちギレる。
「じゃあ何なんだ、テメエ⁉ テメエは何者で、なんのために俺達に声かけたんだよ!」
不良の激昂にも青年は大して取り合わず、手をポケットに突っ込みながら告げた。
「俺の名はヘルズ・グラン・モードロッサ・ブラッディ・クリムゾン・ライトニング。怪盗を生業としている者だ。ああ、それから声を掛けたのはお前らじゃなくて、そこにいる女だ。そいつに、俺の組織に入ってもらいたくてな」
青年の口調に不良達はポカンとしていたが、やがて我に返るとーーーーー
「ぎゃははははは!」
盛大に、大爆笑し始めた。
「怪盗だぁ? ふざけてんのかテメエ⁉」
「だはははは! あー腹痛え。ぎゃははははは!」
「そうだ、写真! 写真撮ろうぜ、『怪盗を名乗る厨二病患者、原宿に現る』って言うタイトルで拡散しようぜ!」
不良の一人が二ノ宮の胸ぐらから手を離すと、スマホのカメラを向けた。そして、シャッターを押すーーーーー
瞬間、スマホの画面が砕け散った。
「な、なんだ⁉」
「ーーーーー取り消せ」
低く冷たい声が、その場に響き渡る。
気がつけば、ヘルズと名乗った青年が目の前に居た。その手はスマホのカメラを握り潰しており、精密機械をただのガラクタに変えていた。
「な、何すんだ、テメエ⁉」
ようやく事態を理解した不良が、ヘルズに詰め寄る。
「なに人のスマホ壊してんだよ⁉ あーあ、弁償だ弁償! 俺のスマホ弁償しろよお前ーーー」
「うるせえよ、カス」
ヘルズが体を回転させ、不良の顔面に蹴りを放つ。スマホが粉砕し、ヘルズの蹴りをまともにくらった不良は地面に崩れ落ちる。
「テ、テメエェェェェェェ⁉」
味方が倒されたのを目の当たりにした残りの不良が、拳を振りかぶって突撃してくる。ヘルズは不良の拳を悠々と躱すと、不良の腕を右腕で挟み込んだ。
「それ、一本」
一本背負いが綺麗に決まり、不良の体が投げ飛ばされる。ヘルズは最後に残った不良に接近すると、その顎に掌底を見舞った。
「死角残樹!」
掌底がクリーンヒットし、不良の身体が数センチ宙に浮く。がら空きの腹めがけて、ヘルズの脚が伸びる。
「絶滅迅雷!」
腹に足をめり込ませ、そのまま回し蹴りを放つ。不良の身体が円を描くように回転し、近くの壁に叩きつけられた。
「俺をどんなに侮辱しようが構わねえ。それは俺自身の問題だからな。だが怪盗まで馬鹿にしてんじゃねえ。世の中にはな、居るんだよ。怪盗になるために、命がけで修行してる奴が」
地面に崩れ落ちた不良の顔面を掴み上げ、ヘルズが怒りを露にする。一体、何がこの青年の気に触ったのだろうか。
「何で自分の目標めがけて一生懸命な奴等が、お前らみたいな他人を巻き込んで、堕落してる事を必死でごまかそうとするクズに笑われなくちゃならねえんだよ。そんなの、おかしいだろ?」
メキャリ、という音が鳴り響き、ヘルズに顔面を鷲掴みにされている不良が悲鳴を上げる。
「痛い! 痛いィィィィィィ!」
「安心しろ、怪盗の修行をしている者は、この十倍の攻撃をいつも受けてるぞ」
ヘルズは小馬鹿にしたように笑うと、不良の顔面を掴んでいる手を離した。不良が力なく倒れこむ。それでも男としての意地があるのか、震えながらも顔を上げる。
「お、お前、こんな事してただで済むと思うなよ。俺はこう見えても、暴力団と繋がりがあるんだ。そいつらに頼んでーーーー」
「勝手に人を巻き込んでんじゃねえ、軽薄男」
ヘルズが、這いつくばった状態から自分を見上げてくる男の顔を踏みつける。
「というか、呼びたいなら呼べ。俺は逃げも隠れもしねえよ。真っ正面からテメエの仲間全員倒して、テメエのその腐った根性叩きおってやるよ」
その言葉を聞いた瞬間、二ノ宮の全身の毛が逆立った。
怯えではない。武者震いだ。こんな所で、こんな厨二病丸出しの男が語っていた言葉が、『超激無双の不死鳥龍』で主人公が言っていた言葉にほとんど似ていたからだ。それもアニメと同じように、敵を全滅させた後に。
(この人、まさか・・・)
二ノ宮の心の中に、とある可能性が生まれる。ヘルズは不良が全員気絶した事を確認すると、二ノ宮の方に向き直った。
「おっと、自己紹介が遅れたな。俺の名はヘルズ・グラン・モードロッサ・ブラッディ・クリムゾン・ライトニングだ。さっきも言った通り、怪盗を生業としている者だ」
「で、そのヘルズ某さんが、私に何の用?」
早口でまくし立てるヘルズに、二ノ宮は冷静な一言を浴びせる。名前を省略されたのが気に入らないのか、ヘルズは一瞬口をへの字にしたが、すぐに元の口調に戻って話し始めた。
「ふっ、実はこの俺、ヘルズ様の組織を作ろうと思ってな。そのためのメンバーが必要なんだ。そこで、お前をスカウトに来た」
サラリと告げるヘルズに、二ノ宮は溜め息を吐いた。疲れによるものではない、失望の溜め息だ。どうせこの青年も、自分の容姿が目当てなのだろう。
「で、どうして私に声を掛けたわけ? 容姿? それとも私を使った、組織の宣伝?」
分かりきっていながらも、一応質問しておく。二ノ宮の的を射た質問に、ヘルズはポカンとしている。
「は?」
沈黙を破ったのは果たして、何秒後だろうか。
ヘルズのその言葉が、辺りの沈黙を破った。
「たかがルックス程度で俺がお前をスカウトするわけないだろ? お前、馬鹿なの? あのなあ、これ言っちゃ悪いんだがお前、総合的に考えると下の下の下だぞ。確かに美人っちゃ美人かもしれないが、二次元の超絶美少女と比べたら僅差でお前の負けだし、何より三次元に住んでるって時点ですでに大減点対象だ」
ヘルズが可哀想な人を見る目で、二ノ宮に辛辣な言葉をかける。懐から一冊の雑誌を取りだし、その中の一ページを二ノ宮に見せた。
「『第32回、全国工学部門優勝、二ノ宮来瞳』二位と圧倒的な差をつけて勝利し、五年連続で優勝を取り続けている天才。その作った道具はプロすら仰天するレベルなんだとか。でも一度も顔を出したことないらしいな。まあ、それは別にどうでもいいか」
ヘルズは雑誌のページを指差しながら、二ノ宮に問いかける。
「なあ、俺の仲間になって、超格好いいアイテムたくさん作ってくれないか?」




