エピローグ② 傷つき続けた少女
「君、本当に高い所が好きなんだね」
開口一番、二ノ宮はヘルズに告げた。
「・・・・・」
対するヘルズは何も答えない。ただ無言で、澄んだ青空を眺めている。
ここは屋上。放課後である今では、ヘルズと二ノ宮以外の人間はいない。
「で、何のようなの? この私を、わざわざ学校まで呼び出して」
「その前に、聴いてほしい物がある」
ボソリとヘルズが呟き、小型のICレコーダーを二ノ宮に投げた。ICレコーダーは綺麗な放物線を描き、二ノ宮の腕のなかに収まる。
「これを、聞けばいいのね?」
二ノ宮が不思議そうな顔をしながらもポケットからイヤホンを出し、ICレコーダーに装着する。イヤホンを耳にはめ、静かに耳を閉じる。
数分後、彼女は静かに目を開いた。
「聞いたわよ。これがどうかしたの?」
ヘルズにICレコーダーを投げ返しつつ、二ノ宮は聞いた。ヘルズはICレコーダーを片手で掴みとる。
「今回の事件、おかしな点が幾つもあった。その大半は師匠とICPOの探偵が暴いてくれたが、一つだけ疑問点が残っている」
そのいつもとは違うヘルズの声の響きに、二ノ宮は首を傾げる。
「まあ確かに、今回の事件には何個もよく分からない点があったのは事実よ。でも、どうして私に聞くわけ? 別に私じゃなくても、降谷先生の方が私よりも遥かに分析力が高いわよ」
「気になった点は一つ。これは、その時から疑問に思っていた事だ」
二ノ宮の問いを無視し、ヘルズが続ける。
「お前に宛てて送られた、一通のメール。このメールから今回の事件が始まった。怪盗に対する依頼という点を除けば、これはなんの変哲もない普通のメールだ。今時王女だってインターネットくらい使うだろうし、別になんの問題もない」
ただし、とヘルズは呟く。
「そのメールの受け取り人が、お前でなければな」
「・・・・」
「大体、どうして王女は俺じゃなくて二ノ宮に依頼した?
そして、何故王女は二ノ宮がこの天下の怪盗、ヘルズ・グラン・モードロッサ・ブラッディ・クリムゾン・ライトニングの仲間だと知っていたんだ? そして何より」
ヘルズがICレコーダーを手で弄びながら、二ノ宮に告げる。
「どうして三次元恐怖症のお前が、他人と連絡なんて取れるんだ?」
そう、二ノ宮はその美貌のせいで男たちに箔として扱われ、無理矢理外に連れ出された経験がある。その時のトラウマから彼女は、自分が信用した人間としか話さないようになった。
ましてや顔が見えないインターネットなら尚更だ。ヘルズだって、ネトゲ以外で二ノ宮と連絡を取った事はない。
「ここで一つの仮説が生まれてくる。もしかしてお前は、昔王女と会ってたんじゃないかという仮説がな。というかそれしかあり得ないだろ。引きこもり、コミュ障のお前が、俺やニセ教師以外と連絡を取れる手段なんて、それしか見当たらないからな」
「・・・・・」
二ノ宮は何も答えない。
だが、それは無言の肯定を示していた。
「ま、それを聞いて俺がどうこうするってわけじゃないんだけどな。腕一本を犠牲にした分の筋を通しておこうと思ってな」
ヘルズが右腕を軽く振る。右腕には痛々しく包帯が巻かれ、そこには血が滲んでいる。腕の肉が半分以上千切れ飛んでいる痛みを麻酔で止めているため、数時間もすれば凄まじい痛みが襲ってくる。
「ったく、超能力女の奴、厨二病を馬鹿にするから必殺の奥義を使ってやったのにな。あんな野郎にこんな超技、使うんじゃなかったぜ」
ヘルズが不満そうにぼやく。二ノ宮は、それを黙って聞いている。
「で、実の所どうなんだ?」
ヘルズの質問に、二ノ宮は口を開いた。
「あら、嘘はついてないわよ。黙っていただけよ」
「やっぱりそうか。俺、お前のそういう所嫌いだ」
「・・・・めんなさい」
不意に、二ノ宮がなにかを呟いた。
「ん?」
「ごめんなさい!」
二ノ宮が叫び、ヘルズの胸に飛び込んで来た。
「は?」
突然抱き付かれたヘルズは、目を白黒させるしかない。
「私、君に隠し事をしないって決めてたのに、君を信じるって決めてたのに、それなのにメールが来たとき何も言えなくて、そんな自分を屁理屈で無理矢理ごまかして、それでヘルズまで傷ついて、もうこんな私、私ーーーーー」
二ノ宮は泣いていた。あの天上天下唯我独尊で、常にクールな二ノ宮が、だ。
「自分が大ッ嫌い!」
二ノ宮を抱き止めながら、ヘルズは思う。
(ーーーーーああ、そうだった)
二ノ宮という少女は、まだ子供なのだ。
どんなに大人ぶっていても、どんなに強がっても、二ノ宮という少女は、どこまで行っても心が弱いのだ。
その美貌故に男たちから箔として扱われ、行きたくもない場所に無理矢理連れていかれ、心ない言葉をかけられ、そんな事の繰り返しで心が傷ついて。
彼女の人生は、常に茨の道だった。
「ヘルズは私が傷ついた時、いつもそばに居てくれた! 他の皆みたいに外見だけの私じゃなくて、私の中身を見てくれた! だから、そんな君なら王女を、昔の私みたいに孤独に震えているキルファを助けてくれると信じてた!」
肩に顔を埋めてくる二ノ宮を、ヘルズは優しげな目で見ていた。
「ったく、お前な」
そして二ノ宮を力いっぱいに、抱き締めた。
「これからはもっと仲間を頼れって。知ってんだろ、俺が自己中心的な事くらい。今さら王女様の自己中に付き合わされたくらいで、俺はお前を嫌ったりはしねえよ」
次回は6月5日投稿予定です。




