ヘルズ、怪盗としての誇りを語る。
今回は、「闇金ウ〇ジマ君」の一文が登場します。
「クソッ! どうして誰も出ないのよ!」
影未が無線機を床に叩きつける。床に当たった無線機は粉々に砕け散り、再生不能の可燃ごみと化した。
駄々っ子のように怒る影未を、ヘルズは哀れみの目で見ていた。もう影未に対する怒りはない。今はただ、大人の癖に五歳児のように暴れる影未に同情だけを抱いている。ヘルズの視線に気が付いた影未は、ヘルズに詰め寄った。
「貴方、一体何をしたっていうの⁉」
すると、ヘルズはわざとらしく口笛を吹きながら目をそらした。
「いやー、俺も分からないなー。きっとどこかの残念系無表情女が、リハビリと称して暴れてるんじゃないかなー」
どこか含みのあるヘルズの物言いに、影未は歯ぎしりした。
「さては、貴方の仲間ね!」
「いや、それはない」
間髪入れずに即答する。さすがにそれはない。
ヘルズは訓練時代、実戦訓練と称した盗みの練習をチャルカと組んで行った事があるのだが、それはもう酷い物だった。
チャルカが不器用すぎるのだ。ビルへ侵入する際にガラスを思いっきり割って侵入し、金庫をピッキングするつもりが誤って扉を破壊し、警察から逃げる際に煙玉と間違えて手榴弾を投げてしまうような残念な人間である。おかげで訓練が終了した時、連帯責任でヘルズまで怒られた事をよく覚えている。
「お前、怪盗よりテロリストの方が向いてるんじゃないか?」
と師匠が呆れかえるほどに、チャルカは不器用であった。
そんな苦い思い出をヘルズが噛みしめていると、影未が吠えた。
「どっちでもいいのよ! とにかく、貴方の差し金ね⁉」
「まあ否定はしない」
ヘルズの返答に、影未は拳を握りしめる。
「クソッ、これだから怪盗は皆腐ってるのよ! 怪盗なんて――――」
ブオッ! という音に、影未の言葉は遮られた。
見ると、ヘルズが影未の目と鼻の先まで接近し、拳を構えていた。
「聞き捨てならねえセリフだな、おい」
その口調には、聞く者を怯ませる威圧感があった。
「お前に忠告しといてやるよ、参謀様」
ヘルズが拳を引き絞りながら、影未に囁く。影未は防御しようとしたが、先の戦闘で蓄積した疲労のせいか腕が上手く動かない。
「テメエと違って俺達は命がけだ。確かに侵入や情報とか手伝ってもらえるがな、盗みに入るときはいつも一人だ。しかも失敗した時、よほどの失敗をしない限りお前は信用を失うだけでいいかもしれない。けどこっちは少しでも失敗すればその場で終わりだ。一回の失敗も許されねえ。怪盗ってのはな、綱渡りなんだよ。いくつもの国と繋がってて、一回くらい失敗しても許されるお前と違ってな」
つまりな、とヘルズは呟く。
「こっちはリスク承知で、身体を張って生きてるんだ。テメエみたいに頭脳だけじゃなくて、自分の持てる全力使って必死に足掻いてるんだよ。それをテメエみたいな脳しか使ってない輩に、腐ってる呼ばわりされたくねえよ」
へルズの拳が、影未の顔の中心に吸い込まれる。
「テメエの小さなモノサシで、俺を測るんじゃねえ!」
ガドン、という音が鳴り、影未の身体が吹き飛ばされる。壁にしたたか背中を打ち付け、落下する。そこを、砕けた壁の破片が襲う。
ヘルズはそれを確認すると、爽やかな笑顔になった。
「とある闇金業者の名台詞、ようやく言えたぜ」
そして影未に背を向けた。言いたい事を言い、敵をある程度ぶっ飛ばしたらもう用は無い。
「じゃあ、帰るか」
そう言って踵を返す。と、右腕の骨が折れている事を思い出し、右腕を左腕で支えながら大広間を退出する。
「よし、ミッションクリアだな」
ヘルズの意気揚々とした声が、大広間中に響き渡った。
「クソッ、ヘルズめ。よくもこの私を舐めてくれたわね・・・・」
多少身体がふらふらするが、命に別状はない。
影未は壁に手を突き立ち上がると、懐から何かのスイッチを取り出した。
「こうなったら・・・」
震える手でスイッチを握りしめ、彼女は叫ぶ。
「全部まとめて、終わらせてやる!」
そして、スイッチを押した。
ズドン、という音が聞こえ、一瞬宮殿が揺れる。
「この揺れ、まさか・・・・」
ヘルズは揺れの正体にすぐに気が付いた。慌ててインカムの電源をオンにする。
「おい二ノ宮、この宮殿に爆弾が仕掛けられている可能性がある。至急調べられるか?」
ところが、返って来たのは別の声だった。
『ヘルズさん、どうして通信切ってたんですか!』
「うわっ!」
突然、耳元で聞こえてきた大声に驚き、尻餅をつく。
「な、何だ花桐か。脅かすなよ」
『別に脅かしてません。ヘルズさん、どうして通信切ってたんですか? 心配したんですよ?』
「あ、悪い。ちょっと敵さんと戦ってた」
だらだらと言い訳しても時間の無駄なので、とりあえず謝っておく。
『通信が繋がらなくて、私がどれだけ心配したと思ってるんですか⁉ ヘルズさんが死んじゃったんじゃ
ないかって、心配で心配で・・・』
姫香の声が尻すぼみになっていく。その乙女らしい発言を本来ならからかい所だが、状況が状況だ。ヘルズは一言詫びを入れる。
「いや、マジでごめん。で、悪いんだが二ノ宮に代わってくれ。緊急事態だ」
『あ、はい。分かりました』
なんとなくまずい状況である事を察した姫香は、すぐに二ノ宮に代わった。
『もしもし、どうしたのラノベ主人公』
「いきなりどうした、引きこもり美少女」
ヘルズが聞くと、インカムの向こう側で鼻を鳴らす音が聞こえる。
『さっき姫香ちゃんがなんて言ったか聞いて無かったの、鈍感系ラノベ主人公』
「いや、その事については後で何時間でも議論してやるから、今はちょっとやめて―――」
その時、またズドン、という音が響いた。同時、先程よりも強い揺れがヘルズを襲う。
『何があったの、ヘルズ?』
先程の冷酷な口調はどこへやら。二ノ宮の真剣な声が、無線機に流れ込んでくる。さすが、ネトゲ廃人の引きこもりでもヘルズの仲間である。状況判断能力が高くて助かる。
「どうやらあの女、この宮殿に爆弾を仕掛けたようなんだ。どこに仕掛けてあるか、確認できないか?」
ようやく本題に入れた事に安堵しつつもヘルズが聞くと、数秒の後、返答が帰って来た。
『無理みたい。どうやらさっきの揺れで、降谷先生が宮殿に仕掛けてくれたカメラが全滅してしまったわ。だから確認は不可能よ』
「そうか。チッ、さっさと本題に入ればよかったぜ」
『それと、盗聴器も壊れちゃったみたいだから、今私達が入手できる情報源はヘルズだけという事になるわ。頑張ってね、歩く情報君』
ヘルズの皮肉をサラッと受け流し、二ノ宮が辛辣な物言いをする。
「チッ、その切り返しは痛いな。でもまあ、好きだぜお前のそういう所」
『同感ね。私も貴方のそのちょっと腐った態度が好きだわ』
「ハッ、そりゃどうも――――」
二ノ宮の発言にちょっとだけ心が傷ついたヘルズは、あえてインカムの電源を落とす事で嫌がらせをする。これで向こうも少しは反省するだろう。
通路の角を曲がると、そこはもう火の海だった。ヘルズはやれやれと溜息を吐いた。懐から輸血パックを取り出すと、袋の上からかぶりつく。じわり、と生温かい液体が口の中に流れ込み、零れた血が口の端から滴る。これでかろうじて生きられる。
「ったく、もうこんな状況かよ。せっかくわざわざ《暴帝撃滅》(キリング・ゼロ)まで使ってズタボロになって、『限界まで戦って勝利する俺かっけー』をやろうと思ってたのに邪魔しやがって。この罪は重いぞクソッタレ」
輸血パックを捨て、左手で血まみれの右手を掴むと、足を肩幅に開いた。
「ま、これも一興か」
そのまま天井すれすれまで跳躍すると、火の上を通過していった。




