厨二病VSロリコン学者の最高傑作
今回は、ヘルズがこの世界について少しだけ語ります。
厨二病必見!
ティルムズをアッパーで宙に浮き上げたヘルズが、一歩前に進む。
「俺には異能力もないし、機械の身体もないただの人間だ。なんの間違いか三次元に生まれて来て、あまりの退屈さに絶望したよ。心躍るような殴り合い(バトル)をすれば暴力事件とか言うので止められて、異能力に覚醒する方法もなければ異世界召喚もない。こんな窮屈でくだらない世界、他にないな、間違いなく」
ヘルズがユラリ、と動く。その光景は枯れ木の柳のようだ。
「でも、何の因果関係か、こんなくだらない世界でこうして心躍る殴り合い(バトル)が出来るんだ。そんなチャンス、俺が逃すわけないだろ?」
ヘルズはそう言うと、影未に向かって突進した。影未への距離を二歩で詰め、右の拳を突き出す。
「《叛逆未遂―――》」
「くっ!」
影未は慌てて距離を取る。あの攻撃は、超合金に変換したティルムズだからこそ耐えられる一撃であり、あれをもろにくらえば無事では済まない。
「でも、ティルムズなら耐えられる!」
ヘルズのアッパーから復活したティルムズが、背後からヘルズに迫る。それに気付いたヘルズが避けると同時、影未はワイヤーを射出した。
「これでどう、怪盗主席さん!」
ティルムズの攻撃を躱したせいでバランスを崩したヘルズは、この攻撃を避けきれない。ワイヤーがヘルズ目がけて光線のように向かう。そのワイヤーがヘルズに届き、その肉体を穿つ――――寸前、ヘルズの身体が消える。
「ッ⁉」
影未が辺りを見回した瞬間、ヘルズは影未の眼前に居た。
「嘘⁉」
「《死角残樹》!」
ヘルズの掌打が綺麗に影未の顎にクリーンヒットし、影未を天へと撃ちあげる。影未は吹き飛ばされたショックでしばし呆然としていたが、やがて我に返ると、ヘルズに向けてワイヤーを飛ばした。一秒遅れてティルムズが後ろからヘルズに跳びかかる。
前後からの同時攻撃。これを避けるのは至難の業だ。
だが――――
「甘いな。ワイヤーの精度が甘すぎる」
鋼鉄製のワイヤーがバラバラに砕け散り、ティルムズの千切れた右腕が宙を舞う。
「え?」
「ワイヤーを使うなら、アイツくらいのレベルになってからやれよ。その程度じゃ、チャルカにも勝てん」
ヘルズの言に反応するかのように、影未の手が閃く。
懐からワイヤーを数本取り出し、ヘルズに向けて真っ直ぐに撃ち放つ。ワイヤーの一本がヘルズの頬をかすめ、血華が噴き出る。
だが――――
「なッ・・・!」
「まだだ。弱すぎる」
ヘルズが身体を軽く揺すった瞬間、ワイヤーが粉々になる。粉塵になったワイヤーは宙に舞い、ヘルズを祝福するかのようにキラキラと輝いた
「クソッ! どうなってるのよ⁉」
「常人の七十倍以上」
恐怖を顔に張り付けて叫ぶ影未に、ヘルズは呟く。
「常人の七十倍以上の身体能力を誇り、且つ自分がその分野に置いて頂点立っていた者こそが、主席と呼ばれる。怪盗主席である俺の速度について行くのは正直しんどいぞ?」
しなくてもいい説明をすると、ヘルズは床を蹴った。疲労と出血が激しい今、長期戦になればなるほど不利になる。もうこれ以上、体力を使いたくない。
ヘルズが影未の元にたどり着くより一瞬早く、ティルムズがヘルズの前に立ちふさがった。おそらくプラスチックにでも身体を変換して、先回りをしたのだろう。
だがそれは織り込み済みだ。ヘルズの四肢が唸りを上げる。
「《昇華残影・演武輝夜》!」
思考能力を上げる事で体感時間を極限まで引き延ばし、身体能力を一時的に限界突破させる、スピード特化の超必殺技。
その超技を、ヘルズは何の躊躇いもなく使用した。
叫ぶと同時に《スプラッシュ・インパクト》の七十二連撃がティルムズに炸裂し、両者の間で火花が散る。さらに数発の回し蹴りを放ち、顔面を蹴り飛ばす。蹴った反動で更に飛び上がり、天空からさらなる一発を撃ち放つ。
「《没落権勢・天覧桜》!」
重力に音速の威力が追加され、ヘルズの踵落としがティルムズの超合金の頭と激突する。だがこのままでは競り負ける。
眼帯の奥が熱くなる。熱を帯びた瞳はやがて人外の物へと変化していき、ヘルズの力を更に倍増させる。
「これなら・・・・!」
数秒のつばぜり合いの後、ヘルズの踵がティルムズの頭を打ち砕く。ティルムズの砕けた頭の破片が床に
散らばり、動きが停止する。それを見たヘルズは開いた活路を無駄にしないためにも特攻しようとしたが、突然身体が急激に重くなる。《昇華残影・演武輝夜》の効果が切れたのだ。何とか動こうにも、疲労に加えて超必殺技の直後なのも相まって、思うように体が動かない。
「く、そ・・・」
だがこれで敵の主力は潰せた。あとはあの女をどうにかするだけだ。
実際、影未の戦闘力は大して高くない。あの程度なら、今の満身創痍のヘルズでも――――
「あははははははははははは!」
その時、影未の笑い声が鼓膜に焼き付いた。
「残念、貴方の負けよ。怪盗主席様!」
影未が笑い、ティルムズを指さす。するとそこには、頭を修復しているティルムズの姿があった。砕けた破片が独りでにティルムズの足元に集まり、足にまとわりついている。
「この子の能力は二つ。一つ目はさっきから見せている物質返還。そしてもう一つがこれよ。その名は『肉体再生』! 貴方はたかが頭を一つ吹き飛ばしていたくらいで喜んでいたようだけど、それじゃこの子は倒せない。この子を倒したければ、心臓でも破壊してみる事ね。ま、今の貴方じゃもうそんな体力はないでしょうけど。きゃははははは!」
影未の嘲笑を、ヘルズは黙って聞いていた。
影未の言う通り、このままではヘルズは負ける。最強クラスの防御力と回復力を兼ね備えた敵は、その防御力を打ち破る攻撃をぶつけて、一撃で倒すしかない。だが今のヘルズには、ティルムズの防御力を打ち破るだけの攻撃力が無い。確かにヘルズは人間を超越した身体能力があるが、それらを持ってしても、不可能に近い。
なにより、こんな満身創痍の状態で放てる攻撃の威力など、たかが知れている。
「さあ、死になさい厨二病さん!」
長考に入ったヘルズを見て、影未が挑発する。その言葉を聞いた瞬間、ヘルズの脳が冷静になった。
やがて意を決したように立ち上がると、左手を掲げ――――
「くっ、こんな時に出て来るとは・・・やめろ、出て来るな!」
右手を抑え、苦しそうな声で叫ぶ。
「ふん。この後に及んで厨二病?」
完全に痛い発言をするヘルズを、影未は鼻で笑った。
「こんな時にまで妄想とは、怪盗主席も大した事ないわね。じゃあティルムズ、最後の必殺技『幼女誘拐☆爆裂パンチ』で奴の息の根を止めなさい」
大爆笑している影未を他所に、ヘルズは右手を抑えて、その場にうずくまった。
「くそっ、やめろ! お前が出て来ると、皆に被害が及ぶ。やめろ!」
よく見ると、その右手は震えていた。
否、右手だけではない。ヘルズの右腕が、まるで共振するかのように、細かく震えている。
あたかも、本当に得体の知れない怪物を呼び出すかの如く。
「ハッ」
その様子を見て、影未は失笑した。
この後に及んでこんな痛い行動をするくらいだ。命乞いよりプライドを優先させているのか、頭に衝撃を受けておかしくなっているのだろうが、こういう時はやはり殺しておくに限る。
「終わりね、くだらない妄想を信じて逝きなさい、怪盗主席様!」
影未の台詞とともに、ティルムズが動く。神速で間合いを詰め、右手を引く。その右手が『物質返還』によって変化し、鋭利な刃物に変わる。対するヘルズは、無言で震える手を見つめている。ティルムズの刃物に変化した右手がヘルズの胸に吸い込まれ――――
血しぶきが、宙を舞った。
それは、勝敗が決した事を意味していた。




