いざ、全面戦争! の前に一息休憩。
※今回はたくさんの人達の名前が出てきますが、とある事情により、覚えなくても全く問題ありません。
「どうするんだ、諸君?」
ここは、ICPOの本部。
そこに設えた円卓の席に、十三人の人間が腰かけていた。
その内の十二人は各国で名が知れた刑事であり、皆『普通とは違う犯人逮捕』をする事で有名である。
『猟犬』アシュル・ウィナー。
『明晰頭脳』デリシギ・シュウサイ。
『迷彩変装』ザック・ウェストコット。
『殲滅者』ザキラ・アクス。
『科学者』キール・フーマ。
『竜騎士』ファイム・ドリマ。
『一般人』フツウ・ジン。
『囮以外無能』ニゲク・グミヨ。
『戦国武将』法隆寺・靱。
『(笑)(かっこわらい)』エクマ・ポーノ。
『完掘王』タクオ・ムル。
『名称不明』???(名前が不明)
・・・・皆優秀であるのだが、どれもこれも一癖も二癖もあるメンバーだった。
「どうするとは?」
『完掘王』タクオ・ムルが背もたれに持たれかけながら、聞き返した。
「決まっているだろう、ヘルズについてだ」
ICPOの彼らの上司、彼らが『ボス』と呼んでいる男が告げると、『(笑)』エクマ・ポーノが鼻で笑った。
「たかがコソ泥一人のために、我々を総動員すると言うのか? ヘルズという男の実力がどんな物かは知らないが、ここにはかなりの武闘派が揃っているんだぞ。それなのに全員投入とは、馬鹿げているにもほどがあるな」
「ところが、そうでもないのだ」
『ボス』の声に、全員の視線が『ボス』に集中する。
「実は今回、ヘルズの他に五代目『最強の犯罪者』自らが出て来るらしい」
『ボス』の言葉に、その場に居る全員の顔に緊張が走る。
『最強の犯罪者』とは、世界中の裏家業が恐れている幻のような存在である。あらゆる犯罪に手を出すスペシャリストで、一流の犯罪者すらも恐れている様子から、『最強の犯罪者』という異名が付いた。
その実体はICPOが全力を持ってしてもほとんど集める事が出来ず、その情報も都市伝説くらいの信憑性が薄い物である。
曰く、『対峙してはいけない化け物』
曰く、『弟子を大量に持っており、その弟子に自分の持つ技術を教えている師匠のような存在』
その二つだけだ。しかしその二つも、三年かけてようやく手に入れた物だ。『最強の犯罪者』の全貌を暴こうとすれば、一体どれだけの費用と年月がかかる事だろうか。確実にIC
POの予算だけでは足りなくなる。
だが、そんな幻のような存在がわざわざ今回の事件に本人自ら来てくれるというのだ。これほどありがたい事はない。
「しかし、その情報は確かなのかね? もしかすると、ヘルズのファンが流した誤情報かもしれないぞ」
『竜騎士』ファイム・ドリマが額の汗を拭きながら聞いた。
「だが、信じてみる価値はある」
『ボス』の笑いに、ファイムは口を閉じた。
確かにその通りだ。少しでも『最強の犯罪者』の情報が得られるなら、それだけでも僥倖だ。
「分かったのデス。つまり我々はシェルマンジェ宮殿に赴き、『最強の犯罪者』が現れ次第確保すればいいのデスね?」
『明晰頭脳』デリシギ・シュウサイが、手を挙げて『ボス』に言った。だが『ボス』は首を振った。
「いや、今回確保するのは怪盗ヘルズ一人だ。だが任務の途中で『最強の犯罪者』に妨害される可能性も想定して、君達には全員で向かってもらう。何か質問は?」
「つまり、『最強の犯罪者』は我々が全員出動する理由に過ぎず、実際に今回の任務とは全く関係がないと?」
デリシギの見透かしたような言葉に、『ボス』は頷く。
「まあ、そう言う事になるな」
「俺はお断りだぜ!」
バン! と机を叩き、『猟犬』アシュル・ウィナーが立ち上がった。
「何で、たかがコソ泥一人のためだけにここに居る全員が出なけりゃならないんだ! 俺一人で十分だろ。たかがコソ泥一体くらいよぉ!」
室内に響き渡る声で吠えるアシュルに、『ボス』は事務的な口調で告げる。
「これは上からの命令だ。嫌なら今すぐ警察を辞めろ」
『ボス』の言葉に、アシュルは、「チッ!」と舌打ちして、椅子にドカリと腰かけた。その様子を見て、『ボス』は溜息を吐いた。
「君達は良くも悪くも個性が強すぎる。それでは今回の任務はクリアできない。よって、今回の任務におけるリーダーは日本に居る『ヘルズ担当係』に所属する松林尚人警部とする。異論はないな」
その言葉に、異論を唱える者はいなかった。
皆、分かっているのだ。自分の個性が強すぎるせいで、犯人を逮捕する事は出来ても仲間との連携が全く出来ない事に。
故に、彼らが全員出動するならば指導者が必要だ。皆それを分かっているために、他の管轄が指揮権を持つ事に誰も異論を唱えない。
「ケッ」
アシュルが床に唾を吐き捨てる。
「仕方ねえな。やってやるよ」
そう言ってアシュルが立ち上がると、すぐに他の面々も立ち上がった。
「それでは、ICPOの諸君。出陣したまえ!」
『ボス』の指示で、全員が一斉に部屋から退室する。
個性が強いとされるこの十二人が、唯一合致する事は何か。
それは、正義を守るために犯罪者を捕まえようという、固い意志である。
犯罪者を捕まえるため、ICPOの刑事たちは常に全力を尽くす。仮にそれが、たった一人のコソ泥を捕まえるためであっても、だ。
一方シェルマンジェ宮殿では、ヘルズが来るという事でてんやわんやの騒ぎとなっていた。
「東洋の奇術師、ヘルズが来るんですって!」
「狙った獲物は必ず逃がさない、天才ですわよね! ぜひ会ってみたいものですわ!」
メイドたちが騒ぐのを冷ややかな目で見つめながら、キルファは内心ほくそ笑んでいた。
これで、ようやく自分は解放される。
ようやく、自分は―――
「キルファ様、紅茶はいかがですか?」
その時、メイド長がキルファに紅茶の入ったカップを差し出す。キルファはにこやかな笑みを浮かべると、それを受け取った。
「ありがとう、実はちょうど喉が渇いていた所だったから、ありがたくいただくわね」
キルファは受け取ったそれを一息で飲み干すと、メイド長に抱き着いた。突然抱き着かれたメイド長は困惑の表情を見せた。
「ど、どうしたのですかキルファ様? 具合でも悪いのですか?」
メイド長が心配そうな声を掛けるのを嬉しく思いながら、キルファはメイド長に聞いた。
「ねえ、メイド長。もし私が突然いなくなったら、悲しい?」
キルファの質問にメイド長は一瞬面食らったが、すぐに背筋を正すと、「はい」と力強く答えた。
「勿論でございます。キルファ様が居なくなることなど、私には耐えられません」
「うふふ、ありがとう」
キルファはメイド長の返答を笑って返すと、メイド長から離れた。
「それじゃあ、私は失礼しますね。この屋敷の警護、どうぞお願いします」
「分かりました、キルファ様」
キルファが背を向けて去っていくのを見ながら、メイド長は頭のエプロンを外した。自分には、もう必要ない物だ。
「失礼ですが、私はもう耐えられません。さようなら、キルファ様」
メイド長はそう言うと、服の中から一枚の封筒を取り出した。
「ふうん」
シェルマンジェ宮殿の塔の先端に、女は立っていた。
「いよいよみんな動き出すのね。でももう遅いわ」
女は嘲笑うかのように笑うと、腰に付いている無線機を手に取った。
「こちらナンバー3。計画は順調。このまま行けば確実ね」
『了解。よくやった、ナンバー3』
無線機の向こうから仲間の声が聞こえ、女は無線機を腰に戻す。
「あと一つ、不安があるとすれば、あの頭のおかしい怪盗ね」
女はそう言うと、緊張した面持ちで眼科を見下ろした。
「さあ、ゲームの始まりよ。頭のおかしい怪盗さん。このほとんど勝ちが確定したゲーム、貴方ならどう覆すかしら?」
次回からこの話の更新時間を、午後4時か午後8時にしようかと思います。




