怪盗、ようやくストライキから抜け出す。
更新、遅れてすみません!
『ねえ、私の事、好き?』
誰かが自分に話しかけている。答えようとするが、口が動かない。
その代わり、別の誰かが答えた。
「当たり前だろ。というかこのやり取り、一日一回やってないか?」
少年の声だ。少し声変わりしているその声は、同時に照れくささも孕んでいた。
『ふふ、ありがと。私も好きだよ、弐夜』
ああ、これは自分の過去の記憶だとヘルズは悟った。夢によくある、記憶の再生だ。この甘いようでわずかに切ない記憶は、いつまで自分を苦しめると言うのだろうか。
『ねえ、今度街に行かない?』
少女が、幼い頃の弐夜に聞く。夢の中の、幼い弐夜が答える。
「ああ、構わないぜ」
それを聞いて、少女の顔が輝いた。
『ありがとう、じゃあ約束ね』
少女が小指を幼い弐夜に差し出す。弐夜も小指を出すと、少女の指に絡めた。
『約束だよ。もし嘘ついたら、毒針千本飲ませるからね』
「いや、それは死ぬと思うが・・・」
『なら、約束守ればいいじゃない』
少女が小指を絡めたまま、幼い弐夜に抱き着いて来た。少女の胸のふくらみが自分の胸に押し付けられ、幼い弐夜は面食らった。
「ちょっ、ちょっと、やめろよ!」
『ふふ、弐夜。私は弐夜を愛して――――』
そこで、夢は途切れた。
「チッ、またあの夢を見ちまったよ。ホント、人の事言えないな俺」
見慣れない天井を見上げながらも、ヘルズは朝一番に毒舌を吐いていた。その胸中は久し振りに見た夢の事で渦巻いている。
「しっかし、酒で泥酔した時に見た夢がよりにもよってこれじゃあ、俺も怪盗失格だな・・・」
あくびをしながら、ヘルズはごろんと寝転がって二度寝を開始する。『神出鬼没の怪盗』と揶揄されるヘルズだが、基本的にはただの駄目人間だ。『起きる気が起きなければ一日中寝ている』など、日常茶飯事だ。
「さて、あと何秒後に眠れるかね・・・」
ヘルズが呟いた時、誰かの寝息が聞こえた。それも、物凄く近くから。
「ん?」
疑問に思ってヘルズが起き上がって布団をまくると、そこには二ノ宮が添い寝する形で
眠っていた。それも、一糸纏わぬ姿で。
「お、おい二ノ宮⁉」
叫んだ声が裏返る。二ノ宮のこの手の悪戯は今に始まった事ではないが、昨日に限っては泥酔していたために記憶があいまいだ。まさか自分は二ノ宮に――――
ヘルズが死に物狂いで記憶を思い返そうとしていると、二ノ宮が目を開いた。
「あらヘルズ、おはよう。昨日は楽しかったわね」
二ノ宮の台詞に、ヘルズは愕然とする。そんなヘルズの動揺も知らず、二ノ宮はしゃべり続ける。
「しかし驚いたわ。ヘルズって思ったより激しいんだもの。おかげであまり眠れなかったわ」
まさか本当に、自分は――――
「おはようございます。ヘルズさん」
その時、部屋の扉が開き、姫香が中に入って来た。やはり年頃の娘が男装するのは恥ずかしいらしく、トレンチコートは脱いでいる。ヘルズの背中を、冷や汗が伝う。
真面目な姫香の事だ、二ノ宮が裸で、かつ同じベッドで寝ている事が分かれば、最低でも一か月は軽蔑されるだろう。さすがにヘルズも、そんな形で仲間の信用を失いたくない。
ヘルズは慌てて古くから使われている超究極必殺技、『狸寝入り』を実行した。この技はヘルズの得意技の一つでもある、伝家の宝刀だ。
「・・・・・」
「あれ、ヘルズさん寝てるんですか?」
姫香の驚いたような声が聞こえ、布団に手がかけられる。
(・・・終わった)
このまま「朝です。起きましょうヘルズさん」という純粋無垢な声と共に布団をはぎ取られ、二ノ宮の姿を見て姫香が何を思うか。そんな物は火を見るより明らかである。ヘルズは諦めて、どうやって姫香に言い訳しようか全力で考え始めた。
だが、
「まあ、たまには寝かせといてあげましょうか。それに、こうしてヘルズさんの寝顔を眺めているのも、案外いい物ですしね」
姫香が嬉しそうな声で言うと同時、布団に掛けられていた手が引っ込められる。
(た、助かった)
ヘルズはホッと胸を撫で下ろす。もし今姫香が布団をはぎ取っていれば、間違いなくこの部屋は修羅場と化す。朝からそれは避けたい。
(まあとにかく、今起きたふりをすれば万事解決か・・・ッ!)
ヘルズがこの状況を打破する手段を思い付いた瞬間、背中に何かが柔らかい物が当たる感覚がした。その感触にヘルズが振り返ると、そこにはヘルズの腕に密着して胸を押し付けている二ノ宮の姿があった。
「(お、おい二ノ宮⁉)」
ヘルズが小声で二ノ宮に聞くと、二ノ宮は悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
「(いいじゃない。減るものじゃないんだし)」
「(減る! 間違いなく俺の理性と寿命が減るから!)」
二ノ宮は、二次元の女子にしか興味がないヘルズでも恋愛対象に加えたいくらいの美少女だ。そんな美少女が裸で添い寝していたら、いくらヘルズでも耐えられる自信が無い。
「(じゃあ、後で何でもしてやるから、今は離れてくれ!)」
「(何でも?)」
ヘルズの言葉に二ノ宮は目ざとく反応した。何でもは流石にやりすぎではないかとヘルズは後悔したが、今は二ノ宮を引き剥がす事が先決だ。二ノ宮が離れてくれれば、仮に布団をはぎ取られても『二ノ宮の悪戯』という事でかろうじて許してもらえるだろう。だが密着は駄目だ。悪戯、と言ってもおそらく通用しない。
理屈上では同じようでも、感情的には大きな違いがあるからだ。女とはそう言う面倒くさい所があると、恋愛シミュレーションゲームの経験からヘルズは知っていた。
「(仕方ないわね。一旦離れてあげるわ。約束、忘れないでね)」
二ノ宮がヘルズにそう囁いた時、
「もう七時半ですし、そろそろ起こしましょうか」
姫香の独り言が聞こえ、ヘルズは戦慄した。
「(に、二ノ宮! 早く――――)」
だが、そんなヘルズの叫びも虚しく布団がめくられる。視界が急に明るくなるのを感じながら、ヘルズは目を閉じた。
「・・・・・」
部屋の温度が急激に下がっていくのが肌で感じられる。まさか姫香にこんな能力があったとは。ヘルズはそう思うと同時、もう一つの事に気が付く。
―――ああ、これが修羅場なのか。
貴重な体験が出来た事に感謝すると、ヘルズは恐る恐る目を開けた。すると、そこにはこめかみに青筋を浮かべた姫香の姿があった。
「ようやく起きましたか、弐夜先輩。どうでしたか、二ノ宮先輩の抱き心地は?」
にこやかな笑みを携えながら、姫香が訊ねる。普段と変わらない口調だが、その背後からは得体の知れないオーラが噴出している。
「え、えっと・・・」
言い逃れ出来ない事を察したヘルズは、二ノ宮の腕をやや強引に振りほどき、天井に向かて跳躍した。
(これじゃあ、認める事になるからやりたくは無かったが――――)
身体を捻り天井に手をつき空中で一回転すると、両膝と両手と額で着地した。そして――
「すいませんでしたっ!」
見事なフライング土下座を披露して見せた。
「ふふ、別に怒ってませんよ」
姫香は穏やかな口調でそう言い、
「でも、公共の場所で、しかもまだ学生の身でそんな行為に浸る弐夜先輩には、少しお仕置きをしなければなりませんね」
なるほど、だからヘルズじゃなくて弐夜先輩なのか。
ヘルズが妙な所で納得した時、姫香が近づいて来る音が聞こえる。
「ちょっ、ちょっと待とうか花桐? な、話せば分かる。そうだ、俺達人類はいつも話し合いによって解決して来たじゃないか。ならば今回もきっと大丈夫―――」
「この、馬鹿――――」
凄まじい破砕音が響き渡り、二ノ宮は思わず布団を被った。
「ではこれより、作戦会議を始める」
『私は性犯罪者です』というプレートを首から下げたヘルズが、頭を掻きながら口を開く。その顔にはいくつもの引っかき傷があり、まるで猫と一戦繰り広げたような顔になっていた。
「作戦会議って、何のですか?」
二ノ宮本人の説得もあってか、話をするレベルには機嫌を直した姫香が、ヘルズに聞く。ヘルズはそれを聞くと首を傾げた。
「そりゃもちろん、シェルマンジェ宮殿に侵入するための作戦会議だよ。ていうか他に何がある」
その言葉に、姫香は驚愕した。だが驚いたのはそれだけではない。ヘルズが、まるで散歩に行くかのような口調で言った事も、驚きの一つとなっている。
「じゃあ、まさか―――」
「ああ、シェルマンジェ宮殿に乗り込むぞ」
ヘルズの言葉に、姫香は胸がいっぱいになった。
四六時中テロリストに狙われて、心に傷を負ってしまった王女。そんな王女を、同じような境遇の姫香は救ってあげたいと思った。
だから、ヘルズの言葉は姫香の心に深く響いた。
「ありがとうございます!」
気がつけば、姫香は頭を下げていた。胸の中がヘルズに対する感謝でいっぱいだ。
「別にお前が頭を下げる事じゃない」
ヘルズは大して嬉しくも無さそうに言うと、ポケットから予告状を取り出した。
「二ノ宮、どんな手段を使っても構わないからこれを一時間以内にICPOとシェルマンジェ宮殿に送れ。ただし足はつくなよ」
ヘルズの言葉に、二ノ宮は悠然と微笑んだ。
「お安い御用よ」
『―予告状―
今日、シェルマンジェ宮殿にある宝を、戴き参上する。
怪盗ヘルズ・グラン・モードロッサ・ブラッディ・クリムゾン・ライトニング』
この手紙がICPOとシェルマンジェ宮殿に届いたのは、それから三〇分後の事だった。




