エピローグ 変わってしまった日常、変わらなかった日常②
一章ラスト、ぜひ楽しんでください!
数秒の静寂の後、降谷はヘルズに尋ねた。
「・・・どういう意味だ?」
「言葉通りの意味さ。お前、俺達の他にもいくつかの組織と繋がってるだろ」
ヘルズが懐から拳銃を出し、銃口を降谷に向ける。だが降谷は微動だにしない。
「何故、そう思った?」
「花桐邸へ盗みに入るときに出した予告状だ。癒柚木美術館の時と違い、俺は花桐邸にだけ予告状を送った。つまりサツは俺が花桐邸に侵入することを知らなかったはずだ。誰かがサツに通報しない限りはな」
「おいおい、それなら花桐夫妻が電話したと考える方が自然じゃないか?どうしてオレなんだよ」
「花桐夫妻の娘虐待は、調べればすぐに証拠が出て来るレベルだ。娘の部屋にある傷に、家具の破損。証拠なら腐るほどあった。にもかかわらずサツに電話するって事は、虐待を自首してるのと同じことだ。だからあり得ない。となると、残るは二ノ宮か、お前だ」
「なるほどな。確かにそうだ。だがそれならオレより二ノ宮を疑うべきじゃないか?アイツは今回もずっと家に居た。電話しても誰にも気が付かれない。疑うなら二ノ宮の方だろ」
「ところがどっこい、それは無理なんだ」
ヘルズはポケットからUSBメモリを取り出し、降谷に見せた。
「二ノ宮の奴はな、仕事が早く終わったから情報収集がてら国のサーバーにハッキングを仕掛けてたんだ。今回は危なかったみたいだぜ。俺とチャルカが戦ってる間、一回も通信してこない程にな。だからアイツにそんな余裕はない」
「なるほど、それでオレなのか」
「まあ消去法だから確証はないんだが・・・・試してみる価値はある。で、どうなんだ?白か、黒か」
ヘルズは拳銃の安全装置を外しながら聞く。降谷はそれを見ると両手を上げて苦笑した。
「本当は答える義理なんてないんだが、本命に切られちゃ元も子もないか。分かったよ、答えは黒だ。オレは他の組織とも繋がっている。今回、花桐邸にヘルズが予告状を出した事をサツに伝えたのもオレが繋がってる他の組織からの命令だ」
「最初の質問を繰り返すぞ。お前、何重スパイだ?」
「お前の言葉を借りるなら、二重スパイだ。オレはここの他に、もう一つの組織に所属している。ただし本命はこっちだ、勘違いするな。オレはただ、自分の目的のためにその組織を利用しているに過ぎない。花桐邸の通報は、組織に信頼されるためにやったことだ」
「その目的っていうのは?」
「残念ながらそれは言えないな。じゃあ、そろそろオレは行くぜ」
降谷が屋上から出て行こうと、入り口に向かって歩き出す。その背中に、ヘルズは声を掛けた。
「おいニセ教師、取引をしようぜ」
降谷が首だけ振り返った。ヘルズはUSBメモリを振って見せる。
「この中には、二ノ宮が国家のサーバーをハッキングして手に入れた、日本という国の最新情報、及び国家機密が入っている。売れば1億円は下らない代物。俺が提供できるのはこれだ」
「オレは何を提供するんだ?まさかもう一つの組織の情報をこっちに送れと?」
「そのまさかだ」
ニヤニヤ笑っている降谷とは逆に、ヘルズはもう笑っていない。
このままだと、こちらが圧倒的に不利だ。花桐邸の予告状を警察に電話するように組織が言ったという事は、降谷はこちらの状況を組織に逐一報告している事になる。敵に情報が筒抜けな現状、いつ襲撃を受けてもおかしくはない。なので、こちらも敵の情報を逐一報告してもらおうという案だ。
「どうだ、乗るか、反るか」
降谷はしばらく考えこむような仕草をしたのち、ニヤリと笑った。
「いいぜ、乗ってやるよ。天才怪盗ヘルズ・グラン・モードロッサ・ブラッディ・クリムゾン・ライトニング」
「交渉成立だな」
ヘルズは降谷に歩み寄ると、その手を取った。降谷もその手を握り返し、固い握手をする。
「じゃあ、オレはそろそろ行くぞ。あと5分でホームルームが始まるんでな。お前はどうするんだ?」
「下校時間までここで黄昏てるとするよ。じゃあな」
「授業に出ろ、黒明弐夜」
降谷があえて本名で呼んでくる。ヘルズは顔をしかめた。
「いいんだよ、担任教師。俺は4時間以上授業を受けたら負けだと思ってるから。というか、もうホームルーム始まるぞ。ほら、さっさと行った!」
「チッ、お前、通知表がどうなっても知らないぞ――――」
降谷が捨て台詞を吐きながら去っていく。ヘルズはそれを一瞥すると、柵に寄りかかり、黄昏始めた。
――――青空が綺麗だな。
ヘルズは素直にそう思った。
放課後、新聞記者たちからどうにか逃げ切り、姫香は校門に向かっていた。犠牲になったクラスメイトのためにも(記者を押さえる壁となって、姫香を逃がしてくれた)、捕まるわけにはいかない。
「あ、見えました。あれが昨日ヘルズが誘拐した少女、花桐姫香さんです!」
やはりというかなんと言うか、校門にも記者が殺到していた。このままでは校門から出られない。
(どうしよう)
姫香は思案する。別に両親からは虐待がエスカレートした時点で愛着などないので何を聞かれても構わないが、ヘルズの情報を話すわけにはいかない。自分を救ってくれた彼に、これ以上迷惑を掛けたくはない。
「花桐姫香さん、ヘルズに誘拐された時の気持ちをお聞かせ下さい!」
「ヘルズを見たんですよね、ヘルズは何者なんですか、教えてください!」
「何でもいいから一言どうぞ!」
よく言えば馴れ馴れしく、悪く言えば無遠慮に、彼らは姫香に質問の波をぶつける。頭が混乱する。姫香が何かを言おうと口を開いた時、その体が担ぎ上げられた。
「えっ?」
見ると、ヘルズが姫香の身体を横抱きに抱えている。姫香はそれを見てあの時の光景を思い出し―――――、
顔が真っ赤になった。
「きゃーーーー!」
後ろから女子生徒の歓声が聞こえる。一瞬呆気に取られた記者たちも、すぐに我に返ってカメラを構えた。
「まさか、被害者の彼氏か⁉」
「彼氏さん、一言お願いします!」
記者たちがシャッターを切ろうとしたその時、一台の車がクラクションも無しに突っ込んで来た。記者たちは慌ててそれを避ける。
「ナイス、二ノ宮!」
記者たちが怯んだ隙にヘルズは車に向かって走りだした。力強く地面を蹴り、タイミングよく開いた後部座席に転がり込む。転がりながら姫香を後部座席に投げ込み、足でドアを閉める。
「おい、彼氏の写真撮ったか⁉」
「いえ、車が突っ込んで来たせいで取れませんでした!」
「おい君、我々を轢き殺すつもりか⁉」
一人の記者が運転手に詰め寄ると、運転席の窓が開いて、サングラスをした二ノ宮が顔を出した。その美貌に、文句を言った記者も一瞬絶句する。
「殺す? 何言ってんの。新聞記者とゴキブリは、車で轢かれたくらいじゃ死なないわよ」
二ノ宮はその美貌からは考えられない暴言を吐くと、女は力強くアクセルを踏んだ。車が発進し、校門を通過する。
「あ、あの、二ノ宮さんは・・・」
「外に出ない、とでも思った?私だって、必要な時には外に出るわよ。例えば、姫香ちゃんの救出とか」
二ノ宮が、悪戯が見つかった子供のように笑った。しかし姫香は首を振った。
「いえ、そうじゃなくて、二ノ宮さんは、免許、持ってるんですか・・・・」
「え、持ってるわけないじゃないそんな物」
「は?」
平然と答える二ノ宮に、姫香は呆気に取られて何も言えない。
「この車だってもちろん盗難車よ。当たり前じゃない」
「いやどこが当たり前なんですか!」
やはり二ノ宮もヘルズの一味なんだな、と姫香は思った。
「今からヘルズの家で姫香ちゃんの歓迎パーティーやるからね。ヘルズの一味にようこそ、っていう」
「え、いや、でも私は」
「大丈夫、無免許の人が運転してる盗難車に乗ってる時点で既に貴方も犯罪者の仲間入りよ、姫香ちゃん」
「それ全然大丈夫じゃないですよね⁉」
二ノ宮の言葉に突っ込みながらも、姫香はそれを心地よく感じていた。
―――新鮮だな。
今思えば、ここまで気兼ねなく人と話せたのは初めてかもしれない。これも全て、ヘルズのおかげだ。
――――ヘルズが私を解き放ってくれたから、私は自由になれた。
姫香は隣でルービックキューブをいじっているヘルズを見た。ヘルズは姫香の視線に気が付くと、「どうした?」と聞いた。
「いえ、何でもないです」
「やるか、この『5分以内にクリアできないと発火する超危険なルービックキューブ』今4分30秒で、一面も出来ていない」
「嫌ですよ⁉ というかあと30秒で発火するじゃないですか!」
その時、段差があったのか車が揺れた。姫香の頭が横に居るヘルズの肩に倒れこむ。瞬時に顔が真っ赤になる。
「す、すみません」
「いや、別に構わないぜ」
ヘルズはそう言ってルービックキューブに取りかかる。姫香はヘルズの肩に頭を付けたままヘルズに尋ねた。
「あの、しばらくこのままでもいいですか?」
「? ああ、構わないが」
「ありがとうございます」
姫香の身体が、ヘルズの方に倒れこむ。
――――なぜだろう、彼にもっと触れていたい。彼を見ていると胸が高鳴る。
自分でも分からない感情。この感情は何だろう。分からない事がもどかしい。
ヘルズの熱か、はたまた自分の体温か。意識がだんだんと薄れていく。
―――自分は、今幸せだ。
今だけ、今この瞬間だけ、姫香は自分自身が『価値ある存在』だと感じた。
今回で一章終了となります。次回は姫香の歓迎会です。その次から二章に入ります。今後とも応援よろしくお願いします。




