テロリスト掃討戦①
「聞こえなかったのか? 俺こそが最近世間を騒がせている天才怪盗、ヘルズ・グラン・モードロッサ・ブラッディ・クリムゾン・ライトニングだ」
「え、えっと・・・」
女は困惑している。まあ無理もない。今までヘルズの真名を聞いても平然としていた者はいない。大抵今のように困惑するか、「え、何だって?」と聞き返してくるのがオチだ。
「まあ長いからヘルズでいいさ。すまないな、初対面の相手には何となくフルネームで名乗りたくなるんだ」
「そ、そうなんですか」
そこでようやく女は落ち着きを取り戻したようだ。
ーーーというかこの女、どこかで見たことあるな。
(どこだっけ)
ヘルズは記憶力がいいようで悪い。少なくとも、自分の作った必殺技(その数は200を越える)を全て覚えている。ただし、昨日食べたカップラーメンの種類を覚えていない。
(誰だっけ・・・三丁目の向井沢さん? いや違うな、あの人は今夫婦喧嘩でやらかして少年院に居るし・・・隣町の峰岸さん? いや違う、あの人はかの有名な『峰岸事件』で日本を離れたって噂だし・・・)
ヘルズの頭に、今までに関わった一般人(?)が駆け巡る。
「あの、ヘルズさん?」
考え込んでしまったヘルズに、女が声を掛けてくる。
「ん? ああ、どうした?」
「えっと、ここであったのも何かの縁なので、一応名前だけでも知っておいてもらおうかなとーーー」
「そうだな。いい考えだ」
ナイスタイミング!
ヘルズは心の中で拳を握りしめた。誰だか忘れていた所だ。
「わ、私は伊藤真理亜と言います。名字に結構多いあの伊藤に、真実の真、理科の理に亜熱帯の亜で、真理亜です」
「なるほどな」
ーーーコイツ、姫香と一緒に自己紹介をしに来た、あの女だ。
名前を言われてようやくヘルズは思い出す。そうだ、降谷と報酬について揉めていた時に挨拶に来た、あの3人の中の一人だ。
ヘルズが思い出していると、真理亜が「ほら沙織も!」と後ろの女に声を掛ける。後ろの女が、前に出てくる。
「え、えっと、私はーーー」
「片道沙織だろ。知ってるよ」
確かそんな名前だったはずだ。『片道』という名字など珍しいので、すぐに思い出せた。
すると、沙織は驚いた顔で聞いてきた。
「はい、片道沙織といいます。よろしくお願いします。・・・ところで、どうして私の名前知ってるんですか?」
(あ、ヤベ)
ついうっかりしていた。沙織の名前を知ったのはあくまで『黒明弐夜』という一介の学生であり、ヘルズではない。そもそも、『怪盗』としてのヘルズと沙織の面識はないのに名前を知っているなど、不自然すぎる。
「確かにそうだね。ヘルズさん、どうして分かったんですか?」
真理亜も不自然に気づき、ヘルズに聞いてくる。ヘルズは超高速で脳を回転させる。いい言い訳、何かないのか。
「そ、その、あれだよ。ほら、俺レベルになると死神の目みたいな能力が時々発動するんだよ。な、知ってるだろ? 死神の目。あれのおかげだよ」
真理亜と沙織はポカン、としている。だが無理もない。本当に無理もない。今の嘘は本当に見苦しい。
「ま、まあそんな訳でだなーーー」
ヘルズが無理矢理言いくるめようとしたその時ーーー
「おい、そこで何をしている⁉」
テロリストが現れた。
某RPGのようになってしまったが、至って真面目だ。手にはMP5を構えており、その顔には覆面。今回の事件におけるテロリストの正装だ。
「きゃあ!」
真理亜が叫び、床に伏せる。沙織も目に恐怖を浮かべて、真理亜に続く。だが、
ーーーナイステロリスト!
ヘルズは内心で大喜びしていた。話が中断された。これでもう名前を知った件について追求される事はない。
ヘルズが沙織の名前を知っていた事に関する言い訳と、目の前にいるテロリストを倒すこと。どちらが簡単かと言えばーーーー
(断然、テロリストを倒す方だろ!)
敵がヘルズを視界に捉え、引き金を引くーーーよりも速く、ヘルズは動く。弾かれたように直線上に走り、スピードを緩めずタックルをくらわせる。
「ぐおっ!」
相変わらず無様なうめき声を上げながら、敵が吹き飛んでいく。ーーーテロリストは無様なうめき声を上げなければならないルールでもあるのだろうか。
「またワンパンか。大丈夫かコイツら。テロリストつったら強いイメージがあるんだけどな。桂小太郎とかナイトレイドとか」
いや、ナイトレイドはテロリストじゃなくて革命軍か、などとヘルズは呟きながら、吹っ飛んだ敵の身体に指を突き入れた。グチュリ、というグロテスクな音が響き、ヘルズの指が敵の身体の中に入る。
「コイツはきっと大丈夫そうだが、年のためーーーー」
躊躇いもなく指を抜く。そして指先についた血をなめながら、敵の傷口を確認する。その傷はーーー治らない。
「コイツは違うのか」
どうやらこの敵は『細胞強化プロジェクト』の被験者ではないようだ。
『細胞強化プロジェクト』によって能力を手に入れた者は、大きく分けて2つの能力に分類される。
回復系と攻撃系だ。
回復系は名前通り、自分の身体を修復、再生する能力の事だ。《人工ナミウズムシ》や《人工不死鳥》などがこれに当たる。
攻撃系も名前通り、自信の肉体を強化するものだ。これはほぼ全般である。ゴリラやカンガルー、ゾウにクジラ・・・なんでもござれだ。
ちなみにヘルズの持つ《人工吸血鬼》はその両方を兼ね備えている、稀有な能力だ。この事からも、いかに吸血鬼が強いかが分かる。
「人外解放状態ではない俺の指が通るほどの肉体の脆さ、そして怪我をしても回復しない・・・間違いない、ただの人間だな」
診断を終えると、ヘルズは立ち上がる。雑魚に興味はない。さっさとボスを潰して、家に帰りゲームをやる。今はそれだけだ。
「そう言えば、あの二人はーーー」
後ろを振り返ると、真理亜と沙織は抱き合った状態で座り込んでいた。ーーー二次元ではありがちな光景だが、実際に見ると少し異様な感じだ。
「おい、大丈夫か。敵はもう倒したぞ」
ヘルズは声を掛けながら、二人の元へ戻る。二人は最初警戒していたが、ヘルズの姿を見ると肩の力を抜いた。
「ああ、ヘルズさんか・・・」
「私達、助かったのね・・・」
やはり一般人から見ればテロリストは怖いのだろう。二人は安堵の息を吐くと、やや躊躇いがちに立ち上がった。
「ん?」
その時、ヘルズは真理亜が腰に服らしき物を巻いているのを見つけた。しかも服は血にまみれている。
「どうしたんだ、それ?」
ヘルズが真理亜の腰を指差しながら聞くと、真理亜は「ああ、これですか」と腰の服をほどき、ヘルズに見せる。
それは、真っ赤なレインコートだった。
服の至るところに血が付着し、到底着られる代物ではない。どこをどうしたらこれだけの血が着くのか、今まで数々の修羅場を潜ってきたヘルズですら想像もつかない。
「さっき廊下に落ちてたのを拾ったんです。警察が来たときとかに使えるかな、って思って一応拾っておいたんです」
よくもまあそんな危なそうな物を拾えるな。
ヘルズはそう思ったが、あえて言わないでおいた。代わりに、レインコートについて、もう少し掘り下げて聞くことにした。
「どこら辺の廊下に落ちてたんだ?」
「えっと、確か上の階だったような・・・どうしてそんな事聞くんです?」
「いや、ただの興味本意だ。深い意味はない」
真理亜にキョトンと顔を向けられたので、とりあえず不安がらせないようにしておく。だが頭では、別の事を考えていた。
(これだけの血の量、尋常じゃない。おそらく20~30人、最悪1クラス全員死んだ可能性が高いな・・・チッ、面倒な奴らが来たもんだな)
いくら裏社会の住人であろうと、ヘルズも人間だ。これだけの人数が死亡すると少しは心が痛む。
「あ、あの、ヘルズさん」
思考中のヘルズに、沙織が話しかけてくる。
「どうした?」
「そ、その・・・」
沙織は一瞬目を伏せると、すぐに真剣な目になってヘルズを見た。
「私達にも、なにか手伝えることはありませんか?」
「何?」
「このまま何も出来ないのは嫌なんです。お願いします、私達にも協力させてください」
そう言うと、沙織は頭を下げてきた。遅れて、真理亜も頭を下げる。
「わ、私も、手伝いたいです。そ、その、ヘルズさんと協力して何かをやりたいっていうか、その、何というか協力したいです。お願いします!」
ヘルズはそれを聞いて、静かに考えていた。
(確かに戦力にはなるかもしれない。武器の調達、生徒の避難誘導、色々使える。だが、果たしてこんなか弱い一般人を、巻き込んでもいいんだろうか?)
ヘルズは駄目人間だが、無関係な人間は極力巻き込まないようにはしている。それは彼にとってのルールであり、それを破ることはほとんどない。
つい先日、『血まみれの指』のリーダー、北見方との最終決戦の際、人の少ないグラウンドで戦うことを承認したのも、そういう理由がある。
(だが、事は一刻を争う。ここでコイツらを使わなかった事で、さらに一般人の犠牲が増えたら本末転倒だ。ならば仕方ねえ、使うしかないか)
「仕方ねえ、いいぞ。協力してくれ」
すると、真理亜はパッと顔を輝かせた。
「いいんですか⁉」
「ああ、ただし危なくなったらすぐに安全な場所に逃げ込め。お前らの安全は99%俺が守る。だから残りの1%は自分で守ってくれ」
それが彼女たちを使うヘルズの義務だ。
「「はい!」」
ヘルズの言葉に、真理亜と沙織は大きく頷いた。
次回は11月29日更新予定です。




