ヘルズの切り札
「休学⁉ どうしてだよ⁉」
「妾にも分からん。妾もその頃、アニメのイラストが忙しくて、絶賛引きこもり中だったからな。何でも今から2週間ほど前に、休学届けを校長に提出した事しか妾は知らんのう」
2週間前といえば、ちょうどヘルズが『血まみれの指』と死闘を繰り広げていた直後である。これはきっと、偶然ではないだろう。ヘルズは顎に手を当てる。
「これはまずいな」
まずい、かなりまずい。この学校には、北見方と同じくらい真面目な人間が数人いる。もしそんな奴らが生徒会長になったら、間違いなくヘルズの不登校は問題になる。
「ああ、全くじゃ。おかげで今、北見方勢力には大きな乱れが出来ておる」
「そんな勢力があるのか⁉」
北見方の表の顔は、一介の生徒会長。ただそれだけで、勢力が出来るのだろうか。
「もちろんあるとも。ちなみに北見方を生徒会長に推していた『北見方勢力』のメンバーが6000人、北見方が生徒会長になるのに否定的な『反北見方勢力』のメンバーが4000人じゃ」
「総勢1万人、生徒の人数越えてんじゃねえか! 生徒会長1つに他校の生徒を巻き込むな!」
うちの学校の総生徒数は、800人程度。つまり、残り9200人の人間が、外部の人間という事になる。
「ちなみに、どちらにも属さない『カップラーメン勢力』という物もある」
「いいぜもうそれにしようぜ! その方が平和で皆万々歳だ!」
というか、なぜここでカップラーメンが出てくる。
「まあカップラーメンの冗談はさておき」
「冗談なのはカップラーメンの話だけかよ! 北見方勢力の話も冗談だろ!」
たかが生徒会長一人のために、1万人もの人間が総動員する。
下手をすればアイドル以上だ。
「? お主が何を言っているのかは分からんが、話を続けるぞ」
綾峰が不思議そうにヘルズを見てくる。ヘルズは慌てて頷いた。ヘルズが頷いたのを確認すると、綾峰は口を開く。
「お主、鏖という組織は知っておるか?」
「ああ、知ってるぜ。確か関西最強の暗殺組織だろ。『血まみれの指』には劣るものの、かなりの数の改造人間を有しているとか」
実際に会った事はないが、噂だけなら聞いたことがある。武力による闘いを好む組織で、関西では一目置かれている組織だったはずだ。そんな大組織に何があったかは知らないが、まあ大きな事ではないだろうーーー
「その組織が、壊滅した」
「・・・・・は?」
呆気に取られるヘルズに、綾峰は続ける。
「敵は1人。怪我の具合から、おそらく使われたのは小型のナイフだと推定されるのう。しかも被害者の証言によれば、そ奴は1分も掛からずに組織を壊滅させたらしいぞえ」
「嘘だろ・・・」
ヘルズは絶句した。そんな芸当、出来るはずがない。
それは、一般人が目隠しをしてウルトラマンを1分で倒すのと同じくらい、不可能な挑戦だ。
そんな不可能な芸当が出来る人間などーーー
「第六期暗殺者主席」
驚愕して脳の回転が止まりかけていたヘルズの頭に、綾峰の言葉が突き刺さる。
「『最強の犯罪者』に、『歴代最強の暗殺者』とまで言わしめた奴なら、そんな芸当も可能かもしれんな」
つい先日、『最強の犯罪者』と話した事が蘇る。
『第六期暗殺者主席が、お前の元に向かっているという情報が入った』
『気を付けろ。奴はお前を狙っている。四六時中、辺りに気を配れ。さもなければお前は死ぬぞ』
関西最強の組織を瞬殺できる化け物が、自分を狙っている。
もはや、恐怖でしかない。
「なあ、俺はそいつに勝てると思うか?」
不安になって、ヘルズは聞く。綾峰は首を振る。
「残念じゃが、今のお主の力では勝てん。パーセンテージにして、0.1~1%程度。要するに、ほとんど勝ち目がないと言うことだの。いくらお主でも無理がある。もし奴が迫ってきたら、全力で逃げることを妾は推奨するぞ」
「そうか・・・・」
ヘルズはこれでも、第六期怪盗主席だ。それに加えて、人を越えた身体能力を有している。綾峰の発言は、それを理解した上での物だろう。
「やっぱり、今の俺じゃ駄目か」
落ち込んだ様子のヘルズを気の毒そうに見て、綾峰がボソリと呟く。
「そう悲観する事はないぞ。まだお主には切り札がある」
「切り札?」
人工吸血鬼の能力も含めて、ヘルズは自分の力をよく分かっているつもりだ。そしてヘルズの知る限り、1%以下の勝率を大幅に上げられる切り札などない。
では、切り札とはなんだ。
「そんな物があるのか?」
「あるとも。お主の体にな」
そう言うと、綾峰はヘルズの体を指差した。
「お主の体には、人工吸血鬼の細胞が含まれておる。それによってお主は超絶的なステータスを手に入れた。ではヘルズ、このステータスから更にお主がパワーアップするには、何をすればいいか知っておるか?」
「血を飲む事だろ」
この力は、血が深く関わっている。ヘルズが時々輸血パックで血を補給するのも、その一環だ。
「そうじゃ。お主の体内中の血液の量が多ければ多いほど、お主の力は強くなる」
綾峰はそこまで言うと、ポケットからゼリーを取りだし、口に入れる。
「そして、お主が通常の10倍ーーー1000%の血液を体内に有したとき、ある状態となる。妾達はそれを『吸血鬼の覚醒』と呼んでおる」
「『吸血鬼の覚醒』ーーー」
正直、話が飛躍し過ぎてついていけない。だが、1つだけ分かることがある。
『吸血鬼の覚醒』超かっけえ。
「その状態になったら、俺は奴に勝てるのか?」
「100%勝てると断言してもよいぞ。ただ、問題なのはその血の量じゃ。900%の血液など、そもそもどうやって用意するのだ?」
確かにそうだ。だが今はそんな現実的な話をしている暇はない。格好いい単語が現れた。ならば、そこ一点にスポットライトを当てるのは、厨二病の性だ。
「『吸血鬼の覚醒』状態になると、どうなるんだ?」
ヘルズはやや興奮気味に聞いた。ちなみに先程までの話題はもう忘れた。今大事なのは、あくまでも『吸血鬼の覚醒』であって、第六期暗殺者主席だろうが北見方だろうが、今はどうでもいい。
綾峰はそんなヘルズを哀れみの籠った目で見ると、遠い目をした。
「『悪夢』じゃな」
「悪夢?」
切り札が悪夢とか、どんなキャラクターだ。
「この能力になったが最後、全てのステータスが限界を越える。人という枷から完全に解放され、蹂躙の嵐を起こせるのじゃ。腕を振るだけで山を砕き、たとえミクロンレベルまでバラバラになっても再生する回復力を持つ。まさに、生きる殺戮機。それが人工吸血鬼の奥義じゃ」
ヘルズはーーー戦慄していた。
そんな力、一介の怪盗が有していい力ではない。
日本は第二次世界対戦以降、一度も戦争を行っていない国だ。
数年前に憲法が改正されてようやく認められるようになった自衛隊を除けば、日本は一切の力を持っていない弱小国。
そんな国に、核ミサイルのような人間が現れたわけだ。
「・・・ひょっとして俺の存在って、憲法違反じゃね?」
憲法第9条の『戦力の不保持』に、全力で反抗している気がする。
嫌な汗を流しているヘルズに、綾峰がポンと手を置く。
「安心せい。そんな事を言えば、妾達は全員憲法違反ではないか」
「あ、そうか」
『最強の犯罪者』の弟子は、人間の数倍、もしくは数十倍の戦闘能力を持っている。ヘルズにあっさり倒されたチャルカも、常人の30倍の身体能力はあったはずだ。
それに、改造人間とか完全に憲法違反だ。
「それに、犯罪者がそんな事を気にしていてどうする。憲法とか法律とかいちいち気にしていて犯罪者がやっていけるのか? らしくないぞえ、ヘルズ」
それもそうだな。
「じゃあ、妾はここで失礼するぞ。久々に学校に来たのじゃ、降谷にも挨拶しておかんとのう」
「そうだな。じゃあ俺も帰るわ」
「お主は授業に出るのじゃ、ヘルズ。一介の学生が部屋に引き込もってゲーム三昧など、非健康的でうらやましい生活は駄目じゃぞ」
「おい本音出てるぞ」
というかアンタも引きこもりだろうが。
「少なくとも、ロングホームルームだけは出ておいた方がいいぞえ。もうすぐ文化祭だから、それについて色々決めるらしいからの。出ないと押し付けられるのがオチじゃぞ」
「確かにな」
面倒だが、出ておいた方がいいだろう。
「では失礼するぞ、ヘルズ」
綾峰は背を向けると、屋上から出ていった。それを見届けると、ヘルズは空を見上げた。
「さて、帰って寝るか」
前言撤回。
やっぱりそんな物、出なくていいや。
次回は10月30日更新予定です。




