第2話 ぼったくろう!
がやがやと騒がしい《大阪の街》の中心地である神殿の前に広がる広場。そこに、複数のギルドマスターが集っていた。
なんやなんや、と何が起こるのか興味津々な無所属なプレイヤーや、参列していないギルドマスターの取りまとめるギルドメンバーがいる中で、現地人は日々の生活で忙しいのか、横目で眺めるだけに留めている。
この《大阪の街》の現地人――所謂NPCは大阪弁や関西弁を話すわけではなく、標準語を話すよう設定されていた。
理由としては簡単で、製作者が現地の言葉に深くないのと、他地域のプレイヤーたちが方言に気を悪くする可能性があるからだ。
「俺らは、ゲームの中に入ってもうたらしい。いまんとこ、たぶん絶対ログアウトはでけへんようなってる。だから、俺らのギルドは同盟を結ぶことにした! ここに並んどる奴ら全員、同盟に参加する奴らや! ここにおらんとこで入りたいって奴はこの後、この同盟を纏めることんなった【龍虎戦闘団】団長の俺んとこに来い!」
右腕を高々と掲げ、宣言する。
彼は【龍虎戦闘団】と呼ばれる大阪最大手ギルドの団長だ。ギルドの構成人数は300人を越えており、その半数以上が110レベルに達していた。
リアルにおいて、掲示板にも頻繁に攻略情報を載せたりしていた強者の集まるギルド。
《大阪の街》にいるプレイヤーで、彼らのことを知らぬ者はいない。それほどまでに知名度が高く、【アホで愉快な仲間たち】と比べるべくもない圧倒的知名度を誇っている。
そんな、【アホで愉快な仲間たち】は現在、この演説の聴衆の中に紛れていた。
「はぁ? ようこんなめんどいことできんな」
「それな! ようやるわ、あいつ」
口々に罵倒しては、周囲にいるプレイヤーに奇異の目で見られる。
彼ら――周囲の者にしてみれば、「なに言うてんのこいつら。龍虎戦闘団知らんの? マジで? アホちゃん」である。
当然、知らない者と言えば初心者に限られてくるのだが、装備からしてそれはない。何故なら、課金アイテムでその身を包んでいたからだ。
ああ、こいつらは課金厨か、と。
そんならしゃーないか、と。
このゲーム、課金アイテムは全て取引禁止アイテムに指定されている。そのため、課金しなければ手に入らない。故に、こいつらは身内で楽しむだけの奴ら、という認識が、周囲の総意となった。
まぁ、それは全くの見当違いであるわけだが。
いくら知名度の低い【アホで愉快な仲間たち】と言えども、そのステータスは抜群であり、さらに言えば最古参メンバーと言っても差し支えがない。
彼らのことを知らない周囲の者たちこそ、ゲーム時間が足りないようだ。
その証拠に、と言ってはなんだが、【龍虎戦闘団】のギルマスである演説中のレオンは、声でかいねん、と思いながら苦笑いを浮かべている。
「帰ろ」
「そうやな」
【アホで愉快な仲間たち】であるメンバーの1人が離れて行くと、続けて残りの11人も去っていく。この話は彼らにとっても重要なのだが、全く気にしていない。
ハンドルネームに本名を当てていることからも、そのアホさ加減が窺えた。
去っていく彼らの背を見ながら、あとで呼び出そう、と心に決めたレオン。
呼び出すのには理由があり、彼ら12人は《躍動の森》から帰って来たばかりだから、その検証結果を提供してもらおう、という腹積もりだ。
とはいえ、俺も入る、と声をかけてくる見知らぬギルドマスターや無所属の者の相手をしているため、当分は忙しくなるだろう。
いつ呼び出すか、頭の片隅に置きながら対応していく。
そんなレオンを憐れみの目で見ながら、龍樹は仲間と共にギルドホールへと入った。
「それにしても雑魚かったなー!」
ギルドホールに入ると、リビングで既にメンバーはくつろいでいた。
それぞれに感想を言い合い、スキルを使う感覚もゲームの頃と変わらないと判断する。
龍樹はそれらを耳にしながら、手紙を打ち込んでいく。リアルタイムで会話できる電話のようなものは存在しないけれど、手紙、という機能はある。その機能が全て使えるのかどうかの確認し、送信した。
宛先はレオンだ。憐れなレオン。可哀そうなレオン。よくわからない連中を纏めるよくわからない同盟のよくわからないリーダー的存在になってしまったレオン。
彼は、レオンの傘下に入るつもりなど毛頭なかった。
それは当然とも言える。
ギルド同士の対抗戦などはないが、自分たちでそういうことをすることはできる。安全地帯である街から出れば、フレンドリーファイアができるこのゲームではPKも容易い。
PKをギルド対抗で行い、どちらが強いのか、というものを過去に幹部連中のみでひっそりと行ったことがある。
その結果、《大阪の街》に本拠地を構える3大ギルド、【龍虎戦闘団】【フェニックス楽団】【大阪の陣】の幹部を相手にした、【アホで愉快な仲間たち】12人VS3大ギルド幹部24人の戦いは、【アホで愉快な仲間たち】が圧勝した。
つまり、幹部連中では有名な話なのだ。彼らが強いことは。ただの構成員に対しての知名度は低いだろうが……。
そういう経緯があり、龍樹は完全に他の者を舐めているため、同盟には参加しないと決めている。他のメンバーに聞いても、先ほどの様子を見ていた限りでは同じ答えが返ってくるだろうし、聞かなくていいと判断した。
「龍樹、なにやってんの?」
「いや、なんもないで。レオンに手紙やっただけ」
「あ~、アレか」
「そうそう。で、これからどうするか決めたん? なんもすることないやん」
そう、何もすることがない。
そろそろこのゲームも卒業するか、というところで大型アップデートが来てしまったために、彼らはログインした。これが最後になる、と思って。
ところが……、そんな最後は訪れなかったのだ。
海外サーバーにまで足を運んだ経験もあるし、ほぼ全てのエリアを網羅した。そんな彼らに遥かなる冒険のその先へ、などと言われても困る。
はてさてどうするか。
僅か数秒で大ボスを倒す実力を持つ彼らは、これこそ最難関クエストに違いない、と苦笑を浮かべた。
その矢先――、一通の手紙が龍樹の元に届いた。
手紙の差出人を見てみれば、レオンと書かれている。
「もう返ってきたん? あいつにしては珍しいな」
「それなー。そんで、なんて書いてあるん?」
興味がそそられるのか、猫族である美月と犬族である林檎が龍樹の後ろから覗き見た。ちなみに、龍樹はレオンと同じく龍族だ。
「え~っと……」
手紙を読み進めて行くと、序盤は情報提供に感謝する旨が書かれていたけれど、中盤から様子がおかしくなっている。
曰く、妹が見当たらない、と。
書かれていた内容によれば、今日、妹が初めてこのゲームをする予定だったという。初めてログインしたのであれば、《東京の街》からスタートしていることだろう。
何を慌てることがあるのか、と読み進め、フレンド登録もギルド登録もできていないことが書かれていた。
それもそうだ、と3人は頷く。
ログインして間もないのにフレンド登録やギルド登録ができるはずがない。
「要は妹を探して連れて来てほしいってことか?」
「そうやろなぁ。めんどくさ」
でも、いい暇つぶしにはなるのではないだろうか。
龍樹はすぐに返信の手紙を送る。内容は、了承を示すもの。
「みんな! ちょっと東京行こか!」
龍樹は告げる。レオンの妹が《東京の街》にいるため、探し出してレオンの元に届けることを。
「そうか~。まぁええんちゃう?」
「うん。いい暇つぶしになる」
「ついでにレオンからぼったくろ」
最後に人族である理沙の言った言葉に、全員が頷いた。やはり金が全てなのだ。金さえあれば何でもできる。
なんか一気に勢い落ちた感じがしないでもない……。
なんでかなぁ。




