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悪名高き魔女の恋  作者: 高八木レイナ


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城への潜入

 支度をしろと言われたので、ロイはゲイルに言われるがままに、必要なものを準備していく。


『まずは、大量の紙と、羽ペンとインク壷が必要だ』


 そのくらいなら家にたくさんある。


「はい。用意しましたよ、ゲイルさん」


 ロイは、ゲイルの待つ秘密の部屋の机の上にそれらを置いた。


『では、大きめの革袋と、小さめの革袋をひとつずつ。それに長くて頑丈な縄と、鉤爪。さらに、縄もいくつか必要だな。――ああ、忘れるところだった。金槌と、短剣も、念のため用意してくれ』


「……それって、何の意味があるんです?」


 さすがに、ロイも当惑を隠せない。

 ゲイルは落ち着いた声音で言う。


『王城は、この時代にしては、かなり堅牢な造りになっているな。王都は城壁で囲まれているし、さらに城のまわりには水堀まで備えている』


 ロイは黙り込んだ。ゲイルの言うとおりだったからだ。


『丘の上に建てられているから、敵兵が攻めてきた時には、兵士たちはいち早く発見できるだろう。この町は、護りに特化した城塞都市と言えるな。万が一、敵が城壁をやぶって城下町に侵入してきたとしても、城の跳ね橋をあげれば、たやすく入ってはこられない』


 ロイは表情を引き締めた。

 城に攻め入るのは、難しい。


(こっそり侵入することだって、ぼくに、できるかどうか……)


『だが、だからこそ、死角はある。誰も入ってこられるはずがないと、見張りも油断しているからな』


 心臓が嫌な音をたてる。

 ロイは唇を噛みしめて、じっと禁書を見つめた。


「……勝算は?」


『わからない。そもそも、これは私の戦いじゃなく、きみたちの戦いだろう。私ができることなんて助言くらいだ。物事がうまくまわるかどうかは、ロイ――きみの動きにかかっている』


 ロイは、言葉を発することができない。


『今日はもう遅い。明朝、動くぞ。それまで、身体を休めていろ』


「そんな悠長なことを言っている時間なんて、ありませんよ……っ」


 じっと過ごしているだけで、刻一刻と、終わりの瞬間がせまっているのだ。


『……私は、いまは、この部屋から出るわけにはいかない。精霊たちが魔力に反応して、この町に集まりつつある。私が外に出れば、私の周囲で魔法を行使しただけでも、気づかれる可能性がある。それでは駄目なのだよ』


 ゲイルは、どこか苦痛をこらえているような声音でこぼした。

 ――きみの動きにかかっている。

 その言葉が、急に、ロイの胸に沁みてきた。

 ロイは独りで、動かなければならないのだ。


(そうだ……。この世界に生きる者たちの問題をゲイルさんに――旧時代のひとに、押しつけるわけにはいかない)


 助けて欲しいと思った。けれど、それは他力本願なことだ。

 わずかな間でも、彼を利用してでも、助かりたいと願ってしまった。

 こうして助言をくれるだけでも、ありがたいと思わなければならない。

 ロイの考えていることが伝わってしまったようだ。

 ゲイルが、かすかに笑う。


『本当は、私も一緒に行けたら良かったのだが。……すべてが、危うい均衡で成り立っている。私が視える未来は、鮮やかに見える部分もあれば、おぼろげにしかわからない部分もある』


「……それは、どういう意味ですか?」


 ロイは、困惑ぎみに聞いた。


『こう言えばいいだろうか。私が眺めているのは、一枚の大きな絵のようなものだ。近づいてじっと見ていると、何が描かれているのか判断できない。細かい部分は、絶えず色や形を変えている。離れていないと全体像がわからないが、一部が変わると、いきなり絵がすべて変わっていたりする』


「――それが、ゲイルさんの見える世界ですか」


『そうだ。だから、私はこれ以上、きみの選択に関われない。本当は、もっと色んなことを教えてやりたいのだが』


「……いいえ、これで、充分です」


 ロイは、心臓の辺りの衣をつかんだ。

 口元には、笑みを形づくる。


「ゲイルさんは、ここで待っていてください。必ず、戻ってきますので」


 禁書は詰めていた息を吐くようにして、こう言った。


『……期待している』



   ◇ ◆ ◇



 興奮して、とても寝付けないだろうと思っていたが、存外に疲れがたまっていたらしく泥に沈むように眠りに落ちた。

 夜が明ける前に目覚めると、ロイは食事を終えて、荷物をもういちど確認した。

 大きめの革袋を背負い、森の家を出て行く。

 ロイは、人通りのない門前道を歩いていた。

 丘に登るにつれて、地平線の向こうから朝陽が顔を出しはじめた。

 城下町にならんだ町家の赤煉瓦の屋根が、眼下にまばゆく照らされている。ロイは息を詰めた後、ひっそりと深呼吸した。


(もう2度と、見れない光景かもしれない……)


 その覚悟をもって行動していた。

 道の途中で、人目を避けるように草葉の生い茂る場所をぬって進んでいく。王城が目の前にせまっていた。

 ロイの足元には、深い堀がめぐらされていた。

 距離自体はさほどないので、泳いで渡ることは可能だろう。だが、問題は堀の向こう側にある城壁だ。

 高く険しい上に、上に向かうにつれて斜めになっている。足がかりになる部分が少なく、しかも城壁の角にある側塔からは、衛兵がつねに辺りを警戒して眼下を睥睨していた。


(こんなの、できっこない……)


 そう弱気になる心もある。

 だが、ロイはゲイルの言葉を信じていた。必ず、相手には隙が生まれる。その瞬間を、じっと待つのだ。

 背負っていた袋からひとつの革袋を取り出して、水堀をもぐる最中の空気として利用する。衣を着ていたら泳ぎにくいので、すべて脱いで背負っていた革袋に詰め込んだ。

 ロイは、木の幹に身を隠すようにして、息をひそめた。

 しばらくすると王城内にある建物から、白煙がたなびきはじめる。召使たちが、食事の支度をしているのかもしれない。

 ロイがじっと側塔を窺っていると、ふいに、衛兵が張りだした窓の中からすがたを消した。


(交代の時間だ……!)


 ロイは、その機会を見逃さなかった。思いきり、水堀に飛び込む。

 少しにごった水の中を潜り、どんどん城壁に近づいていた。途中で革袋の空気を補給して、必要なくなった皮袋から手を放す。

 城壁まで手が届く距離についたところで、ロイは水面に顔を出した。上部を見上げれば、まだ兵士が戻ってきていない。急がなければ。

 背負っていた革袋から、鉤爪のついた縄を取り出し振りまわした。

 普通に投げただけでは、とても届かない距離だ。


『麗しい風の乙女よ 我を導け』


 そう呪文を唱えると、投げた勢いともあわさり、下からの風を生む。

 鉤づめは、城壁の上部にある、のこぎり型の回廊のどこかに引っかかったようだ。

 その頃になってようやく、側塔に衛兵が戻ってきた。

 だが、衛兵はさすがにわずかに目を離した隙に真下に侵入者がせまってきたとは思いもよらないのか、遠い場所を監視している。

 ロイは縄をつかんで登りはじめた。

 体が濡れているため、普段よりも縄を登りやすい。

 ロイは側塔の間近までやってくると、呪文を唱え始めた。いつでも、攻撃できる準備を整えておくためだ。


(ごめんなさい、お師匠さま……! ぼくは、禁を犯します)


 本当は、攻撃魔法は使ってはいけないと教わっている。けれど、相手は訓練をつんだ兵士だ。腕っぷしで勝てるわけがない。

 眠りに誘う魔法は、平時でしか使えないのだ。

 相手が興奮状態にある場合は――たとえば戦闘時などでは、効果が薄い。最悪、効かないこともある。

 ロイはいきおいをつけて、窓から内部に飛び込んだ。そのまま、窓辺にいた兵士に体当たりする。兵士は、ぐおっと呻いてから、その場に倒れ込んだ。

 すかさず、ロイは相手に攻撃呪文をたたき込む。

 その場に伸びた兵士のそばに寄ると、ロイはとりあえず相手の息を確認して、深く頭を下げた。


「……すみません。もし、ぼくが生きていたら、後で謝りにきますので……」


 全裸での謝罪は、どことなくきまりが悪いものだ。

 大きな物音をたてて戦ってしまったので、誰かが気づいてきてしまうかもしれない。さすがに裸で応対することは居たたまれないので、すばやく衣装を着こむ。

 側塔は、さほどの広さはなかった。衛兵はひとりしかいなかったようだ。

 ひとつだけしかない扉に身体をつけて、何か物音がしないかを確認する。風の音しかしない。

 外から眺めたときに想像したように、のこぎり型の出っ張りに続く回廊なのだろう。

 ロイがそっと扉を押し開くと、思っていたとおり、まっすぐに通路が伸びている。突きあたりには、ロイのいる側塔と似たものがあった。

 緊張で浅くなる息を落ち着かせて、ロイは左手を見やる。

 左下に、外庭ツヴィンガーがあった。兵士たちが訓練をする場所でもあるのだろう。

 門衛棟のような建物や、曲線を描いた門もある。門の奥に見えているのは、王の庭に続く石階段だ。

 ロイは2階分ほどもある高さを、そのまま飛び降りた。風の精霊の力をかりて、地面に落ちたときの衝撃をやわらげる。

 さすがに、この辺りは衛兵の数も多い。

 そばにあった木の影に隠れて、ロイは周囲を警戒した。左手に別の庭に続く門がある。おそらく、使用人たちが使っているような建物に違いない。

 ロイはそちらに向かって、身を隠しながら進んだ。

 門を抜けてすぐに、背後から伸びてきた腕に絡みとられた。

 口元を男の手でふさがれ、もう一方の腕で、胴回りをがっちりと抱き込まれてしまう。


(しまった……!)


 見つかってしまったのだ。

 ロイは、頭から血の気が引いていくのを感じた。


(これで、もう、終わりだ。ぼくは、失敗してしまったんだ……)


「――黙って。静かにしていてくれたら、乱暴なことはしない」


 ロイの耳元で、男がささやく。

 その声音に混じる苦しげな吐息に、ロイは違和感をおぼえた。

 ロイたちがいるのは、門のすぐ脇にある女神の石像の陰だ。

 ロイは目まぐるしく、視線を周囲に走らせた。

 遠い場所では、使用人らしき者たちが歩いている。

 だが、ロイたちがいるところは日陰になっていて、向こうからはよく見えないだろう。

 ましてや、石像の裏だ。気づかれるはずがない。


(いや、声をあげて誰かに気付いてもらったところで、どうしようっていうんだ……!)


 そう考えてしまった自分自身に、ロイは苛立つ。

 いまは、侵入者はロイの方なのだ。まさか、誰かに助けを求めるわけにもいかない。


「僕が閉じ込められているあいだに、どうしてこんなことが……。町中に、異様なほどの精霊たちが集まっているじゃないか。何故、誰も、この異常さに気付いていないんだ……?」


 ロイを拘束している男は、大きく身を震わせて、そうこぼした。


(あれ……? この人って……)


 目の前にあった雲が晴れていくような感覚をおぼえる。

 ロイは、城下町で魔女ドルシアを匿っていた男の話を聞いた。

 かの有名な、宮廷魔法使い。

 確か、彼は王城に囚われているという話ではなかったか。


「きみは見たところ、どうやら魔法使いのようだけど、何か知っているかな? もし知っていたら、教えて欲しいんだけれど。――ああ、勿論、僕がここにいることは、内密にしてもらいたいんだ。ちょっと僕の方も込み入った事情があって」


 耳に心地よい声が、そう言う。

 ロイは大きく頷き、『静かにするから、手を退けてくれ』というしぐさをした。口元を押さえていた男の手が離れていく。

 ロイは、エルドワードの容姿がどんなものか知っている。

 絵姿が、町中に出まわっているからだ。

 宮廷魔法使いや、王族、一部の貴族の絵姿は、市民にも人気で収集家もいるくらいだ。

 ――だがロイは、遠目にだが、実際にエルドワードを見たことがある。

 宮廷魔法使いの彼は、公的な催しにも参列する。

 大勢の市民の詰めた広場の向こう、整列した正装すがたの兵士たちの奥で、エルドワードは王族のそば近くに佇んでいた。

 その稀有な容貌もだが、その存在感に、ロイは息を飲んだ。

 魔法使いを志す者として、ほのかな憧れも抱いていたのだ。


(お師匠さまとどんな関係なのか、問い詰めてやりたい気持ちもあるけど……っ)


 とりあえず、いまはその感情には蓋をして、ロイは背後を振りかえった。

 そこにいたのは、やはり、ロイの思っていた通りの人物だった。


「エルドワード……!」


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