第10話
階段を数段上がり、天井に空いた穴を潜り抜けると、床上には大きな魔法陣が描かれていた。お父様は私を片腕で抱えたまま魔法陣の中心に立つと、懐から美しく装飾された小瓶を取り出し、中の液体を数滴落とした。
するとそこから魔法陣が光り始め、ふわりと身体が浮き上がる感覚。湧き出る魔素の膨大な量に圧倒され、思わずお父様にしがみついてしまう。ざわざわと魔素が足先から這い上がってくる感覚と次第に強くなる光に瞼を閉じた。
「メデューサ。着いたよ、目を開けてごらん」
すぐ横からお父様の声がした。恐る恐る瞼を開け、周囲を見渡せば、白い石造りの壁と光が差し込んで美しく輝くステンドグラス、そして見上げれば首が痛くなるほど高い天井。床は召喚塔にあった文様と同じものが描かれていた。お父様の言う通り目的地には到着したようだが、神殿や教会のような厳かで神聖な空気で満たされているここはどこなのだろう。
「お待ちしておりました。ガランサス卿」
背後から声を掛けられお父様が振り返れば、そこには白いローブを羽織った、如何にも魔法師ですといった格好の男性が立っていた。
「メルシアか……」
「お久しぶりです。何年振り、でしょうかね」
「嫌味か」
ふん、とお父様が鼻を鳴らす。それにメルシアという名前の人物は苦みの混じった笑みを浮かべただけだ。
この魔法師らしき男とお父様が知り合いだということよりも、お父様の尊大な様子にぎょっとしてしまう。いつも余裕と優しさを忘れないお父様がこんな態度をとるなんて、この男、お父様に対して一体何をやらかしたのだろう。
不躾に見つめていた視線に気付いたのか、メルシアが胸に手をやり頭を下げた。自身より身分が上の者に対する礼の仕方だ。
「そして、お初にお目に掛かります、メデューサ様。私は、チャド・メルシア。王宮魔法師を務めております」
「……メルシア様は、私をご存知なのですか?」
この人が爵位持ちなのかわからなかったので取り敢えず様付けで呼んでみる。身分は私より下っぽいけど、年長者には敬意を払わないとね。
「ええ。あなた方のことは一部の者にしか知らされておりませんが、私は召喚塔の門の開閉を任されておりますゆえ、事前に陛下より知らされておりました」
ということは、この人がお父様の言っていた王宮側の扉を開くことのできる魔法師か。見た感じお父様と変わらない年齢に見えるのに、その若さで国王に認められる実力の持ち主とは。
そんな方と不仲らしいお父様……。一体どんな関係なのか尋ねたかったが、二人の間にある空気から何となく憚られた。
「私としては積もる話もあるのですが、陛下がお待ちです。どうぞこちらへ」
メルシアが案内の仕草をとると、お父様は無言で彼の後に続いた。ていうか、私抱っこされたままなんですけど。五歳とはいえ、立派なレディである。流石に恥ずかしいぞ。
「お父様、私歩けますから降ろしてください」
「……」
「お父様……?」
離されるどころか、ぎゅっと私を抱く腕に力が入る。お父様の横顔は、警戒と恐怖が見えて、私はなんと言っていいかわからなくなってしまう。
「ここは厳重な警備が敷かれた王宮内、特に魔法師が張る結界の中心部です。この魔法宮内で貴方の宝物が害されることはありませんよ」
「私は王家を信用していない。お前も含めてな」
「……ええ、そうでしょうね」
素っ気ないというか、もはや敵意すら感じられるお父様と、寂しそうに微笑むメルシア。
凄く気まずんですけど……。
この空気を少しでも和らげたくて、メルシアに質問する。
「魔法宮ってことは、ここは魔法師様達がいらっしゃるんですか?? とても大きいのでここがお城かと思いました」
必殺・猫かぶり。
どうよこの無垢な笑顔で繰り出される、無邪気な質問は。
メルシアもこの空気をどうにかしたかったのか、はたまた猫かぶりの効果か、快く答えてくれた。
「そうですね、この魔法宮が王宮内勤めの魔法師達の仕事場と言えますね。国王陛下がいらっしゃる王城はもっと立派ですよ。ここからだと少し距離があるので、外に馬車をご用意しております」
「ありが」
「人を態々呼び寄せておいて、当の本人は玉座で踏ん反り返ってるのか。相変わらず権力が好きなようだ」
「…………」
「…………」
お父様……しゃらっぷ!!!!