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109, 香子さんの占い

 僕たちはいったん占い研究会の外に出た。それは、弓月先輩が出て行くように言ったからで、その言葉それ自身が、占い研究会の部室のなかにはヒントになるようなものが何もないことを表していた。弓月先輩自身を含めて。

 ということは、僕は隣でスキップするみたいにぴょんぴょん歩いている御子神さんと協力して、できる限りの思索を巡らさないといけないみたいだ。


「過去を占う能力者かあ……といっても、なんにも分からないよね、全然」

「聡太くんにも分からないことがあるんだ」


 僕はおでこを軽く叩かれたみたいな、不意打ちを食った。


「分からないことだらけだよ、いつも」

「そうかな?」

「うん、だってみんなヒントをくれるし、僕たちから見れば特別な能力ばっかり使うから、どうしても気がついちゃうんだよ。御子神さんだって、能力だけのおかげじゃないけれど、ものすごく目立っているんだしさ」

「えへへ――」


 御子神さんは冗談めかした笑い方をすると、僕はあの弓月先輩に会ったばかりだというのに、緊張めいた体のこわばりが解けていくみたいだった。能力ぬきにしても、御子神さんは誰にでも打ち解けられる女の子だった。

 でも、ものすごくいいかげんな女の子でもあるんだよね。


「ところで御子神さん、陸上部のほうは放っておいてもいいの?」

「聡太くん、いっつもそれ聞くよねー」

「だって気になるよ、1年生のなかで活躍している生徒なんて、そんなに多くなかったと思うし」


 ちなみに、うちの高校の陸上部の中では御子神さんはいちばん活躍している生徒だ。それはやっぱり御子神さんが持つ「かける」能力のお陰なんだろうけれど、御子神さんはどちらかというと、単純に物事を楽しんでいるから結果が伴っているみたいだ。


「でも、占い研究会も魅力的なんだ。会長さん、とっても雰囲気があって、ものすごい占いをしそうに見えたでしょ?」


 それは僕も同じことを思った。


「占い研究会っていうのは、本当に占いの研究をしているんだよね。異能の力をもつひとが集まって」

「そういうこと! もちろん、私が所属していることからも分かっていたと思うけれど、我が久良川高校の校舎の片隅にある異能者の楽園、ミステリアスの巣窟なんだっ!

 もちろん、公式には部員募集はしていないの。昔はもっとアンダーグラウンド? みたいな雰囲気だったんだけれど、最近はとっつきにくそうな部活名にしているだけ。それで、部員募集を分かりにくい形にしちゃえば『占い研究会』なんて名前に飛びつく生徒なんていないもんね。本当は『オカルト研究会』とか『超常現象同好会』みたいな名前にしようかとも思ったけれど、本当にオカルトマニアの生徒とか、SF好きな子が来ちゃうかもしれないでしょ? だから、部活として活動しているかどうかも怪しいような、仲良しグループのお遊びみたいに『占い研究会』って名前にしたんだって」

「そうか、最近は部活に参加しない生徒が多くなっているって先生も言っていたし、マイナーな名前にすれば敢えて入会しようだなんて思わないよね。ただでさえ小さな同好会や部活は部員集めが苦しいみたいだし」

「そう! それで今の研究会の形にしたのが、今の会長……弓月香子先輩なんだって。もちろん、香子先輩だけの力じゃなくて、香子先輩が1年生だった頃に在籍していた、もっと上の世代の先輩たちの協力もあったみたいなんだけれど、それでも『占い研究会』という名前にしたのは香子先輩が居たからみたい」

「要するに凄い先輩、ということなんだよね?」


 御子神さんは大きく頷いた。


「もちろんっ」

「ところで、その弓月先輩の能力なんだけれど、御子神さんは何か見たことはないの? そりゃあ、御子神さんは占い師じゃないから、弓月先輩が怪しげな魔法陣やルーン文字を書き出したら理解できないかもしれないけれど、タロットカードや数秘術を使うくらいなら、御子神さんにも分かるんじゃないかなあ」

「うーん……、弓月先輩はそういう儀式をすることもあるけれど、能力に直接関係があるとは思えないんだ」

「それでも、些細なことでもいいから思い出せないかな?」


 僕たちは人けのない廊下の角まで歩いて、ひんやりとした壁にもたれかかった。いくらか日が短くなった9月の半ばのことだったけれど、夕方になっても久良川の一体は夏のような暑さだった。

 それでも、夏休み終わりの直後よりも、ブラスバンドの演奏は辺りに響き渡っているように思えた。蝉の鳴き声がヒグラシ中心になって、小さくなったかもしれない。久良川高校の周辺は里山が多かったから、虫の声は特に大きかったんだ。

 御子神さんは口をへの字にして、髪を触りながら考え込んでいたけれど、いきなり手を打って僕を驚かせた。


「そうだっ。あるよ、会長さんの能力を見たこと」

「どんなこと?」


 僕も壁から背を浮かせて尋ねた。

 御子神さんは満足げににっこり笑ってから、僕に背を向けた。


「私、前に髪留めをなくしちゃったことがあるんだ」


 僕にもよく見えたけれど、御子神さんが髪を後ろでまとめているのは日常の光景だった。そのほうが走りやすいし、背の高い御子神さんが髪を伸ばしていると、その髪をまとめていないと学校生活が送りにくいようにも思えた。御子神さんはまた180度回転した。


「いつも後ろで髪を留めているよね。でも、紛失することなんてあるんだ」

「たまーに解いているんだ。それに、なんとなく留まり具合が悪いような気がするから」


 そう言うと、御子神さんは手を髪留めにやって、結んであった髪を解いた。その動作がどこか色っぽくて、僕は思わず視線を逸らしてしまう。けれども、髪を解いた御子神さんは、僕の目の前に小さなバンドを差し出した。


「これを外すときがあるわけ。で、その辺に置いておくと、忘れちゃうの」

「え、そんなに簡単に忘れるものなの?」

「うん、意外とね。だいたい、夜に寝るときや気の張らないときは外すものだから、どうしても気が緩んじゃうんだよね」

「ああ、そっか。忘れるときは、髪を解くくらいリラックスしているわけだもんね」

「そういうこと! それでどこに置いたのか忘れちゃった時に、会長さんに頼んでみたの」

「うわ、それってものすごく便利そう」


 それに、とてもまっとうな占いの方法だ。そういえば、僕が毎年正月に引くおみくじには『失せ物』の欄が必ずあるし、東西南北どちらの方向に、自分が必要としているものがあるのかを占うのは、大昔からされている儀式だ。そういえば、歴史の授業で平安貴族が方違えを信じて行動していたと習ったし。


「それで弓月先輩は占ってくれたんだよね」

「うん。もちろん的中したよ! 先輩が言ったとおりに捜すと、そこからは私が解いた髪留めがあったの。あ、そのときは自分で自分の鞄の中に放り込んだのを忘れていたんだけれどねっ」


 御子神さんが大笑いしたから、僕もつられて笑ってしまった。けれども、少なくとも弓月先輩の能力がとても役に立つことは確かだった。むしろ、僕も紛失物があったときに頼んでみたい! それに、僕自身も考えたことがある能力だ。モノを失くしたときに、その場所を知ることができればいいな、って。


「それは過去を占っていることになるよね。御子神さんが既に鞄の中に入れていた髪留めを、先輩が見つけたことになる」

「うん! だから過去を占える能力者だっていうのは、そのとおりだと思うのっ」

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