仙台
朝、俊が目を覚ますと、舞子が隣にいた。
昨日とは違う宿。
昨日とは違う部屋。
でも、舞子がいることには少し慣れた。
舞子も目を開けた。
「おはよ」
「おはよう」
「何時?」
俊はバンドを見る。
「7時12分」
「まだいいね」
舞子は目を閉じた。
俊もそのまま横になっていた。
しばらくして、舞子が言った。
「俊」
「なに?」
「昨日の」
俊は少し考えた。
「下着?」
舞子が目を開けた。
「違う!」
「痛っ」
腕を叩かれた。
「そっちじゃない」
「じゃあ何?」
舞子は布団の中から俊を見た。
「ぎゅってするやつ」
「ああ」
俊は舞子の方を向いた。
「する?」
「うん」
舞子が近づいてきた。
俊は抱いた。
舞子も腕を回す。
昨日より自然だった。
顔が近い。
俊は舞子の髪の匂いを感じた。
舞子も何も言わない。
しばらくそのままでいた。
ピー。
俊のバンドが鳴った。
続いて舞子のバンドも鳴った。
「おはようございますって言ってる」
舞子が言った。
「違うと思う」
「毎回うるさいね」
「外したら鳴らないよ」
俊が言った。
舞子の腕が少し止まった。
二人とも、仙台で何をするのか知っていた。
「……そうだね」
舞子が俊から離れた。
「お腹すいた」
「俺も」
それ以上、その話はしなかった。
*
朝食を食べて宿を出た。
車に乗る。
俊が行き先を確認した。
「仙台まで――」
「あ!」
「早いよ」
「まだ何も言ってないじゃん」
舞子が窓の外を指した。
「なんかいる」
道の向こうに、小さな動物が何頭もいた。
「ヤギ?」
「ヤギってあれ?」
「たぶん」
「見たい」
「もう始まった」
俊は笑った。
入口を探して車を曲げた。
小さな牧場だった。
観光施設なのか、農場なのか、よく分からない。
柵の向こうにヤギがいた。
舞子が近づく。
一頭が寄ってきた。
「俊、来た」
「来たね」
「どうしよう」
「知らないよ」
ヤギが舞子を見ている。
舞子もヤギを見る。
「こんにちは」
俊が笑った。
「通じる?」
「挨拶だからいいの」
ヤギが鳴いた。
「メェー」
舞子が目を丸くした。
「返事した!」
「たまたまでしょ」
「俊もやって」
「嫌だよ」
「ほら」
俊はヤギを見る。
「……こんにちは」
ヤギは何も言わなかった。
舞子が笑った。
「嫌われてる」
「なんでだよ」
別のヤギが俊の服を引っ張った。
「ちょっと」
「好かれてるじゃん」
「食われてるよ」
舞子は腹を抱えて笑った。
俊も笑った。
*
車に戻ってしばらくすると、舞子が言った。
「動物って面白いね」
「バーチャルにもいるよ」
「いるけど」
「何が違う?」
舞子は考えた。
「言うこと聞かない」
「そこ?」
「だって、俊の服食べてたよ」
「食べてない。引っ張っただけ」
「そういうの」
舞子は窓の外を見る。
「何するか分かんないじゃん」
「それが面白い」
俊は少し考えた。
「舞子も最近、何するか分かんないよ」
「私?」
「すぐ、あれ何って言う」
「だって気になるんだもん」
「前はそんなこと言わなかった」
「前は、こんなのなかったもん」
「東京にも何かあるでしょ」
「あるのかな」
「帰ったら探す?」
舞子は少し黙った。
「帰ったらね」
俊もそれ以上言わなかった。
*
昼。
道路沿いに小さな食堂を見つけた。
今度は舞子が何も言わないうちに、俊が速度を落とした。
「寄る?」
舞子が驚いた。
「俊から言った」
「腹減ったから」
「ほんとに?」
「ほんと」
「看板見たからじゃない?」
俊は答えなかった。
舞子が笑う。
「俊もじゃん」
店に入った。
メニューは壁に貼ってあった。
写真がない。
俊は困った。
「何にする?」
「これ」
舞子が指した。
「何?」
「分かんない」
「分かんないの頼むの?」
「なんで?」
「来てからのお楽しみ」
俊も壁を見る。
「じゃあ俺、これ」
「何?」
「知らない」
二人で注文した。
出てきた料理を見て、舞子が笑った。
「俊の方がおいしそう」
「交換する?」
「する」
当たり前のように皿を寄せた。
舞子が俊の料理を食べる。
俊も舞子の料理を食べた。
「こっちの方がうまい」
「返して」
「交換したじゃん」
「一口だけ」
「言ってないよ」
「俊、ずるくなった」
「舞子に言われたくない」
また笑った。
*
午後。
舞子は助手席で歌っていた。
知らない歌だった。
「何それ」
「昔の曲」
「誰の?」
「知らない」
「知らない曲歌ってるの?」
「お母さんが歌ってた」
途中から歌詞が分からなくなった。
舞子は適当に歌った。
「そこ違うでしょ」
「俊、知らないじゃん」
「知らないけど、今の絶対違う」
「いいの」
また適当に歌う。
俊も途中から真似した。
二人とも歌詞を知らない。
それでも楽しかった。
*
夕方が近づいた。
道路は少しずつ広くなった。
建物も増えた。
舞子がバンドを見た。
「あ」
「今度は何?」
「仙台」
俊も表示を見る。
もう近い。
今日こそ着く。
舞子はしばらく画面を見ていた。
「俊」
「うん」
「着いちゃうね」
「うん」
昨日までは仙台へ行こうとしていた。
なのに、着くとなると少し寂しかった。
俊にも理由は分かった。
仙台までは、普通の旅行だった。
バンドが道を教えてくれた。
食べる場所も、泊まる場所も探してくれた。
困れば聞けばよかった。
決済もできた。
家族とも話せる。
舞子が言った。
「ここからなんだよね」
「外すの」
俊は自分の腕を見た。
ずっと着けてきたバンドがある。
「怖い?」
舞子が聞いた。
「ちょっと」
「私も」
俊は少し考えた。
「やめてもいいよ」
舞子が俊を見る。
「俊は?」
「行きたい」
「じゃあ行く」
「舞子は、やめてもいいんだよ」
「それ、前にも言った」
「言ったっけ」
「言った」
舞子は窓の外を見た。
「私、北海道に行きたいんじゃないよ」
俊は黙って聞いた。
「俊と行きたいの」
少しして、
ピー。
俊のバンドが鳴った。
舞子が笑った。
「最後までうるさいね」
俊も笑った。
仙台の街が見えてきた。
舞子が言った。
「あれ何?」
俊は前を見た。
「どれ?」
「向こう。光ってるやつ」
「知らない」
「寄ってみる?」
俊は笑った。
「いいよ」
まだ、外さなかった。




