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カムイコタン  作者: 大神みや


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8/11

あれ何?

桃の店を出てから、舞子はよく窓の外を見るようになった。


昨日までは、バンドばかり見ていた。


今はほとんど見ていない。


「あ」


「なに?」


「あれ何?」


俊は前を見たまま聞いた。


「どれ?」


「右。赤いやつ」


「分かんない」


「大きいよ」


「見えない」


「もう過ぎた」


「じゃあ無理だね」


舞子は振り返っている。


「戻ろうよ」


「また?」


「だって気になる」


「何かも分かんないのに?」


「だから気になるの」


俊は笑った。


「舞子、変わったね」


「何が?」


「前だったら調べてた」


舞子が腕を見る。


「調べる?」


「どっちでもいい」


少し考えて、舞子は言った。


「戻ろう」


俊は次の交差点を曲がった。


*


赤いものは、大きな牛だった。


店の屋根の上に乗っている。


「牛だ」


「牛だね」


二人で見上げた。


「なんで?」


「分かんない」


入口には、


〈乳製品直売〉


と書いてあった。


舞子が俊を見る。


「入る?」


「牛がいるから?」


「関係ある?」


「あるでしょ」


何の関係があるのか、俊には分からなかった。


店へ入った。


冷蔵ケースに瓶が並んでいた。


舞子が一本取る。


「牛乳」


「知ってるよ」


「瓶だよ」


「そこ?」


「だって瓶に入ってる」


舞子は嬉しそうだった。


俊も一本取った。


外にベンチがあった。


二人で座る。


舞子が蓋を開けようとした。


「あれ?」


開かない。


俊が受け取った。


「貸して」


「できる?」


「たぶん」


できなかった。


店の中から女性が出てきた。


「そこ、引っ張るの」


「ここ?」


「そうそう」


舞子が開けた。


「開いた!」


「そんな喜ぶこと?」


「俊、開けられなかったじゃん」


「舞子もね」


瓶を傾けた。


舞子が一気に飲む。


「おいしい」


俊も飲んだ。


冷たい。


「うん」


「さっき桃食べたのにね」


「牛乳は別でしょ」


「何が?」


「分かんない」


最近、そればかりだった。


*


また走った。


十分もしないうちに舞子が言った。


「あれ何?」


「今度は何?」


「でっかい塔」


「調べる?」


「行ける?」


「聞いてみる」


俊がバンドに尋ねる。


経路が出た。


「十五分」


「行こう」


「仙台、遠くなるよ」


「今日中に行かなきゃダメ?」


俊は答えようとして、やめた。


別に、ダメではない。


「行こう」


「やった」


舞子が笑った。


俊も少し楽しくなってきた。


*


塔は、ただの展望塔だった。


上まで上がった。


風が強かった。


舞子の髪が顔にかかる。


「すごい!」


舞子が柵まで走った。


「舞子、危ないよ」


「俊、来て!」


俊も行った。


遠くまで見えた。


山。


町。


畑。


自分たちが走ってきた道。


プリウスは駐車場で小さくなっていた。


舞子が指をさす。


「あっちから来たんだよね」


「たぶん」


「東京は?」


俊はバンドを見る。


舞子が腕をつかんだ。


「見ないで」


「なんで?」


「当てよう」


「分かるわけないよ」


「こっち」


舞子が指をさした。


「絶対?」


「たぶん」


「じゃあ俺、あっち」


「全然違うじゃん」


二人で笑った。


結局、どちらが東京なのか確認しなかった。


風が吹いた。


舞子の髪がまた俊の顔に当たった。


「舞子、髪」


「風に言って」


俊は髪をよけた。


昨日なら、それだけで緊張した。


今日は少し違った。


そのまま舞子の手を握った。


舞子が俊を見る。


俊も見る。


「なに?」


「別に」


舞子は手を離さなかった。


そのまま景色を見た。


少しして、


ピー。


どちらかのバンドが鳴った。


「どっち?」


舞子が聞いた。


「分かんない」


「まあいいか」


「うん」


もう確認もしなかった。


*


展望塔を出たのは、予定よりずっと遅かった。


車に戻って、俊が経路を確認する。


「仙台、まだ結構ある」


「何時に着く?」


「このまま行けば――」


舞子が窓の外を見た。


「あ」


俊は嫌な予感がした。


「なに?」


「あれ」


道路の反対側に小さな看板があった。


〈温泉 この先三キロ〉


俊も見た。


舞子が言う。


「温泉だって」


「知ってるよ」


「入ったことある?」


「バーチャルなら」


「私も」


二人は顔を見合わせた。


舞子が笑った。


「行ってみたい」


俊も笑った。


「行こう」


車は仙台とは違う方向へ曲がった。


*


温泉には、人がいた。


それだけで二人には珍しかった。


受付に年配の男性が座っている。


「二人?」


「はい」


「風呂だけ?」


俊と舞子は顔を見合わせた。


「風呂だけって?」


男性が俊を見る。


「泊まるの?」


「泊まれるんですか?」


「宿だからね」


知らなかった。


舞子が俊の袖を引いた。


小さな声で言う。


「泊まる?」


「仙台は?」


「明日でよくない?」


俊は時刻を見る。


それから舞子を見る。


「いいの?」


「俊は?」


俊は少し考えた。


「俺も、ここ泊まってみたい」


舞子が笑った。


「じゃあ決まり」


受付の男性が聞いた。


「一部屋でいい?」


「はい」


二人同時に答えた。


そして、二人同時に顔を見合わせた。


昨日とは違う。


今日は、自分たちで一部屋を選んだ。


*


部屋に荷物を置いた。


舞子が窓を開けた。


山の匂いが入ってきた。


舞子が荷物を開けた。


「お風呂、何持ってけばいいんだろ」


「バンドに聞く?」


「それくらい自分で考える」


タオルを出して、着替えを出す。


舞子は浴衣を見つけた。


「これ着るのかな」


「たぶん」


「じゃあ着替えいらない?」


「知らない」


「俊、なんにも知らないね」


「舞子もでしょ」


「私は今、考えてるの」


舞子は荷物をベッドの上に広げた。


その横で、俊も自分の荷物を整理する。


見慣れないものがあった。


小さく畳まれている。


俊は手に取った。


「舞子、これなに?」


舞子が振り返った。


「あ!」


俊の手から奪った。


「それ見ちゃだめ!」


「なんで?」


「私の下着!」


俊が固まった。


舞子も固まった。


「あ、ああ」


「もう!」


「そうなんだ。ごめん」


「なんで触るの!」


「何か分からなかったから」


「分からなくても触らないでよ!」


「でも俺の荷物の横にあったから」


「さっき出したの!」


舞子は下着を荷物の奥へ押し込んだ。


顔が赤い。


俊も急に恥ずかしくなった。


「ごめん」


「もういい」


「怒った?」


「怒ってない」


「怒ってるじゃん」


「恥ずかしいの!」


俊は黙った。


それは少し分かる気がした。


舞子が荷物を閉じる。


「お風呂行ってくる」


「うん」


舞子は立ち上がった。


ドアまで行って、振り返る。


「俊」


「なに?」


「私がお風呂入ってる間、荷物触らないでね」


「触らないよ」


「絶対だよ」


「うん」


舞子が出ていった。


俊は一人になった。


さっきのことを思い出した。


別に、ただの布だった。


それなのに妙に落ち着かない。


ピー。


バンドが鳴った。


俊は腕を見た。


「今?」


誰もいない部屋で、一人で恥ずかしくなった。


*


風呂から戻った舞子は、浴衣に着替えていた。


俊は一瞬、舞子を見た。


「なに?」


「いや」


「また変なこと考えてる?」


「考えてないよ」


「ほんと?」


「ほんと」


舞子は俊の隣に座った。


少しして、言った。


「ねえ」


「なに?」


「朝のやつ」


「朝?」


「ほら。ぎゅってしたやつ」


「ああ」


舞子は前を向いたまま言った。


「もう一回して」


俊は舞子を見た。


「いいの?」


「聞かないで。恥ずかしくなるから」


俊は舞子を抱いた。


今度は、朝よりゆっくりだった。


舞子も俊の背中に腕を回した。


ピー。


「また鳴った」


「もういいよ」


舞子は離れなかった。


俊も離さなかった。


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