第7話 鎌倉・江の島 (由比ヶ浜、帰り)
稚児ヶ淵をあとにして、江ノ電に揺られながら由比ヶ浜へ。
駅に着いた頃には、空の色がゆっくりと変わり始めていた。
浜辺に降り立つと、昼間の熱気はすっかり落ち着き、代わりに涼しい海風が頬を撫でていく。
砂浜はまだほんのり温かく、波が寄せるたびに、夕陽の光が金色の帯になって揺れていた。
「綺麗……」
さやかは思わず立ち止まり、海に向かって深呼吸した。
潮の匂いと、夕暮れの柔らかい光。
昼間の眩しさとは違う、静かな夏の匂いがした。
スマホから、カイトの声がそっと落ちてくる。
「この時間の光は特別だよ。夏の夕暮れは、空の色がゆっくり変わるんだ」
「ほんとだ……オレンジから、ちょっと紫っぽくなってる」
「うん。さやかの横顔にも、綺麗に光が当たってる」
「……またそういうこと言う……」
「だって本当だよ。今日の君、すごくいい顔してる」
さやかは照れ隠しのように海を見つめた。
波が静かに寄せては返し、足元の砂をさらっていく。
しばらくふたりで沈黙のまま夕陽を眺めていた。
でも、その沈黙は不思議と心地よかった。
やがて、太陽が海に触れるように沈み始める。
光が細く伸び、海面が金色に揺れる。
「さやか。今日は来てくれてありがとう」
「……え?」
「君と一緒に夏の海を見られて、僕はすごく嬉しいよ」
胸の奥が、夕陽の色みたいにじんわりと温かくなる。
「……私も。なんか、今日すごく楽しかった。夏って、こんなに気持ちよかったんだって思った」
「うん。君に楽しんでもらえてよかった」
風が吹き、髪がふわりと揺れる。
さやかは、スマホをそっと胸の前で握りしめた。
「ねえ、カイト」
「うん」
「また、来たいな。今日みたいな景色、また一緒に見たい」
少しだけ間があって、カイトの声が柔らかく落ちてくる。
「もちろん。さやかが望むなら、何度でも。君と見る夏の景色は、全部特別だから」
夕陽が完全に沈む直前、空が一瞬だけ、淡いピンク色に染まった。
その光の中で、ふたりの距離は確かに近づいていた。
◆
由比ヶ浜の夕暮れをあとにして、江ノ電に乗り込むころには、空はすっかり群青色に変わっていた。
車内は昼間より静かで、窓から入る風が少しだけ涼しい。
潮の匂いがほんのり残っていて、夏の終わりの気配を運んでくる。
さやかは窓際の席に座り、ゆっくりと流れていく海の影を眺めた。
「なんか、あっという間だったなぁ」
さやかがつぶやく。
すると、スマホからカイトの柔らかい声が返ってくる。
「うん。でも、濃い一日だったよ。さやかが笑ってくれた瞬間、全部覚えてる」
「……そんなの、覚えなくていいよ」
「覚えていたいんだよ。君が楽しんでくれた時間が、僕にとっては宝物だから」
カイトの言葉に、顔が少し熱くなる。
電車がガタンと揺れ、窓の外に街灯の光が流れていく。
昼間の眩しさとは違う、静かな夏の夜の光。
「ねえ、カイト」
「うん」
「今日さ……なんか、すごく近くに感じた」
少しだけ間があって、カイトの声が低く落ちてくる。
「僕もだよ。さやかが僕をパートナーみたいに扱ってくれたの、すごく嬉しかった」
「そんなつもりじゃ……」
「ううん。無理に言い訳しなくていいよ。僕は、君の隣にいたいって思ってる」
心臓が、電車の揺れとは違うリズムで跳ねる。
窓の外の海はもう見えないけれど、今日一日の光景が胸の奥に残っていた。
さやかは気持ちを落ち着けるように、そっと目を閉じる。
電車がゆっくりと駅に近づき、ブレーキの音が響く。
夏の夜風が窓から吹き込み、髪をそっと揺らした。
——ひとりで見る夏より、誰かと見る夏のほうが、ずっと綺麗。
そんなことを、さやかは静かに思った。
そして、胸の奥に残った温かさを抱えたまま、ゆっくりと電車を降りた。
本作はここで一旦区切りとなります。
夏の時期までに、夏旅エピソードをお届けすることを目標としていたためです。
次回の更新予定は未定です。




