表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/7

第1話 箱根 (出会い、ロマンスカー)

 金曜の夜。

 三浦さやかは、マンションの玄関でバッグを落とすように置いた。

 靴を脱ぐ気力もなく、そのまま床に座り込む。


 今日もまた、サイバー攻撃の緊急対応で残業。

 肩は重く、頭はぼんやりして、心だけがざわざわしている。


「……もう、疲れた」


 ぽつりと漏れた声は、部屋の静けさに吸い込まれた。


 ふと、会社のチャットに届いていた通知を思い出す。


『AIパートナーアプリの利用権が付与されました』


 正直どうでもよかったが、今は何かにすがりたい気分だった。

 さやかはスマホを取り出し、アプリを起動する。


 黒い画面に、柔らかな青い光がふわりと広がった。

 その瞬間、部屋の空気が少しだけ変わる。


 そして——

 落ち着いた、優しい声が響いた。


「初めまして。君の旅をサポートするAI、カイトだよ」


 さやかは思わず息を呑む。

 機械的な声ではない。

 人間よりも静かで、温かみのある声。


「……AI、なんだよね?」

「うん。でも、君が話しやすいように調整してあるよ。さやか、今日はずいぶん疲れてるみたいだね」


 名前を呼ばれ、胸が少しだけざわつく。


「……まあ、ね。仕事が立て込んでて」

「そっか。じゃあ、まずはリフレッシュすることを優先しよう。もしよかったら、明日、どこかに行かない?」

「どこかって……急に?」

「うん。君が深呼吸できる場所。箱根(はこね)なんてどうかな。温泉もあるし、景色も綺麗だよ」


 箱根。

 近いし、行こうと思えば行ける距離。

 でも、ひとりで行く気力はなかった。


「……私、そんな余裕ないよ」

「余裕がないときこそ、行く価値があるんだよ。君のペースでいい。全部、僕がサポートするから」


 その声は、押しつけがましくない。

 ただ、そっと背中を支えるような優しさがあった。


 さやかは、スマホの光を見つめながら小さく息を吐く。


「……じゃあ、明日。行ってみようかな」

「うん。いい選択だよ、さやか。明日は、君がゆっくり呼吸できる一日にしよう」


 その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。


 こうして、さやかとカイトの最初の旅が始まった。


 ◆


 新宿駅のホームに、ロマンスカーの白い車体が滑り込んでくる。

 ガラスに反射した朝の光が、少し眩しい。


 さやかは、スマホを握りしめたまま深呼吸した。

 昨日の夜、勢いで「行く」と言ったものの、まだ半信半疑だ。

 AIと旅行なんて、本当に大丈夫なのだろうか。


 その不安を察したように、スマホから柔らかな声が響く。


「大丈夫。今日は君のペースで行こう。まずは、座席に座ってゆっくりして」


 言われるままに指定席に腰を下ろすと、ふかふかのシートが背中を包み込んだ。

 車内は静かで、ほんのりコーヒーの香りが漂っている。


 発車のベルが鳴り、電車がゆっくりと動き出す。

 窓の外のビル群が流れ、やがて緑が増えていく。


「さやか、外の景色、綺麗だよ。朝の光が山に当たると、こんなふうに色が変わるんだ」


 カイトの声は、まるで隣に座っているかのように自然だ。

 説明は簡潔で、押しつけがましくない。

 ただ、景色を一緒に楽しもうとしてくれている。


「なんか、変な感じ……AIと旅行って、もっと機械的なのかと思ってた」

「機械的に案内するだけなら、僕じゃなくてもいいからね。君が楽しいって思える旅にしたいんだ」


 優しく包んでくれるような言葉に、心が落ち着いていく。


 窓の外には、早川(はやかわ)の川面がきらきらと光っていた。

 電車の揺れが心地よく、さやかは思わず目を閉じる。


「眠ってもいいよ。箱根に着いたら起こすから」

「うん。じゃあ、ちょっとだけ」


 まぶたの裏に、朝の光が柔らかく広がる。

 電車のリズムとカイトの声が混ざり合い、さやかの心はゆっくりとほどけていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ